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9 、謎

「──そして、アリスは私を人形にしたの」

 ミーナはその一言で、物語を締めくくった。

「ミーナのお父さんは今も生きてるの?」

「私を生きていると定義するのなら、お父様もまた生きているわ。お父様もアリスによって人形にされた」

 アリスはパルスに対して異常な愛情を抱いていた。ミーナを救ったのも、パリスの気を引くためだったのだろう。

 そして、パルスは今、アリスによって城のどこかに幽閉されているらしい。

「アリスは魂の交換の魔法も行使できるから、何度か姿を変えて別の人間に乗り移ってきた。お父様の待っていた魔導書に、魂の交換の魔法が記されたものがあったから」

 言って、ミーナはベッドの隅から立ち上がった。「そろそろ猫ちゃんが起きるから、お話はここまで」

「……いつか、楽になれるといいね」

「ありがとう。けど、貴女は楽になったらダメだよ。──南塔には隠し扉があって、地下室がある。そこにお父様が閉じ込められているから、お話したいのだったら、行ってみるといいわ。アリスに気をつけてね」

 囁き声でそう言って、ミーナは部屋を去っていった。

 彼女は苦しみの果てに何を思ったのだろう。

 私はそんなことを考えていた。

 死にたくないと彼女は願った。けれど、今は死にたいと願っている。ミーナは病気で死んだ方が良かったのか。苦しみの中で生きることに意味があるのか……?

「うむむ……」

 クロは寝ぼけた声を上げて、ゆっくりと躰を起こした。ミーナの言った通り、目を覚ましたようだ。

「……ああ、ご主人様」

「クロ……起きたのね。あの、……さっきはごめんなさい。引っ叩いちゃって」

「……ううん。気にしてないよ。ちょっとヒリヒリするけど」

「クロ、泣いてたの?」

 そう言ったのは、クロの大きな瞳が涙の幕で覆われていたからだ。

「えっ、……ああ、うん。夢の中で、悲しいことがあったの。曖昧にしか覚えてないけど」

「悲しいこと……」

「おやつのツナサンドイッチが失くなってた。お母様特製の、美味しいサンドイッチ」

「……えっ、それだけ?」

「それだけだけど」

「心配して損した」

「ご主人様がクロの心配をしなくてもいいよ。どれだけ酷いことをされても、クロはずっとご主人様の味方だから」

「……クロ、あなた、最後にいいこと言えばそれでいいと思ってるわよね」

 私がくすりと笑うと、つられてクロも笑った。少し元気が出てきたかもしれない。

 窓の外は真っ黒だった。窓の近くを降下する雪が、部屋の蝋燭に照らされて一瞬だけ姿を現し、暗闇から暗闇へと移動している。

 コンコン、と、扉をノックする音が聞こえた。

 次いで、「ミミさん」と私を呼ぶ声。レゼリアだ。

 さっきミーナが扉の鍵を開けて外に出たはずだから、鍵は開いている。それでも私は少し警戒しながら、扉に向かった。

「……何ですか?」恐る恐る扉を開けて応える。

「ああ、ミミさん。良かった。鍵が開いてるから、部屋にいないのかと思ってた。でも、少し不用心すぎない?」

「はあ……」

「提案があるの。聞いてくれる?」

「……はい」

「明日の昼に馬車が来るわ。それまで、生き残ってる人たちで集まって行動しようってことになってるのだけど、どうかしら?」

「みんなで集まって……」

「もし私たちの中に犯人がいても、みんなで取り押さえれば怖くないでしょ?」

「……」

 確かに、レゼリアの言葉は理にかなっているが──犯人かもしれない人とずっと同じ場所にいるのは怖い。できるなら、ずっと一人でいたい。

 けれど、一人で部屋に籠っている方が、殺される確率は高いかもしれない。ミーナはずっと部屋の中にいたにも関わらず、私は気づけなかった。ミーナが犯人ならば、私は殺されていた。……鍵をかけたからといって、安全だとは言えそうにない。

 少しの間、考えたあと、私は「分かりました」と応えた。

「嬉しいわ。男ばかりで寂しかったもの」

「どこに集まっているのですか?」

「遊戯室よ。集まってるといっても、生き残ってるのは私とロディ、そしてルーさんだけなんだけどね」

 私とクロはレゼリアに先導され、一階の遊戯室に向かった。

 日は完全に落ちてしまい、廊下は深い森の中のように闇に覆われていた。連立する青い蝋燭も殆どが溶け切ってしまい、光源はレゼリアの持つ洋燈の放つ僅かな光だけだ。

「この城、少し暗すぎるよね。照明もみんな壊れてる──というよりも、壊されている」

「犯人が壊したのでしょうか?」

「おそらくね。彼女には光なんて要らないのでしょう」

 アリスには光が要らない──どういう意味だろうか。ただ、今はそれよりも聞いておきたいことがあった。

「あの、レゼリアさん。ローディックさんから聞いたのですが……その、病気のことを」

「ああ、そう」

「大丈夫なのですか? 黒薔薇病はとても苦しい病気だと聞きましたが」

「慣れてしまったから、何ともないわ。でも、もう躰の右半分は薔薇になっちゃって、ほら」

 レゼリアは白い仮面を外して見せた。

 その顔はまだあどけなさの残る美しい女性のそれだったが……右半分には皮膚を覆うように包帯が巻かれていた。乱雑に巻かれた包帯は微かに血で染まっていて、隙間から黒薔薇の花弁が垣間見える。渦を描き、歪に変形した皮膚──私は思わず目を逸らした。

「ごめんね、脅かしちゃったかしら? でも、体液に触れない限り感染しないから、安心して」

「……」

 私は口を開いても、声を出すことはできなかった。戸惑いと、自責の念が募る。

「死ぬ覚悟はできてる」私の前を歩くレゼリアは自分に言い聞かせるように言う。「だけど、私にはやらなくちゃいけないことがある。例え、相手が人の魂を弄ぶ恐ろしい悪魔だとしても、ね」

 遊戯室の扉が開かれる。

 中は仄暗い空間で、ビリヤード台やボードゲームの箱が並べられた棚、それと古びたソファが二つ、物悲しく佇んでいた。また、部屋の隅には人形が転がっていた。幼い少年の人形は虚ろな瞳で天井を映している。

 壁に吊るされたダーツボードの横で、窓に映る暗闇を見つめているのはローディックだ。ルーはソファに座って文庫本を読んでいた。

「もしお腹が空いてたら、パンの缶詰がまだあるから、遠慮しないで食べてね」

「ありがとうございます」

「……食欲がないのは分かるけど、食べないと元気でないよ? 私と違って、ミミさんは先が長い」

 レゼリアは心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は「……はい」と声だけで応えた。

 ルーが座っていない方のソファに腰を落とす。レゼリアは私の横に座った。

「さて」

 ルーは文庫本をパタリと音を鳴らして閉ざした。「これで、この城にいる人間はここに揃ったわけだ」

「……まるで探偵のような台詞ですね」

 ローディックが辛辣な口調で言うが、ルーに怖気付く様子は全くない。

「ああ、ルーは探偵だからな」

「また出鱈目な推理でも話すつもりですか?」

「いや、推理はまだ話さない。ただ、一旦状況を纏めておく必要があるだろう」

「話さない、と言うことは、貴方には何か分かっていると?」

「ルーは犯人を知っている」

「ほう」

「だが言わない」

「……おい、教えろ」

「さっき話さないと言ったばかりだ。君の耳は節穴かね?」

「なぜ話さない?」

「出鱈目だからさ」

 言って、ルーは唖然とする私たちを見渡した。「事件について、整理したい。この城で起きた殺人は三つだ。被害者はシルエ、メリーシア、そしてハウ。いずれも尋常とは言えない殺害方法だった」

「それよりも、まずはルーさんの言う犯人を教えて欲しいですね」

 レゼリアはルーの言葉を遮って問いかけた。「私は貴方の言葉が嘘だとは思いませんよ」

「ここで犯人の名を口にしたところで、ルーには何のメリットもない。デメリットならばいくつかあるが」

「メリットはあります。私たちの生き残る確率が高くなります」

「ルーは自分さえ生き残れればそれで構わない」

「……私は皆さんをこの城に招待した者として、皆さんの命を尊重する義務があるのです」

「それは死んだ三人にでも言い聞かせておくのだな」

 ルーはそう吐き捨てた。

「お嬢、どうせこいつの推理なんて嘘っぱちです。気にすることはありません」

 ローディックはルーを睨みつけてそう言った。ルーは狼狽える様子もなく、言葉を紡ぐ。

「話を戻すが、一つ目の殺人はシルエだ。密室であった西塔内部に、天使の劔に早贄にされたシルエの屍体があった──状況としてはそれだけだが、奇妙な点として、屍体の真下に銃が残されていた。仮に自殺であるのなら、銃でこめかみを撃ち抜くほうが遥かに容易く、わざわざ劔に穿たれる理由が分からない。しかし、他殺であるのなら、そもそも密室下の塔に侵入することは不可能であり、犯人がいかにして西塔に侵入したのか、もしくは外側から閂をかけたのかを考慮する必要がある。──ここまでで、何か言いたいことはあるかね、諸君?」

「あの」

 私は手を上げた。視線が集まる。「私、分かったかもしれません。犯人がどうやって密室の中に這入ったのか」

「言ってみたまえ」

 偉ぶった口調でルーがそう言ったので、私は恐る恐る言葉を紡いだ。

「分かりました。間違っているかもしれませんが……。この城ではそこらじゅうに人間そっくりの人形が転がっています。ほぼ全ての部屋に、です。この状況は、私たちに一種の固定観念を植え付けました。例えば、部屋の片隅に本来ならば不自然な形で人形が置かれていても、私たちはそれを不自然だと思わない。なぜなら、《《『絡繰りドール城』においては、どこに人形があろうとそれが当たり前の事実だからです》》。仮に廊下や洗面所の片隅に人形が置かれていても、この城においてそれは不自然でもなんでもなく、故に私たちは気にも留めないでしょう。ここは人形の城なのですから」

 私の言葉に逆らう人はいなかった。納得してもらえているようだ。

 乾いた唇を舐めて、言葉を継ぐ。

「教会の密室でも同じことが言えます。教会の祭壇に人形が置かれていたとしても、私たちはそれを特別に意識することなく──まるで道端の小石にように、それは無意識下の存在であったはずです。ある瞬間において消えてしまっていても、気づくことはないでしょう」

「……言いたいことは分かりました。貴女は犯人が人形だったのだと仰っている。魂を交換する魔法がある以上、犯人が人形に魂を移していてもおかしくないですからね」

 ローディックの言葉に私は「はい」と肯いた。「犯人の人形は教会でシルエさんを待ち伏せし、殺害。そして内側から閂をかけ、密室を作った。犯人の行動はこれだけです。あとは私たちの到来を待つだけ。私たちは教会に這入りますが、先程言った通り、人形の存在に気づかない。気づいたとしても、それを記憶に残すような情報としては扱わないでしょう。私たちがシルエさんの屍体に気を取られている間に、人形は扉から西塔を去った。その後、私たちがどれだけ教会を調べても、これでは何も見つかりません」

「人形がどこにでも存在する、という私たちの心理を利用したトリックだったってわけね」

 レゼリアは感心したように言う。「すごいわね、ミミさん。全然思いつかなかったわ」

「……だが、メリーシアの密室はどうする?」ルーが訊いてきた。「二つ目の殺人は、客室の空き部屋、峡谷に面した部屋で起きた。密室内に残されていたのは切断された片腕と部屋の鍵、更に開いた窓の下にはメリーシアの屍体があった。君とルーが部屋に這入ったとき、密室内には人形はなかった。これは確かな情報だ。あの何もない狭い部屋で見間違えなどないだろう。シルエと同じトリックは使えない」

「それは……分かりません。確かに、あの部屋には人形はありませんでした」

「そうか」

 ルーは咎めることもなく、ただ小さく呟いてじっと考え込んだ。

「貴女の方が、そこの探偵気取りよりずっと探偵らしいですね」

 ローディックが言う。

「……いえ」私は小さく否定した。「私には犯人が分かりませんし、推理が正しいと決まったわけでもありません」

 それに……トリックを見破ったところで、犯人を見つけ出せなければ何の意味もない。ルーの言った通りだ。

 謎はまだ多い──いや、実際には、このときの私は何一つ分かっていなかった。すべては繋がっている。魂を弄ぶ悪魔の糸によって。

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