第8話 獅子
扉の向こうから現れた者は、相当な異形だった。
とは言え、俺にとってはそうでもない。
そいつもまた、《獣人》だったからだ。
ただ、その頭部は猿や犬と言った、かわいらしいものではなく……恐るべき獅子のそれだった。
ライオンの獣人。
それが俺とウラガの目の前にいた。
「……お前は、港の……」
ウラガがその獣人を見て、そう呟く。
どうやら面識があるらしく、獣人の方もそれに答えた。
「ふふ、見ればお前は港で我が同胞を片っ端から切り倒してくれた戦士だな。なるほど、選んでつけていた隠密共が簡単に切り捨てられるのも分かろうというものだ。だが……」
そこで言葉を切り、獅子の獣人は腰に下げていた大剣の柄に手をかける。
やる気だ。
ウラガも満身創痍なその体で戦うべく、剣を構える。
「ガレイズ連合が一の将軍、このカシャーム・リオンが相手となればどうかな!?」
獅子の獣人――カシャームはそう言って剣を引き抜き、ウラガに向かって来た。
ウラガも相当な巨体だが、カシャームの体躯はそれを越える。
二メートルは優にあるだろうその体は、明らかに剛力においてはウラガを上回っているように見えた。
また、速度についても、獣の身体能力をその身に秘めているが故か、一瞬でウラガの目前まで距離を詰める。
恐るべき肉体、恐るべき技術だった。
ただ……ウラガもこの集落において、最強クラスの戦士である。
カシャームの目にもとまらぬ突進、そして斬撃を正しくその目で捉え、剣を動かして受け止めた。
――ガキィン!
という金属同士の立てる高い音が辺りに響く。
受け止められたカシャームはウラガを見て、獰猛に笑った。
「……ふふ、ふはは。なるほど、この俺の剣を、受け止める、か。人族にそのような男が二人もいたとは、思ってもみなんだ。血が、滾る」
「……ふん。男、か……ま、褒め言葉と受け取っておこう。しかし、このウラガ、受けるだけでは終わらん!」
そう言って、ウラガはその剣にさらに力を込め、思い切り弾いた。
カシャームの巨体がその圧力に耐えきれず、吹き飛ばされ、家の壁を破り、外まで飛んでいく。
ウラガはその後を追って走った。
俺もそれを追いかける。
家で待っていた方がいいかもしれない、とも思ったが、どうせウラガがやられたら俺もどうしようもない。
日本で生きていたころと比べて、随分肝が据わったなと思う。
それに、ウラガがやられるのをただ見ている気にもなれない。
俺がどれだけ戦えるのかは疑問だが、何もせず死ぬくらいなら、戦って死ぬことはむしろ望むところだった。
俺の剣を手に取り、俺は走る。
外はいつの間にやら、雨が降っていた。
ばしゃばしゃと泥がまとわりつく、走りにくい。
この島での雨は、すべてを洗い流すほど激しく、こんな日に襲撃に遭うなんてついていないな、と思う。
それから二人を探すも、姿が見えない。
しかし、耳を澄ませると、遠くから金属音が聞こえて来た。
俺はその音の発生源に向かって走った。
◇◆◇◆◇
「……ここまでやるか。まさか世界の果てに、これほどまでの剣士がいるとは。はるばる窮屈な飛行合成獣になど乗って来た甲斐があったものだ。お前のような剣士が、獣人にいれば我が後を継がせても良かったのだが、お前は人族。残念なことだ……」
カシャームがウラガに言った。
ウラガは首をかしげて、
「何の話をしている?」
と尋ねると、カシャームは、
「……ふむ。世界の果てには獣人と人族の争いもない、か。しかしだからと言って我が種族の恨みは消えぬ。恨むなら人族に生まれたことをこそ恨め」
と言って剣に力を込めたので、ウラガは何かを察したらしい。
「……《外》では何か色々あったようだな。その気持ちは察する。しかし、俺とてこんなところで散るわけにはいかん。息子と妻がいるのだ。二人を残してこの世を去ることは出来ん」
「心配するな。お前に何かあれば、俺がその二人もすぐに後を追わせてやる……さぁ、行くぞ!」
カシャームはそう言って地面を踏み切り、ウラガに向かった。
速度は地面のぬかるみの故か、先ほどよりも落ちているが、それでも十分なものである。
ただ、先ほどカシャームの攻撃はしっかりと見切っていたウラガである。
当然、雨の中、視界が悪くとも、その一撃の軌跡はしっかりと見切れていた。
しかし、だ。
「……うぐッ!!」
――パァン!
という何かが爆発するような音と共に、ウラガの背中、右腕の付け根辺りに氷柱が生えた。
それを見て、カシャームは何か察した顔をし、そして残念そうな表情に変える。
そしてウラガに、
「……このような決着のつきかたとは……戦いを穢された気分だな。しかし、勝負は時の運とも言う。今回は俺の勝ちだ。来世、また見えることを願うぞ」
そう言って、大剣を振り下ろす。
その剣の一撃はウラガの胸元に斜め一直線の傷をつけ、そこから血が噴水のように噴き出た。
流石のウラガもそれには耐え切れず、そのまま地面に倒れ伏す。
致命傷だった。
それから、ぱしゃぱしゃと音を立てて、カシャームのもとに一人の狐の獣人がやってきて、
「カシャーム将軍!」
と叫ぶ。
カシャームは狐の獣人を一瞥し、
「……今の氷銃撃はお前の仕業か?」
と尋ねた。
「は。差し出がましいこととは思いましたが、今回のことは何よりも作戦の成功こそが連合にとって重要と思い……」
狐の獣人はそう言ったが、カシャームは狐の獣人を睨む。
明らかに責めるような視線で、狐の獣人は小さくなり、怯えているようだった。
しかし、カシャームはしばらくしてふっと力を抜く。
それから、
「……確かに、お前の言う通りだ。俺は自分の趣味にかまけて目的を見失いかけていたのかもしれなん。もうここはいい。お前はこの辺りの集落を捜索しろ」
と言ったので、狐の獣人は、
「はっ!」
そう言って、これ幸いをその場を去っていった。
それから、カシャームは俺の方を見た。
俺は、そのやり取りの間、ずっとウラガのもとで、彼の傷の手当てをしていた。
血が止まらない。
このままでは……。
「……そこの子供。お前はこちらに来い。お前は殺さぬ。我が連合に来るのだ」
カシャームがそう言ったとき、俺は顔を上げた。