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第7話 流転

――それは突然やってきた。


 家でのんびりしていると、父と母が同時にぴくり、と家の天井を見上げたのだ。


「……どうかしたの?」


 そう尋ねると、二人は顔を見合わせて、


「何か空を飛ぶものが島に近づいてきている。しかも、この気配は龍ではない……」


「ウラガ、とりあえず私が外を見てこよう。いざというときはミズキを頼む」


「待て、俺が見てくる。お前はここにいろ」


 一瞬、父と母の役目が逆転しかけたが、流石にそこは男の沽券にかかわると思ったのかもしれない。 

 ウラガはカリハを止めて、自分が外に出ていった。

 おそらくは集落の他の戦士たちにも声をかけに行ったのだろう。

 ウラガとカリハはこの集落でも一、二を争う強力な戦士であり、何か異常に気づいたと言うのならこの二人が最初だ。

 他のも者たちが気づいているかどうかは分からない。


「……母さん、父さんは……」


 俺が少し不安に思ってそう尋ねると、カリハは首を振って、


「なに、心配はいらん。あの男はこの集落に置いて、私に次いで強い。そんじょそこらの者にはやられないさ。たとえ龍が相手だろうと、生きて帰る」


 と言った。

 俺はその内容に何とも言えないものを感じる。

 父より母の方が強い、というのは自明の話なのだな、と思って。

 実際、母は強い。

 彼女と手合せしたこともあるが、父以上に高い壁に感じた。

 頑張れば勝てるとか、このまま修行していけばいつかはとか、そんな希望すら抱けないようなとてつもない力を持っているのだ。

 

 けれど、その日は何かが違っていた。

 そのことが分かったのはずっと後のことで……。

 ただ、このときは、父ウラガの帰りを俺と母さんは待った。


 ◇◆◇◆◇


「……カリハッ!」


 しばらくして、そう叫びながら家に戻ってきたのは、ウラガだった。

 ただ、その様子は普通ではない。

 というのも、体中傷だらけの血だらけだったからだ。

 焼けこげている部位も見られ、かなり酷い状態だった。


「ウラガ……!? 何があった!?」


 慌ててカリハが父のところに駆け寄ると、ウラガは呻く様な声で言った。


「……《外》の奴らだ。あいつらが、空飛ぶ船に乗って、島に……」


 《外》、それはつまり島の外、《断裂》の向こう側の大陸人たちのことであろう。

 それが、それ飛ぶ船に乗って来た……。

 飛空艇がこの世界にはあるのか。

 それとも飛行機のようなものなのか……?

 どうやらかなり大陸の文明は進んでいるのかもしれない、とそれでわかる。

 

「それで、《外》の奴らはどうしたんだ? 島に来て……」


 カリハは思いのほか、冷静な様子でウラガに語り掛ける。

 ウラガもそんなカリハに、落ち着いて一言一言言う。


「空飛ぶ船から降りてくると同時に、奴らは港の集落の者たちを攻撃し始めた。変わった武器を持っていた。筒のようなもので……光るとそこから火や氷の矢が飛んでくる。港の集落の者たちはそれで大体やられた。俺たち、集落の戦士団はその程度ではやられなかったが……」


「しかしその傷は……」


「腕の立つ奴が何人かいたんだ。そいつらに……」


「そうか……分かった」


 ウラガの言葉に頷いたカリハは、それから立ち上がり、そして壁に立てかけてあった愛用の大剣を手に取った。

 

「カリハ、お前!」


 ウラガが慌ててそう叫ぶも、


「なに、軽く揉んでやるだけだ。お前はそこで傷を癒していろ。ミズキのことも頼んだ」


 カリハはそう言って、家を飛び出していった。

 ウラガも止めようと思ったのだろう、力を振り絞って立ち上がろうとしたが、家に帰ってくるだけで限界だったらしい。

 数歩、這いずる様に進み、そしてそのまま気を失ってしまった。

 

 俺は父を引きずって寝床まで移し、湯を沸かして、とりあえず怪我をした部分を酒精の高いアジール族の酒で消毒し、吹いていった。

 包帯代わりの布は、父母と修行するとき必ず傷だらけになる俺のために山ほどあるので、それを惜しげもなく使う。

 父の看病をするより、母を追うべきではなかった。

 そんなことも頭の中をよぎったりはしたけれど、実際問題、俺は父よりも弱い。

 まともに戦えるようなレベルではなく、そんな状況で、父がこんなに傷だらけになった相手のところになど行っても意味があるはずがない。

 母なら、父より強い母なら、きっと帰ってくるだろうという思いもあった。

 

 だから、俺はもくもくと父の看病をした。

 そして、どれくらい時間が経っただろう。

 父の目が覚めた。


「……!? ミズキ! カリハは!?」


「……分からないよ。まだ、戻ってきてない」


「……そうか」


 そう言った時の父は、かなり沈んで見えて、こちらまで不安になってくるような表情だった。

 だから俺は尋ねた。


「ねぇ、母さんは大丈夫だよね?」


 そんな俺の質問に、ウラガは、


「……そうだと信じたいが……」


 そう言った瞬間、


 ――ばきり!


 という音がして、扉が破られるように開かれた。

 

「誰だッ!?」


 父が、満身創痍の体であるにも関わらず、痛みにこらえながら剣をとって立ち上がる。

 俺の前に立ちはだかり、扉の外を見た。

 カリハではない。

 カリハなら、こんな乱暴な開け方をしないからだ。

 しかしそうなると、一体誰が……。


 そう思って扉の向こうを見つめていると、何かの影が物凄い勢いで飛び込んでくる。

 一つではない。

 次々に、扉の向こうからやってきて、こちらに向かってきた。

 しかし、ウラガがそれに向かって剣を振るい、一撃で倒す。

 

 ばたりばたりと倒れていくそれ。

 それは明らかに人の形をしていて……けれど、一つだけ違うところがあった。


「……動物の顔?」


 そう、それらは、すべて人の顔ではなく、動物の顔がついていた。

 猿、犬、猫……。

 こんなもの、生まれてこの方見たことはなく、この島の生き物ではないことは明らかだ。

 そんな俺の驚きを察したのか、ウラガが剣を構えたまま言った。


「……ミズキ、そいつらは《獣人》というものだ。《大陸》にたくさんいる種族のうちの一つで、我々人族ヒュームと比べて身体能力に優れているらしい……確かに、身のこなしが俺たちとは違うな」


「獣人……」


 前世では物語でいくらでも出て来た存在である。

 そういう意味での驚きは少なかったが、しかし、やはり実際に見てみると……リアル感があって怖いと言うか、何とも言えない感じがするな。

 しかし、島にやってきたというのはこういう奴らか。

 ウラガ達が苦戦するのも分かる気が……。


 そう思っていると、


「ふふふ、なるほど。中々やるな! こんな世界から切り離された世界の端にいる者など、歯ごたえがないものかと思っていたが……中々、どうして」


 と轟音のような声と共に、何者かが扉を潜って来た。


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