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閑話 大陸からの訪問者

 アジール族が住まう島々、そのはるか遠くに巨大な鉄の塊が浮いていた。

 大きな船をそのまま空に置いたかのような形をしていて、実際に、その物体は空をまるで海かのように泳いでいるところだ。

 それの物体の名前は、飛空艇、と言った。


「このような巨大なものが空に浮かぶとは……実際に乗ってみても、全く信じられんな」


 飛空艇の艦橋で、一人の壮年の男がしみじみと言った様子でつぶやく。

 彼の名前はファルカスク・ナイゼルと言い、大陸でも指折りの大国モーゼ帝国の将軍の一人だった。

 ファルカスクの隣には白衣を身に纏った、青年が立っていて、ファルカスクの言葉に答える。


「魔導機械工学の技術の粋を集めて作られたこの飛空艇アランジア、やろうと思えば空を駆けて世界一周ですら可能ですよ」


 ファルカスクは青年の言葉に唸り、


「とてつもないものを作ったものだな。しかし……たとえそうだとしても、【永久の断裂】についてはどうなのだ? あそこを越えられねば、【龍海りゅうかい】には辿り着けぬぞ」


 これに青年が、


「このリリーズ・メイダーが設計した飛空艇に不可能はありません。【永久の断裂】だろうが【龍海】だろうが、散歩をするような気軽さで通り抜けてしまえることでしょう」


 と答えたところで、艦橋において飛空艇の進路を監視していた一人の乗組員が声を上げる。


「ファルカスク様、リリーズ様! 【永久の断裂】が見えてきました! ご覧になりますか?」


 これにファルカスクは感慨深い表情で、


「とうとうか……昔話に聞いたあの断裂をこの目で見れるのだな」


「おや、ファルカスク様も小さなころに脅かされた口ですか? 『悪いことすると【永久の断裂】に投げ込んじまうよ!』」


 リリーズが声色を変えてそう言うと、ファルカスクは笑って、


「……母によく言われたよ。しかし、その母でもまさか人があの断裂を跨いで超えるとは思ってもみなかっただろうな。そんなことは龍にしか出来んと、それが今までの常識だった」


「常識は破壊するためにあるのです。これからの常識は、あの断裂は越えて渡るもの。そういうことですよ……ん?」


 リリーズは答えながら、艦橋の壁の一部に表示してある探知機を見た。

 するとそこには、奇妙な機影が映っている。

 リリーズは不思議に思って乗組員に言う。


「おい! 何かいるぞ! 映像に出せ!」


「はっ!」


 乗組員が即座に答えて環境内の巨大なモニターに映像を出した。

 するとそこに、まず【永久の断裂】が映る。

 それを見ながら、ファルカスクとリリーズは改めて目を見開き、


「おぉ、これが【永久の断裂】……大陸と【龍海】を区切る、悪夢の裂け目か……」


「水が……落ちていますね。実際に幾度か命がけてここまでやってきた探検家たちの報告通りですが、本当にこうなっているとは……。なぜ海の水がなくならないのか不思議です」


 艦橋にいる他の乗組員たちも、自分の仕事をしつつも、映し出されたその映像に一瞬、ほう、と感慨深いものを覚えた。

 本国にいるとき、何度となく無理だと言われ、また触らぬ神にたたりなしだとも言われたこともあった光景である。

 それを、今自分たちが見ている。

 特に、何の問題もないまま。

 それは自分たちの技術の勝利であり、また、新たな地平線へと踏み込んだ証のようにも思われた。


 しかし、そんな壮大な景色の中に一点、奇妙なものが移りこんでいることに乗組員たちは気づく。

 ファルカスクとリリーズもだ。

 【永久の断裂】、こちら側と向こう側を区切る海の巨大な切れ目。

 その遥か向こう側の空に、ぽつりと浮かぶ黒い点のようなものが見えた。

 それで、リリーズは乗組員に言う。


「あれは……なんだ? 拡大できるか?」


 すると、即座に、


「拡大します!」


 と返答がなされ、黒い点が徐々に画面の中で大きくなっていく。

 そして……


「……これは一体なんだ? 空に浮かんだ肉塊のように見えるが……」


 ファルカスクが気持ちの悪いものを見るような表情でそう呟いた。

 事実、画面に映っているものは、空に浮かぶ肉塊、としか表現できないようなもので、ファルカスクの言葉は的を射ている。

 リリーズは映像に映ったその物体を凝視して、それから少し考えてから答える。


「……おそらくは、あれもまた飛空艇だと。ただ、魔導機械工学ではなく、魔導生物工学の生み出したもの」


「獣人どもか……?」


 ファルカスクがそう尋ねると、リリーズは頷いた。


「おそらくは。現在世界で最も魔導生物工学が進んでいるのは獣人国家ガレイズ連合ですから。ただ、まさか飛空艇まで可能にしているとは……。やはり新しい技術が生み出されるときは、他のところでも同様のものが発明されているということなのでしょうね」


「あれと、これを同じものと言われても私には同じには見えんが……」


「コンセプトは同じでしょう。空を飛んで、乗組員を遠くに運ぶ船。ただ、アプローチの仕方が違うだけで」


「かたや機械の組み合わせで、かたや合成魔獣キメラを作り上げてそれを実現した、というわけか」


「ええ……しかし、これは非常にまずいです。向こうがかなり先行しておりますし、見る限り船足は同程度。これでは追いつくのに数時間かかります。これでは目的地・・・に向こうの方が先に着いてしまいます」


「……そうなれば、やはりまずいと思うか?」


「極めつけに。言い伝えが正しいとすれば、目的地――【龍海の島々】には、人族ヒュームが住んでいるはずです。獣人は、我々人族ヒュームに対して強い憎しみを持っているものが大半で、特にガレイズ連合の獣人は容赦がない者が多い。どういう結果になるかは……」


「目に見えているな。しかし、どうにかして追いつけないのか?」


「出来る限り速力は上げているのですが、おそらく向こう側も気づきましたね。速度が上がって、やはり距離はさして縮まりません。こうなると、向こうが目的地についた後、人族ヒュームに出くわさないことを祈るくらいしか……」


 リリーズは難しい顔でそう言った。

 ファルカスクも同様である。

 【龍海の島々】の住民がどのような人々なのかは言い伝えに聞くところによるしかないが、どんな者たちであるにしろ、空から突然巨大な物体が現れれば見に来ることだろう。

 そうなれば、獣人たちと彼らが出遭うのは時間の問題だ。

 

 どうにか、自分たちが間に合うように、と祈るしか、今のリリーズとファルカスカには出来なかった。


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