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第6話 修行中

 ――がきぃん!


 と、大きな音を立てて俺の持っていた木剣が思い切り弾かれる。

 その勢いで体は後ろにのけぞり倒れ、木剣は明後日の方向へと飛んでいった。


 慌てて木剣を取り戻しに立ち上がろうとするが、その前にずい、と首筋に木剣を突き付けられ、


「勝負ありだな……。ま、六歳にしては十分な腕だろう」


 そう言われた。

 言ったのは、俺の父であるウラガだ。

 俺とウラガは、たった今の今まで、木剣による剣術の稽古をしていた。


 この稽古が始まって、だいたい一年ほどだろうか。

 五歳になった辺りで、父ウラガが俺に言ったのだ。

 

「そろそろミズキもアジール族の男として、剣の修行を始める時期だな」


 と。

 曰く、アジール族の男は将来、どのような生業につくかは置いておいて、とりあえず誰もが剣術を一定程度修めるのが決まりであるらしい。

 その理由は、この世界特有の事情に基づく。

 つまりは、【魔物】というわかりやすい脅威がいる関係で、ある程度の護身術を持っていなければすぐに死んでしまうから、というわけだ。

 少し森に入って薬草採取をする程度のことでも、突然、魔物と出くわしてしまう可能性は決して低いものではない。

 その際に、対処する手段がなくて死んでしまった、では目も当てられない。

 そういう場合もどうにかして生き残るために、武術を身に付けるべきだと考えるのは至極当然の話だった。


 そういうわけで、俺の剣術修業が始まったわけだが、これがなかなかに厳しいものだった。

 というのは、アジール族では武術は、まず親を師として基本を身に付けるところから始まるそうなのだが、俺の父であるウラガは、実のところアジール族最強クラスの戦士であるらしく、その修行の厳しさは通常の比ではなかったのである。

 体力作りからは始まったそれは、五才の子供に課すようなものとは思えないようなきつさで、終わるころには汗びっしょり、どころか記憶が混濁しそうなほど意識もうろうとするところまで行われた。

 それに慣れてきて、ある程度余裕が出てくると、それに加えて剣の素振りが始まり、さらにそれにも慣れると型を、そして次には模擬戦をとどんどんレベルが上がっていった。

 特に模擬戦は、最初の最初は間違いなく手加減してゆっくりと相手をしてくれていたはずなのに、気づいたら普通の試合のように、お互いの急所まで狙った真剣なものになっていた。

 もちろん、それでも父ウラガは十分な手加減をしてくれているのだろうが、俺にとっては手加減に思えないほどに鋭い攻撃が何度となく繰り出されるのでたまったものではない。

 

 先ほども、父の強力な一撃に耐えかねて最後には木剣を手放してしまった。

 それまではかなり持ちこたえていたので確かに六歳の子供としては十分なのかもしれないが、若干の悔しさを感じる。

 そんな俺の表情を読んだらしいウラガは苦笑しながら、


「まさかお前、俺に勝てると思っていたのか? 流石にそれはないぞ……俺がいくつだと思っているんだ?」


 と言った。

 ウラガの年齢は確か二十代後半だったはずだ。

 母であるカリハも同様である。

 そして、ウラガはその人生の大半を研鑽に費やしてきたのであり、転生しているとはいえ剣術の修行などこっちに来て一年程度しかしていない俺が、彼に勝とうとするなど不遜であるのは間違いない。

 ただ、それでもこういうことは理屈ではないだろう。

 男の子に生まれたからには強くなりたいし、父にも勝ちたいのである。

 それがたとえどれだけ無謀なことなのだとしても、である。


「じゃあ、負けると思って戦えっていうの?」


 そんな、悔しさを隠すような台詞を言うと、ウラガは笑って、


「はっはっは。そうは言わんがな。もちろん、負けず嫌いなのは大事だが……。ただ、絶対に勝てないと思った相手に命をかけた挑戦はするんじゃないぞ。そういうときは素直に諦めて逃げろ。誇りなど捨てて、な」


 と言った。

 これは俺にとって意外な台詞だった。

 なにせ、ウラガにしろ誰にしろ、アジール族の人間というのはそのほとんどが誇り高い。

 たとえ勝てない相手でもそうそう簡単には降参したりしないような人々だ。

 それなのに、こんなことを言うのは不思議だった。

 だから俺は尋ねる。


「……父さんは、そういうことはあったの?」


 おそらくないだろう、と思っての言葉だった。

 人のことを負けず嫌い呼ばわりしているこの父こそが最も負けず嫌いなのを俺は知っている。

 しかし、ウラガは意外なことに、


「あるぞ」


 と端的に答えた。

 俺は驚いて、


「いつさ?」


 そう尋ねた。

 するとウラガは、


「……あれはお前が生まれた時のことだ。不思議な三人組が現れてな……。その三人について、俺は一目見た瞬間から、勝てない、と直感してしまったんだ。恥ずかしい話だが……」


 と正直に言う。

 その三人とは、俺が生まれた時に見た、あの妙に人間離れした三人組のことだろう。

 彼らは確かに存在感が見るからに違っていたが、それは俺があのとき赤ん坊で、非常に小さかったからだと思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「それで、父さんは逃げたの?」


 そう尋ねると、ウラガは、


「馬鹿を言うな。あのときは隣の部屋でカリハがお前を出産しようとしていたんだぞ。何があっても逃げられるか……」


「でしょう? なら俺だって逃げないさ」


 ウラガがそう答えるだろうことを予測して尋ねた俺の台詞は決まっていた。

 ウラガはそれを聞いてあきれたような顔をして、


「まったく。六才とは思えないほど知恵が回る奴だな……。まぁ、本当に逃げてはならないときというのも確かにある。そういうときは逃げずともいい。が、逃げるべき場合というのもあるんだ。そういうとき、変なプライドで意地を張ったりするなと言いたいんだ」


「言っていることはわかるんだけど……」


 いかんせん、そういう事態に出くわしたことがないし、実際にそうなったときに自分がどうするかは分からない。

 もしかしたら一目散に逃げるかもしれないし、反対に意地でも逃げないかもしれない。

 正直にそう答えると、


「そんなに難しく考えなくともいい……と言いたいところだが、お前はな……考えておいた方が良いかもしれんな。なにせ、お前は愛し子だ。何があるかわからん……」


「愛し子?」


 それは、生まれた時に、あの人間離れした三人が口にしていた言葉である。

 不思議に思って首を傾げると、ウラガは、


「あぁ、そう言えば、言ってなかったか? お前は龍神様の愛し子なんだ。だから、少しばかり特別だ。言い伝えによると、様々な困難に巻き込まれてしまうらしいが……まぁ、あまり気にせずともいい。お前にはそういうことはおそらく起こらないという話だったしな」


 そう答えた。

 その言い方はあまり深刻そうではなかったので、愛し子というのも町内会で神輿の上に載る人になった、くらいな意味くらいしかないのだろうと俺は思う。

 実際、それくらいの言い方だったのだから、仕方がない。

 

「ふーん……そうなんだ。困難に巻き込まれるっていうのも楽しそうな気もするけどね」


「馬鹿を言うな。俺としてはお前がそうならない方がいいに決まってる……」


 ウラガはそう答えつつ、太陽の位置を確認した。

 それから、


「そろそろいい時間だな。家に戻って昼飯にしよう。カリハが待ってる」


 そう言ったので、俺も答える。


「あんまり遅くなると母さん、怒るもんね。早く帰ろっか」


 するとウラガは、母カリハが怒り出したときの顔を思い出したのか、少し震えて、


「……もしものときは、ミズキ、お前が母さんを宥めるんだぞ?」


 とアジール族最強の戦士らしからぬお願いをしたのだった。


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