第4話 踊る人形
――ふぅ、良く寝たなぁ。
そう思いながら目が覚めたのは、意識を手放してあと、それほど長い時間が経ってからではなかったように思う。
たぶん眠っていたのは一時間くらいの間だ。
日もまだあるし。
そんな風に時間帯を確認していると、横から母と父の話声が聞こえてきた。
どうやら、二人とも帰ってきていたらしい。
「……ウラガ、それで、何かわかったか?」
カリハの深刻そうな声がそう尋ね、ウラガが答える。
「いや……何も分からん。村長が言うにはおそらく魔法人形の一種だと言う話だが、突然出現した理由については断言しかねると……」
一体何の話をしているのだろう?
不思議に思って、まだあまり動かない体を傾けて、声の方角に視線を向けると、ウラガとカリハが顔を見合わせながら、ちらちらと見ているものがあった。
そこには、奇妙な踊りを踊り続けている、はにわがいる。
「はにっ……はにはにっ……はにっ……!」
おそらくはブレイクダンスだろうと思われるが、はにわが踊っていると何か特殊な儀式をしているように見えてくるから不思議だ。
だが、別に特別な意味はないだろう。
なんとなく踊っているだけだ。
ウラガとカリハは、はにわの動きに警戒しているようだが、俺には分かった。
なぜか分からないが、はにわの考えていることが伝わってくる……なぜ、と思って、そう言えば眠りに落ちる前に自分がやっていたことを思い出した。
……あのはにわ、俺が作ったんじゃなかったっけ、と。
そう思うと同時に、はにわがブレイクダンスをぴたりと辞め、空洞の瞳をこちらに向けて、
「……はにぃーっ!」
と、声を上げながらこちらに向かって来た。
カリハとウラガはそれを見て慌てて俺の前に移動し、はにわの前に立ちふさがる。
「こいつ、ミズキが狙いか!?」
「どうやら動きからするとそうらしい……」
そんな相談をしながら。
そして向かって来たはにわを捕まえようと手を伸ばすが、その瞬間、しゅん、とスピードを上げたはにわにカリハがつかみ損ねる。
「むっ……!?」
「中々素早いな……! こんな珍妙な形をしていても魔法人形は魔法人形ということか……!」
ウラガがそう言いながら、カリハのフォローに回ってはにわに手を伸ばした。
そこには油断はなく、どんな動きをしても捉えるという自信が感じられる。
実際、はにわはウラガの手を避けるように目にもとまらぬ速さで動いた。
が、ウラガの方が一枚上手だったらしい。
「よし! 捕まえたぞ!」
その頭をがっちりと把持され、ばたばたと手足を暴れさせている姿が俺の目に映る。
一体なにがしたかったんだろう……あのはにわは。
何かしたくて俺に近づいてきたのだろうが、父に捕えられてその目的を達成できなかったというのは分かるが。
気になる。
そもそも、一応、あのはにわは俺が魔術らしき何かで作り出したものなのだから、俺に危害を加えようとしていたわけではないだろう。
それ以外に理由があると考えてもいいはずだ。
危険がないなら、別に近づいてもらっても構わない。
そう思った俺は、はにわの方に手を伸ばした。
すると、父ウラガが、
「……ミズキ。お前、これがほしいのか? いや、しかしこれは魔法人形だぞ。古代の魔術師が作り出した、今や失伝してしまった魔導具だ……どのような危険があるかわかったものではない……」
と、ばたばたしているはにわを捕まえながら言うが、カリハの方がよくよくはにわを観察したうえで、
「……しかしウラガ。少し考えてみたのだが、ミズキに危害を加えるつもりだったのなら私たちが留守にしていた間にそうすればよかったのではないか? それなのに、私たちが帰ってきたとき、こいつはなんだかよくわからない踊りを踊っていただろう。つまり、別にミズキをどうこうしようと言う意図はない、ということではないか?」
と推測を述べる。
それはおそらく正しいだろう。
二人がどれくらい留守にしていたかはわからないが、それなりに時間はあったのだから。
それに加えてそもそもこのはにわは俺が作ったものなので、そういう危険性は考えにくいというのもあるが、これは二人に今は伝えられない。
ウラガは、カリハの言葉にそれは確かに、と思ったようだが、
「しかし、それは推測に過ぎんぞ……近づけて何かあったら問題だ」
「まぁな……だが、どうする? こいつを……壊すか?」
「ううむ……壊してもいいのだが……何か、じっと見てると力の抜ける形をしているからな。気が引ける……まぁ、とりあえずおばばも呼んでおいた。その判断は彼女の意見を聞いてからでも構わんだろう」
ウラガがそう言った。
カリハとウラガが壊すか、と言ったあたりではにわのばたつきは激しくなったので、言葉はなんとなく理解しているようだが、自分の思っていることを他人に伝達することは出来ないらしかった。
それからしばらくして、家の扉を誰かが叩く音がした。
それに気づいたカリハが扉に近づき誰何すると、
「わしじゃ。コトネーじゃ。何か奇妙なものがあるということで呼ばれてきたのじゃが……」
そう言うと同時に、カリハは扉を開けて、その人を迎え入れる。
入ってきたのは、80は超えているのではないかという老女であった。
民族的な刺繍が施されたローブを身に纏う彼女は、何か不思議な雰囲気を持っていて、カリハとウラガは彼女に対して敬意のようなものを持っているらしいことが振る舞いから分かる。
コトネーは家に入ると、まず、ウラガの手で把持されている物体を見て、笑った。
「ほっほっ……また、随分と面白いものを持っておるの。ウラガよ」
「面白い……まぁ、珍妙な形をしているが……」
「形も面白いがな。それ以上に面白いのは、それがそこの赤子によって作られたものであることよ」
困惑するウラガに、コトネーははっきりとそう言った。
その言葉に、ウラガとカリハは目を見開いて彼女を見る。
それから、ウラガが尋ねた。
「これを……ミズキが作ったと言うのか?」
「そうじゃ……わしの眼にはそう見えるぞ。その珍妙な人形から、魔力線がその赤子に伸びているのがな」
「魔眼持ちの言うことだから正しいと信じるほかないが……しかし、尋ねたくもなる。それは本当の事なのか?」
「嘘を言ってどうする……と言いたいところじゃがな。疑いたくなる気持ちも分かる。なにせ、赤子に造れるような代物ではないからのう。というか、魔法人形など魔術を収めた大人ですら未だに作り方が分からぬものじゃ。それを赤子が……と思ってしまうのは、わしとて同じよ。じゃが、事実は事実じゃ……どれ、少し話をさせてもらおうかな……」
コトネーはそう言って、俺の方に近づいてきた。
近くで見ると、その雰囲気の不思議さが余計に際立つ。
体の小さな老女なのだが、包み込むような大きな雰囲気を持っているのだ。
それに、少しも萎縮しない覇気のようなものも感じられる。
そんな彼女が、俺と目を合わせ、言うのだ。
「……ミズキよ。あれは、お主が作ったものじゃな?」
たぶん、そうなんじゃないかなぁ。
ただなんとなくやっていたら、出来た感じだけど。
作った後に寝ちゃったからよくわからないけどね。
そう思ったが、俺にはまだ会話は出来ない。
心で思っただけだ。
しかしコトネーは、驚くべきことに、
「ふむ、なるほどの。なんとなくか……」
と俺の心を理解したかのようにうなずいた。
それから、
「……ちなみに、あれは何のために造ったのじゃ? 誰かに危険はあるのか?」
あると思う?
そもそもあれはただの人形だから……。
さっきだってただ踊ってただけだしな。
なんか俺の方に来たがってみたいだけど、挨拶でもしに来たんじゃないか?
作った直後に寝ちゃったからさ。
そこまで俺が考えると、コトネーはウラガの方に近づき、
「……それに危険はない。離しても問題なかろう。では、わしは戻るでな。また何かあれば呼ぶがいい」
と言って、家を出ていく。
これにウラガは驚いた顔になったが、コトネーの言葉にはそれだけ信用があるらしい。
ウラガは、はにわから手を離す。
すると、はにわは、
「はにーっ!」
と声を上げて走り出し、それから俺の眠っているかごのところまでジャンプしてきた。
それから、かごの縁の上に立って、そこで器用にブレイクダンスを始めた。
それを見たカリハが、
「……踊りたかっただけか」
そう言って、何事もなかったかのように家事に戻っていった。
ウラガは、カリハほどはにわを信用しかねたようで、しばらく監視していたが、本当にただ踊ったり、よくわからないことをしているだけなのを確認すると、放置しておくようになった。
こうして、はにわは俺たち一家に受け入れられることになった。
よくわからない、マスコット的な何かとして。