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第3話 粘土遊び

 母の魔術を見てから、俺はちょっとわくわくしていた。

 なにせ、魔術である。

 地球には存在しない、特殊な技術。

 向こうでなら超能力扱いのそれが、現実に存在するのだから。


 まぁ、こっちではもしかしたら自転車に乗れるくらいの能力なのかもしれないが、それでも一度使ってみたい、と思うのも当然の話だろう。

 だから、俺は挑戦してみることにした。

 幸い、俺は今、赤ん坊で、やることもほとんどない。

 父であるウラガは家にほとんどいないし、母であるカリハはほとんどずっと家にいるが、水を汲みに行ったりする関係で、家を空けたりすることもある。

 そういうちょっとした合間に魔術を使えないか、試すことにしたのだ。


 と言っても、やり方などさっぱりわからない。

 母は呪文らしきものを唱えていたが、俺はまだ赤ん坊だ。

 言語にならない喃語なんごしか話すことが出来ない。

 しっかり一度、成長して言葉を流暢に話していた経験があるのだから、普通に赤ん坊の体でも喋れるかもしれないと思っていたが、まるで気のせいだった。

 ただ、他の赤ん坊よりもかなり意識的に言葉の練習をしているから、話せる時期は普通よりずっと早くなるだろう。

 まぁ、披露する機会はないだろうが……。


 と、それよりも魔術だ。

 魔術をどうやって使うか。

 それはさっきも言ったが分からない。

 ただ、なんとなくこうかな、というものはないではない。

 母が魔術を使ったとき、空気が動くのを肌で感じたような気がしたというか、何かが蠢いたのが分かった気がしたのだ。

 それはきっと、魔力的なものだろう、と俺は勝手に解釈した。

 魔法には魔力が必要で、それは意識することによって感じることが出来るようになるもの。

 というのは、地球における小説においてありふれた話であり、この世界の魔術もそのような法則にしたがって働いている、と考えるのだ。

 本当にそうなのかどうかはまるでよくわからない。

 そもそも、母は魔術と言っていたが、魔法と魔術の違いすら今の俺にはよくわからないのだ。

 理屈なんて分かるはずがない。

 が、とりあえず暇なのだ。

 仮説を色々立てて、試行錯誤してみるのがいいだろう。


 そもそも、魔力らしきなにかについては、本当に感じていたから、全くそのようなものが存在しないということはないだろう。

 だから、俺はまず、その魔力を体に取り込んで、形にする、という想像しやすい方法から試すことにした。


 空気中に、酸素のように浮かんでいる魔力を、体に取り入れる……。

 酸素を呼吸によって肺に入れるように、魔力を体の中に取り入れるのだ。

 

 ……うーん。

 入ってるのかな、これ。

 なんとなく、本当になんとなくだが、体が温かいような、そんな気配がする。

 ただ、気のせいだよ、それ、と言われれば、やっぱりそうだよな、と思ってしまうくらいの感覚でもあった。

 やっぱり修行を積まないと大したことは出来ないとか、そういうことなのかもしれないな。

 母カリハも言っていたではないか。

 魔術を使うには勉強が必要だ、と。

 つまり理屈をしっかり知らないと使えないという意味かも知れない。

 

 それでも、色々やってみることは大事だ。

 だから、俺は体の中に感じられるような気がする魔力らしきものを使って、とりあえず家に害のなさそうな魔術を使ってみることにする。

 どういうものかいいだろうかと色々考えたが、火を出すとか風の刃を出すとか、そういうのは論外だ。

 もし何かの間違いで出来てしまったら人死が出るからな……。

 そういうのは出来るとしてもある程度成長して、周囲の状況をしっかり確認できるようになってからにしたい。

 そうではなく、こう、見てて楽しいものがいいだろう、と思った。

 

 俺は、前世、アクアリストで――つまり、熱帯魚飼育を趣味にしていた。

 水槽の中で、ふわふわと浮かぶように泳ぐ極彩色の魚たちを眺めるのが好きだった。

 ああいうものを具現化する、というのはどうだろうか。

 それなら、誰にも迷惑をかけまい。

 そう閃いて、俺は実際にやってみることにした。


 体の中にある魔力を、粘土をこねるような気持ちで具現化しようとしてみる。

 全く形もなにも見えないから、見えるようにしようと考える。

 それを、俺の目の前に浮かべるようなイメージで……。


 すると、驚いたことに、ぼんやりとした、しかしほとんど透明に近い空間の揺らぎのようなものが現れた。

 適当にやってみたが、どうやら成功しているらしい。

 魔力とかの小説知識に基づくアバウトな解釈は、意外と当たっているのかもしれない。

 まぁ、なんだかんだ言ってあの手の知識は色々な人によって細かく設定され、昇華されてきたものだ。

 空想とは言っても、もともと中々洗練された知識で、現実に魔力というものがあったとき、それを当てはめることは十分に可能な代物だったのかもしれない。

 実際、今、俺の目の前でその空想が現実になろうとしているわけだから、それは事実だろう。


 そして、空間の歪みを、今度は俺の想像でもって別の形へと形成することを考える。

 それは、かなり大変な作業になった。

 まず、何も持っていないのに重い感じがするのだ。

 粘土を形作っているような感覚があるのだが、その粘土がゴムタイヤのような固さであるような感触と言ったら分かるだろうか。

 これ、本当に形を変えられるの?

 そう尋ねたくなるような固さである。


 しかし、五分ほど努力してみた結果、それなりに形は変わった。

 それに、少しずつ慣れてきたのか、魔力粘土も徐々に柔らかくなってきている気がする。

 と言っても、まだまだ固いわけだが。

 これでは熱帯魚なんて形作るのは無理そうである。

 せいぜい、作れて大まかに人の形をした人形と言ったところだろうか。

 目標をちゃんと設定したのに、それに達する前に屈するのはなんだか負けた気がしていやである。

 けれど、魔術を使う、という作業は、体に負担がかかるものらしい。

 なんだかすごく疲れてきた。

 瞼が重い気もする。

 これ以上やったらやばいような、危機感みたいなものを感じるのだ。


 こうなると、熱帯魚は諦めざるを得ない。

 では、何を作るのかと言えば……。


 ――まぁ、こんなもんか。


 疲れてきて三分ほどの時間をかけ、奮闘した俺の目の前には、俺の努力の結晶が浮かんでいた。

 大まかな造詣の、一見まるで子供でも簡単に作れそうに見えるその物体は、地球は日本においてはこう呼ばれている。


 ――埴輪。


 極彩色の美しい熱帯魚を作ろうとして、土気色の埴輪しか作ることの出来なかった自分の美術的センスのなさには涙が出てくるが、まぁ、仕方がない。

 もともと向こうでも小さなころから、美術の成績は悪かった。

 1か2しかとったことがないくらいだからな……。

 それを考えれば、埴輪を作れただけマシというものではないだろうか?

 いくつもの奇跡が重なったのか、それとも俺には類まれな埴輪製作者としての技能がもともと備わっていたのか、目の前に浮かぶ埴輪はつるっとして非常にきれいな形をしている。

 あくまで埴輪としては、だが。 

 だから、まぁ、初めて魔力で何かを形作ったということをも勘案すれば、十分に及第点に達していると言えなくもないだろう。

 俺はまだ赤ん坊だ。

 人生も長い。

 しっかりと魔術について勉強して、それから改めて挑戦すれば、もっといいものも作れるだろう……。


 そう思った。

 そして、とうとう限界が来る。

 眠気と疲れが俺の体を一気に遅い、俺はそのまま、意識が遠ざかっていくのを感じた。


 これは、魔力が枯渇した、という奴ではないだろうか。

 そうであるのなら、このまま落ちるのが正解だろう。

 そう思った俺は、特にその眠気に抵抗することなく落ちていく。


 ――……ハニー!


 意識の遠くで、何か珍妙な鳴き声のようなものが聞こえた気がした。


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