第18話 獣人の敵意
「受け入れるか……? 受け入れるか、だと……!?」
カリハの言葉に、カシャームは唸り声と聞き違えるような低い声で、そう呟き始めた。
それから、ふっとそれが止まり……。
「ふっふっふ……あっはっは……あーっはっはっは!!」
と魔王笑いを披露した後、笑いすぎたことによって目に浮かんだ涙を拭い、それからカリハに言った。
「ふん! 受け入れぬはずがあろうか。戦に負け、何の処罰もなく……ただ、帰れと言う。我々にとってこれ以上によい条件はない。今すぐにでもここを発とう。それでいいか?」
「別にそんなに急がんでもいいぞ? 二、三日逗留するくらいは認める。我々もかなりの被害を受けたが、お前たちも損耗が激しいだろう。それに命を落とした者たちについても弔いをせねばならんだろう? 我々の習慣では棺に入れ、炎で燃やすことによって龍神のもとへと向かわせることになるが……お前たちは信ずる神も異なるだろうし、その辺りについての相談も必要だ」
「な、なんだと……お前たち、どこまでお人好しなのだ……!?」
カシャームはこの提案も予想外だったようだ。
そりゃあそうだ。
大らかにも程があると俺も思ってしまうからな。
ただ、死者に敵も味方もない、という感覚は俺も馴染める。
もはや命を失った者はなにも語ることはできない。
非難すべきではないし、しっかりと弔うべきだと言うのは道理だ。
「そう言われてもな……我々は昔からこうやって生きて来た。習慣は変えられん。それで、どうする? やっぱり今すぐ帰るのか?」
軽い調子で聞くカリハに、カシャームは唸りながら数秒考え、しかし最後には、
「……頼む。命を落とした者たちを弔う時間をくれ」
「よかろう」
そういうことになった。
◆◇◆◇◆
ここでカシャームたち獣人は集会場から出ていく。
仲間外れに、というわけではなく、彼らとはすべき話は終えた、というだけだ。
それに加えて、これから彼らとは遺体の扱いなどについての細かな相談とか、逗留するのであれば食料や生活必需品についてとか、そういう実務的な話し合いが必要である。
数人いる港の集落の長老衆のうち、一人が彼らと共に出ていったのは、そういうわけだ。
集会場に残ったのは、俺たちと、ファルカスクたちモーゼ帝国の人々、ということになる。
「……いやはや。こうまで文化が違うとは……。本当に良かったのですかな? あれで……」
モーゼ帝国の将軍、ファルカスクが伸ばした自慢の髭を撫でつつ、そんなことを尋ねる。
これにカリハは、
「そう言われても、どこが悪かったのか我々には分からん。分かるのは、あれが我々にとっての普通である、ということだけだ」
「はっはっは! さようですか。本物の戦士というのは、こういうものなのかもしれませんな……」
ファルカスクは、カリハの受け答えに納得したようにそう言いながら頷いた。
戦士……まぁ、戦士と言えば間違いなくカリハは戦士だ。
それも、この島々において最強の戦士である。
ファルカスクも戦う人間であり、カリハの雰囲気に何か感じるものがあるのかもしれなかった。
それから、カリハは、
「まぁ、それはいい。次はお前たちとの相談だな。と言っても、ここを調査に来たと言う話は聞いたし……あとは案内人を誰にするか、というくらいだが」
「それなのですが……」
カリハの言葉におずおずと口を開いたのは、先ほどまでカシャームたちに対するカリハの、というか集落の人々の対応について軽すぎる、と糾弾していた男である。
彼は言う。
「改めまして、私はリリーズ・メイダーと申します。モーゼ帝国の中央魔導学院付属魔導工学研究所に所属する、学者です」
「アジール族のカリハだ。よろしく頼む」
そう言ってカリハが手を差し出すと、リリーズは少しおっかなびっくりとした様子で手をゆっくりと差し出し、それからカリハの手を握った。
それでカリハの手が普通の感触であることを理解すると、ほっとしたように握った手を振った。
「よろしくお願いします……」
「あぁ。それでそちらの方は……」
と、カリハがファルカスクの方を見ると、ファルカスクも立ち上がってカリハに手を差し出し、
「モーゼ帝国の将軍、ファルカスク・ナイゼルと申します。挨拶が遅れて申し訳なかった……」
カリハはその手を掴み、頷いてから、
「いや、あの状況ではな。挨拶どころではなかった。よろしく頼む。……しかし、我々は獣人、という種族に初めて会ったが、みな、あのように猛々しいものなのだろうか?」
カリハもカシャームとは堂々とした態度で接していたが、あの威圧については全く何も感じなかったわけでもないようだ。
恐ろしかった、とか危機を感じた、とかではなく、とがってるな、こいつ、という感覚なのだろうが。
この質問にファルカスクは、
「……いえ、穏やかな気性の者たちも大勢おります。ただ、あの男……カシャーム将軍はガレイズ連合の中でもかなりの急進派でしてな。人族に対する敵意も強い者たちで構成された部隊を抱えておるのです」
「それだ。なぜ、あの者たちは人族にそれほどの強い敵意を持つ?」
確かにこれは疑問だ。
俺の感覚からすると、獣人というのは創作物においてよく、差別されている存在だからなんとなくそういうことなんだろうな、と受け入れることが出来たが、カリハ達からすれば突然敵意を向けられて一体何なんだ、という気分になるのも当然の話である。
なにせ、本当の意味で何もしていないのだからな。
ファルカスクは言う。
「それは、多くの歴史的な積み重ねがありまして……大雑把に申しますと、人族と獣人とは、敵対することが多かったのですな。それも、一度ではなく、長い歴史の中で何度も……。たとえば、おとぎ話のところから始めますと、《始まりの魔王》と呼ばれる存在がかつていたのですが、それが獣人の一部を従えておりました。つまり、その時代は人族と獣人は純粋な敵同士……魔王に与しない獣族すら、人族に見つかると迫害されることもあったと言います」
「《始まりの魔王》か。その話はここにもある。なるほど……そのような敵対が、何度もあり、それがゆえ、お互いに憎しみ合うようになってしまって、今に至る、ということだな」
これを聞いたリリーズが、急いでメモを取り出し、そこに色々と書付を始めた。
辺境の地に、中央と同じような民話の類が残っている、という話は貴重だもんな。
ファルカスクはカリハの言葉に頷きながら言う。
「大雑把な話ですがな。ただ、今では多くの地域において、人族と獣人とが親交を結んでいることも珍しくはありません。カシャーム将軍ほどの敵意に染まった人物は、むしろ珍しい方でしょう」