表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

第18話 獣人の敵意

「受け入れるか……? 受け入れるか、だと……!?」


 カリハの言葉に、カシャームは唸り声と聞き違えるような低い声で、そう呟き始めた。

 それから、ふっとそれが止まり……。


「ふっふっふ……あっはっは……あーっはっはっは!!」


 と魔王笑いを披露した後、笑いすぎたことによって目に浮かんだ涙を拭い、それからカリハに言った。


「ふん! 受け入れぬはずがあろうか。戦に負け、何の処罰もなく……ただ、帰れと言う。我々にとってこれ以上によい条件はない。今すぐにでもここを発とう。それでいいか?」


「別にそんなに急がんでもいいぞ? 二、三日逗留するくらいは認める。我々もかなりの被害を受けたが、お前たちも損耗が激しいだろう。それに命を落とした者たちについても弔いをせねばならんだろう? 我々の習慣では棺に入れ、炎で燃やすことによって龍神のもとへと向かわせることになるが……お前たちは信ずる神も異なるだろうし、その辺りについての相談も必要だ」


「な、なんだと……お前たち、どこまでお人好しなのだ……!?」


 カシャームはこの提案も予想外だったようだ。

 そりゃあそうだ。

 大らかにも程があると俺も思ってしまうからな。

 ただ、死者に敵も味方もない、という感覚は俺も馴染める。

 もはや命を失った者はなにも語ることはできない。

 非難すべきではないし、しっかりと弔うべきだと言うのは道理だ。


「そう言われてもな……我々は昔からこうやって生きて来た。習慣は変えられん。それで、どうする? やっぱり今すぐ帰るのか?」


 軽い調子で聞くカリハに、カシャームは唸りながら数秒考え、しかし最後には、


「……頼む。命を落とした者たちを弔う時間をくれ」


「よかろう」


 そういうことになった。


 ◆◇◆◇◆


 ここでカシャームたち獣人は集会場から出ていく。

 仲間外れに、というわけではなく、彼らとはすべき話は終えた、というだけだ。

 それに加えて、これから彼らとは遺体の扱いなどについての細かな相談とか、逗留するのであれば食料や生活必需品についてとか、そういう実務的な話し合いが必要である。

 数人いる港の集落の長老衆のうち、一人が彼らと共に出ていったのは、そういうわけだ。

 集会場に残ったのは、俺たちと、ファルカスクたちモーゼ帝国の人々、ということになる。


「……いやはや。こうまで文化が違うとは……。本当に良かったのですかな? あれで……」


 モーゼ帝国の将軍、ファルカスクが伸ばした自慢の髭を撫でつつ、そんなことを尋ねる。

 これにカリハは、


「そう言われても、どこが悪かったのか我々には分からん。分かるのは、あれが我々にとっての普通である、ということだけだ」


「はっはっは! さようですか。本物の戦士というのは、こういうものなのかもしれませんな……」


 ファルカスクは、カリハの受け答えに納得したようにそう言いながら頷いた。

 戦士……まぁ、戦士と言えば間違いなくカリハは戦士だ。

 それも、この島々において最強の戦士である。

 ファルカスクも戦う人間であり、カリハの雰囲気に何か感じるものがあるのかもしれなかった。


 それから、カリハは、


「まぁ、それはいい。次はお前たちとの相談だな。と言っても、ここを調査に来たと言う話は聞いたし……あとは案内人を誰にするか、というくらいだが」


「それなのですが……」


 カリハの言葉におずおずと口を開いたのは、先ほどまでカシャームたちに対するカリハの、というか集落の人々の対応について軽すぎる、と糾弾していた男である。

 彼は言う。


「改めまして、私はリリーズ・メイダーと申します。モーゼ帝国の中央魔導学院付属魔導工学研究所に所属する、学者です」


「アジール族のカリハだ。よろしく頼む」


 そう言ってカリハが手を差し出すと、リリーズは少しおっかなびっくりとした様子で手をゆっくりと差し出し、それからカリハの手を握った。

 それでカリハの手が普通の感触であることを理解すると、ほっとしたように握った手を振った。


「よろしくお願いします……」


「あぁ。それでそちらの方は……」


 と、カリハがファルカスクの方を見ると、ファルカスクも立ち上がってカリハに手を差し出し、


「モーゼ帝国の将軍、ファルカスク・ナイゼルと申します。挨拶が遅れて申し訳なかった……」


 カリハはその手を掴み、頷いてから、


「いや、あの状況ではな。挨拶どころではなかった。よろしく頼む。……しかし、我々は獣人、という種族に初めて会ったが、みな、あのように猛々しいものなのだろうか?」 


 カリハもカシャームとは堂々とした態度で接していたが、あの威圧については全く何も感じなかったわけでもないようだ。

 恐ろしかった、とか危機を感じた、とかではなく、とがってるな、こいつ、という感覚なのだろうが。

 この質問にファルカスクは、


「……いえ、穏やかな気性の者たちも大勢おります。ただ、あの男……カシャーム将軍はガレイズ連合の中でもかなりの急進派でしてな。人族(ヒューム)に対する敵意も強い者たちで構成された部隊を抱えておるのです」


「それだ。なぜ、あの者たちは人族(ヒューム)にそれほどの強い敵意を持つ?」


 確かにこれは疑問だ。

 俺の感覚からすると、獣人というのは創作物においてよく、差別されている存在だからなんとなくそういうことなんだろうな、と受け入れることが出来たが、カリハ達からすれば突然敵意を向けられて一体何なんだ、という気分になるのも当然の話である。

 なにせ、本当の意味で何もしていないのだからな。 

 ファルカスクは言う。


「それは、多くの歴史的な積み重ねがありまして……大雑把に申しますと、人族(ヒューム)と獣人とは、敵対することが多かったのですな。それも、一度ではなく、長い歴史の中で何度も……。たとえば、おとぎ話のところから始めますと、《始まりの魔王》と呼ばれる存在がかつていたのですが、それが獣人の一部を従えておりました。つまり、その時代は人族(ヒューム)と獣人は純粋な敵同士……魔王に与しない獣族すら、人族(ヒューム)に見つかると迫害されることもあったと言います」


「《始まりの魔王》か。その話はここにもある。なるほど……そのような敵対が、何度もあり、それがゆえ、お互いに憎しみ合うようになってしまって、今に至る、ということだな」


 これを聞いたリリーズが、急いでメモを取り出し、そこに色々と書付を始めた。

 辺境の地に、中央と同じような民話の類が残っている、という話は貴重だもんな。

 ファルカスクはカリハの言葉に頷きながら言う。


「大雑把な話ですがな。ただ、今では多くの地域において、人族(ヒューム)と獣人とが親交を結んでいることも珍しくはありません。カシャーム将軍ほどの敵意に染まった人物は、むしろ珍しい方でしょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ