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第17話 島の感覚

「……我々にどうしろというのだ」


 カシャームは苦々しい顔でカリハに尋ねる。

 特に怒りが浮かんでいるわけでもなく、むしろ粛々とカリハが決定するであろう処分を受け入れるような態度であるのは、彼が自ら言った通り、“負けたから”ということだろう。

 彼らからすれば侮辱と感じられるのかもしれないが、なんとも動物的な行動である。

 それだけに分かりやすくもあって、俺は嫌いではないが、カシャームに直接言えばまた喧嘩になるんだろうな、と思ったので黙って聞いておくことにした。

 そもそもこの場を支配しているのはこの集落の長老衆でもなく、モーゼの帝国の将軍ファルカスクでもガレイズ連合の将軍カシャームでもなく、俺の母であるカリハだ。

 ……とんでもない母親がいたものだが、彼女の言葉に逆らうことは物理的な死を意味する。

 まったく誰も逆らえはしないだろう。


 そして、カリハがカシャームに告げた内容は、意外なものだった。


「即刻立ち去り、そしてしばらくの間、ここにはやってこないことだ。期間についてはあとで詰めるが……概ね、十年前後というところだろうな」


 それは、あまりにも軽い罰ではないのか。

 そんな空気が、ファルカスクたち海の向こうの人族(ヒューム)やカシャームたち獣人から発せられる。

 しかし、この港の集落の住人の顔には特に意外そうな空気はない。

 むしろ、そんなところだろうな、という感情しか浮かんでいない。

 

 この両者の齟齬が、一体どのあたりから生じるのか。

 それはこの場において、俺だけがはっきりと理解できたことだろう。

 海の向こうの人々たちの感覚は、いわゆる俺の前世、日本においての常識的感覚に近いだろう。

 つまりは、突然侵略戦争を仕掛けてきた奴らにはそれに見合った報いを受けさせるべきであり、今回のような場合には十年、などというのではなく、関係者全員の首とか賠償金、それに二度とここに来ないこと、などと言った諸条件をつけた降伏宣言をさせるべきだ、というものだ。

 それくらいやって、尚、戦争で命を落とした人々の気は晴れることはなく、そのため反省の意は示し続けてもらわなければない、というんもある。

 それは非常によく理解できる考えで、被害者……つまりは本来の俺たち島の人間からすれば当然の要求だ、と言ってもおかしくないように思える。

 けれど、このあたりの島々に住む者の感覚は、前にも言った通り、さっぱりし過ぎなのだ。


 戦いは終わった。

 お互いに死力を尽くした。

 あとは恨みつらみなどない。

 

 それが基礎にある。

 もちろん、集落の復興とか、戦士たちの再育成とか、そういうことを考えると次の戦いまでは間を置きたい、という現実的な感覚はあるので、その期間として十年だ、という部分が付け加えられているのだろう。

 つまり、実質的には罰は無しだ。

 大らかすぎる。

 何か要求しろよ、と心底思うが、しかし、そんなこと言っても無駄だ。

 言っても奇妙な顔をされるからな……。

 それは、俺が生まれてから今までの間に学んだ教訓である。

 

 しかし、この場にはそのような教訓を学ぶ機会の無かった者たちがいた。

 特に、カシャームたちの蛮行に半ば怒りを感じていたのだろう。

 ファルカスクたち、モーゼ帝国から来たと言う人々のうちの一人、学者然とした男が立ち上がり、言った。


「そ、それではあまりにも軽すぎます! カシャーム殿たちのしたことは、国際法に完全に反する行為だ! もっと厳格な処罰を適用すべきです!」


 国際法、なんてものがあるのか。

 まぁ、それくらいあってもおかしくはないか。

 飛空艇、なんてものが作れる国家が少なくとも二つあるのだ。

 それなりに条約や国際法を作り、締結するくらいのことはするだろう。

 ただ、前世でもそうだったが、上から完全にそれらを強制できる機関というものがなければ空文化するというか、色々屁理屈をつけて結果的に守られない、なんてことが多いのが国際法という奴だ。

 カシャームたちが堂々とその国際法破りを行ったことからして、それらを強制できる機関というのはないのかもしれないな、と思う。


 学者然とした男の言葉に対し、カシャームが何か言おうと口を開きかけるが、それよりも先にカリハが言う。


「その国際法、というのはどのようなものだ?」


「は? ええと……」


 突然質問されて、学者風の男は出鼻をくじかれたような格好になる。

 しかし、聞かれたことには答えなければならない、という使命感を持っているらしい。

 それもやはり学者らしい行動だが、彼による、カシャームたちの行動がいかに国際法規に違反しているのか、という講義が始まり、それをカリハはよく聞いた。

 そしてすべてを聞き終わってから彼女は言った。


「概ね、理解できたように思う。その国際法によれば、お前たちの文明圏においては他国に対し、宣戦布告することなく交戦することは認められない、ということでいいか?」


「ええ、そうなります」


「しかしその理屈から言えば、我々はそもそも“国”なのかどうか問題なのではないか? 確かにこの辺りに住んではいるが、国というのは一つの指示系統に属する地域という意味だという。だが、我々島の人間にはそのようなものはない。たとえば、この港の集落と、我々アジール族では指示系統は異なる。かといって全く別の“国”なのかと言われればそうでもないだろうが……」


「いえ、あの、一応、国と言ってもいいと思いますが……」


 おずおずとした様子で学者然とした男は言うが、母は続ける。


「もし国ではないとするならば、そもそもその国際法に当てはまらないと言うことになる。さらに、仮に当てはまるとしても、我々はその宣戦布告がなかったことを非難するつもりはない。我々にそのような習慣はなく、いかなる方法であっても勝利することが重要だからだ。戦いとはそういうものなのではないか?」


 これは、別によろしくない目的でもって戦うことを良しとしているわけではない。

 ただ、戦うとなったら奇襲だろうが毒殺だろうが自由だと言うことだ。

 この辺りの感覚はもう、脳筋過ぎて俺にはついていけない部分である。

 しかし、島の人々はそれでいい、と考えている。

 それで負けても、そのときは仕方がない、と。

 潔すぎる。


 そんなことをしばらくカリハが話し、学者風の男は最後にはがっくり来て、


「……分かりました」


 と諦めた。

 結局、本人が別にいいと言っているとなるとどうしようもないらしい。

 違法だ、と主張するなら非難できるしそれを理由に色々と要求を聞かせられるようだが、いいって言っちゃってるもんな……。

 

 それから、カリハはカシャームに振り返り、言った。


「それで、獅子頭の男。我々の提案は受け入れるのか?」

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