第14話 港の集落
「……これは、酷いね……」
思わず俺がそう口にしたのは、周囲の光景があまりにも荒れているからだ。
以前であれば、魔物の素材や山の木々で形作られた色とりどりの家屋や船がぱっと目に飛び込んでくる、美しい景色の広がっていたはずの港の集落。
そこここで漁師や商人たちが行きかい、それぞれの品物を持ち寄って交換したり、周辺の海域の状況や、他の島の様子などを話し合っていたその場所。
しかし、今は見る影もないほどに荒廃している。
建物の半分近くは燃えて煙がくすぶっているし、船にしても多くが損壊している。
人々も怪我をして茣蓙の上に横になり、薬師や数少ない治癒術師の治療を待っていたり、包帯を巻いて不便そうに杖を使って歩いているものもいる。
死者も出ているようで、もはや動かない亡骸の前で泣き崩れている者たちもいた。
獣人たちはわざわざ山の集落まで来て暴れまわったのだ。
島の入り口である港の集落の惨状はさもありなんという感じであるのだが、しかしそれにしても酷い。
とは言え、島に住む者たちは皆、たくましい。
終わったことは終わったものとして乗り越えていく魂を持っている。
泣き崩れている者も、すぐに立ち上がって明日を見つめることになる。
戦士の死は、悲しいもの、というより勇敢さを示し、龍神のもとへと迎え入れられる準備が整ったものとされているからだ。
だから一通り悲しんだら、残された者はしっかりと送り出さなければならない。
そうしなければ、戦士は心置きなく龍神のもとへ昇れないし、また残された者たちがいずれそうなったとき、龍神のもとへたどり着くのが難しくなるからだ。
そういう死生観のゆえに、島の人々は、こういうとき強い。
死の原因になった者を恨むこともほとんどない。
よほど惨いことをしたというのなら、別だが、今回は普通に戦って死んだわけだからな。
戦士としては本望だっただろう、と解釈されるわけだ。
俺からしてみれば不意打ちだ、とか、何の宣告もなくこんなことをするなんて、という気持ちが先立つが、カリハなんかの言い分を聞けば分かる様に、不意打ちだろうが毒を使った卑怯な手だろうが、引っかかる方が悪い、と考えるタイプが多いからな。
死を穢すような行動ならともかく、策を弄して敵を倒すのは許されるのだった。
その辺の感覚は、現代日本に生きていた俺からするとさっぱりしすぎだろ、と思うが、だからこそ勇敢な戦士が多いのかもしれない、と思う。
「まぁ、これでも被害は少ない方だ。カリハが来て、獣人どもを蹴散らしてくれたからな。カリハが来なかったら、もっと被害は大きかったはずだ」
俺の言葉にそう答えたのは、この集落の長老であるハツォットだ。
隣にはカリハがいる。
俺とカリハ、それにハツォットは、話し合いのあと、港の集落へと来たのだ。
その理由は、カシャームがカリハ、もしくは俺となら話すと言ったからに他ならない。
まぁ、俺とは十中八九話してくれないだろうが、カリハとは間違いなく会話してくれるだろうからな。
ちなみに、父のウラガは山の集落でまだ横になっている。
コトネーの婆さんとお留守番である。
治癒術士を呼べば早く治るのだが、この島にいる治癒術士はかなり少ないからな。
コトネーの婆さんが言うにはこの辺りの島全体でも三人しかおらず、この島には二人しかいないと言う。
珍しい能力ということだ。
治癒術は魔術の一種な訳だが、特殊な才能がいる、ということらしい。
コトネーの婆さんも魔術師なのは間違いないが、治癒術は使えないと言う。
俺も学びたいのだが、治癒術士たちは常にこの島を含め、周辺の島々を巡って重傷者の治癒を行っているために今のところ会えるタイミングがないのだ。
アジール族は強靭な戦士が多く、また薬師のコトネーの能力もかなり高いから、あまり治癒術士が必要になることがないんだよな……。
まぁ、そのうち会えるだろう、と思っていたが、今回のようなことがまたあったら困るからな。
どうにか一度顔を合わせて、治癒術のコツというか、どうやったら使えるかを尋ねておきたいところである。
「そうか? あの程度、港の集落の戦士たちでもどうにかなったと思うがな」
カリハがハツォットにそう答えるも、ハツォットは首を振る。
「馬鹿を言うな。お前だからこそ、奴らの持った魔術の出る杖を掻い潜って倒すことが易々と出来たのだ。まぁ、カリハの前にウラガも同じことをしていたから、他のアジールの戦士たちでも出来たかもしれんが、港の集落の戦士たちは基本的に海での戦いの方が専門だからな。陸ではちと厳しい」
「ふむ、確かに得意不得意というものがあるからな……」
「お前は海でも天下無双だから何とも言えんが……」
海でもカリハは強いのか、と俺は聞きながら思う。
というか、海での戦いってどんなことをするのだろうか。
漁にはまだ行ったことがないから気になるところだ。
川で釣りをしたことくらいしかないからな。
しかし、俺が漁の仕方を尋ねる前に、
「……おっと、あれだ。近くから見ると、何度見ても巨大だな。それに、空に浮かんでいる姿は不思議だ……」
ハツォットが空を見ながら言った。
そこにあったのは、この島に飛んできたと言う【飛空艇】であった。
遠くからも一応見えてはいたが、やはり近くまで来ると迫力が違う。
それに、遠くから見たときは、はっきりとしなかった二つある飛空艇の違いも見て取れた。
片方はかなり分かりやすい。
前世で言う、飛行船の形に近い。
ただ、ガスが詰まっている、という感じではなく、中には居住空間というか、人が入れる空間がありそうな感じに見える。
ゴンドラのような部分もついているが、そこは地上との乗り降りのためにつけられていると思われた。
もう片方は結構、グロかった。
というのも、肉塊が空中に浮かんでいるかのような印象を受ける物体だからだ。
表面には血管のようなものが浮いているし、大小の目玉が色々なところについているのも見える。
あれは生き物なのだ、ということがそれで分かる。
それも、自然の生き物ではなく、何らかの方法でもって作り出したのだろう、人口の生き物だ。
どうやって浮かんでいるのかは分からないが……魚のように浮袋があるとかだろうか?
ガスの入った袋があって、それで浮かんでいるとか。
それとも、魔術を使って飛んでいる?
龍はそのような飛び方をしていると言われているから、その可能性も……まぁ、遠くから見るだけではわかりようもないが。