閑話 大陸人の驚愕
「……こいつらは全員殺してもいいのか!?」
その怒号に、飛空艇アランジアの艦橋から隣のガレイズ連合の飛空艇と言い争いをしていたモーゼ帝国の将軍、ファルカスク・ナイゼルははっとして下界に目をやった。
と言っても、直接地上に視線を合わせたのではなく、艦橋に映し出された巨大なモニターに映る映像を注視したのだ。
そこには先ほどまで、島の集落で行われていた獣人たちと現地人たちとの交戦の様子が写っていたはずだが、今映し出されているのはもっと静かな光景である。
つまりは、一人の美しい黒髪の女性が大剣を持ち、こちらを見ている様子だ。
それだけなら、この島の集落に住む、現地人の女性だ、というだけで特に驚くようなものではない。
しかし、問題は彼女の正面に積み上げられた山である。
それは、明らかにこの島に攻め込んでいたはずの獣人たちのそれだった。
すべて死体か……と一瞬思うも、先ほどの声を思い出すに、まだ息があるのだろう。
まぁ、死んでいる者もいるかもしれないが、モニターに映る情報を見るに、積み上げられている獣人たちのほとんどから生命反応が検出されている。
獣人は人族と敵対しているため、簡単に良かった、とは言えないが、しかし現地人と大陸人との争いで無暗にお互いに死者が出ると色々と問題が生じることは間違いない。
あまり死者の数が増えないことは、今のところ歓迎すべきだ。
しかし、それにしても驚くべきは、この島に住む現地人の強さである。
獣人たちは確認する限り、最新式の魔導銃を持っているようだし、揃いの服装から、単純な白兵戦の能力も高いと言われる連合の精鋭たちであるのは間違いない。 それなのに、この島の現地人たちはそれと互角に戦った。
その上、今、モニターに映っている女性はそんな精鋭たちを、ほとんど一人で、しかも無傷で片づけてしまったのだ。
これを驚くなという方が無理な話である。
「……リリーズ。龍海の住民というのは……あれほどに強いものなのか?」
呻くようにそう口にしたファルカスクに、リリーズは答える。
「かつての、【龍討の三英雄】は龍海の島の出だったと伝えられています。その実力は、神すらをも屠るほどだったと……今まで、しょせんは伝説に過ぎないと高をくくっていましたが、この状況を見るに、事実なのかもしれません」
「……そう言えば、そうだったな。私もよく絵本や演劇で見たものだ。まさに、伝説か……この島の住人と事を構えるべきではないな」
「ええ。そもそも、ここに住むのは人族のようですから、友好を築くことは可能でしょう。言葉も、少し訛りがありますが、大陸のそれと大きく離れてはいないようですし……獣人たちはこれからどうするつもりなのかは分かりませんのでそこが問題ですが……彼らが暴れてくれたせいで、対話は難しくなったのは否めないでしょう」
確かに、ファルカスクたちが友好を望んでも、同じような飛空艇で来て、いきなり襲い掛かった獣人たちがいる以上、そう簡単に話し合いが出来るとは思えないが、対話しないことには何も始まらないのだ。
「そうはいっても、話さなければなるまい。まぁ、何かあった時にはすぐにここを離れられるよう、警戒はしておけ。地上に降りる必要があるが……行くのは私と、武官たち、それにリリーズの部下たちを何人かというところか」
「……いえ、私もおりましょう。アランジアの操作は部下たちに任せます」
「問題ないのか?」
「ええ。彼らは優秀ですので。それではファルカスク殿、彼女に返答を」
言われてファルカスクは拡声器の集音器を手に取った。
「『こちら、飛空艇アランジア。私はこの飛空艇の責任者、ファルカスク・ナイゼルだ。そこの女性、どうか、交渉と対話のために人が降りることを許可してほしいのだが……』」
すると、女性の方から声が返ってくる。
「……よかろう。しかし、なにか怪しいことをしたときは容赦はしない。ここに積み上がった者たちの命もないと思え」
ファルカスクからしてみると、獣人たちの命についてはそれほどの関心はない、というのが正直なところだが、ファルカスクたちと獣人が仲間という訳ではない、ということは女性も理解しているようだった。
続けて、
「……おかしなことをしたら、皆殺しにする、という意味だ。念のため言っておくが、その空飛ぶ船……飛空艇、か? で逃げたとしても、追う手段はある」
その台詞はアランジアの船員たちにとっても、また隣に浮かぶ獣人の船の船員たちにとっても驚くべき話だっただろう。
ただのはったりではないか、という意見も出た。
なにせ、飛空艇は今の世界における最新技術である。
それをこんな、言っては悪いが辺境の現地人に追いかけることなど出来るはずがない、というのが普通の思考だ。
しかし、そんな意見についてはリリーズが否定する。
「……【龍討の三英雄】は確かにかつて【永久の断裂】を渡ってきているのです。彼らがその末裔だと言うのなら、それが可能なのは必然と言っていいでしょう。脅しとは思わない方がいい」
「……『強く賢き龍の背に乗り、遥か永久断裂を越えて人界へと導かれし龍の騎士たち』、か……」
ファルカスクが、【龍討の三英雄】の演劇において語られる下りを暗唱すると、リリーズが頷いた。
「龍は、決して人に従属しない、と言われていますから、それもただの伝説と言われていますが……」
「嘘ではないかもしれない、か。分かった。心して降りよう。リリーズ、お前も覚悟を決めることだ。なにせ、正直言って、あの女性と戦って勝てる自身は私にはないからな」
最後は冗談めかして言ったファルカスクだったが、その瞳に宿る本気に気づかないリリーズではなかった。
「ええ。お互い、心して降りましょう……ではファルカスク様、あの女性に返答を」
「ああ……『今からそちらへ降りる! 三十名ほどになるので驚かないでくれ!』」
まだ選抜はしていないが、それくらいで降りなければ身の安全が不安だった。
いや、それだけの人数でも、尚不安だったファルカスクだった。