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第9話 奇妙な力

 ――そこまでなら。


 そこまでなら、俺ももしかしたら、この目の前の獅子頭の男についていくほか、選択肢はないと考えたかもしれない。

 けれど、その男は、カシャームは直後、言ったのだ。


「……その男のことは諦めろ。もはや助からん」


 何を言うのか、と思った。

 確かにウラガは重傷を負っている。

 助かるのは難しいかもしれない。

 しかし、まだ生きているのだ。

 それに……この傷をつけたのは、この男だ。

 卑怯な手段を使い、それで自分の方が強かったかのような顔をしているこの男に、俺が何を思うかなど、議論の余地もない。


 俺はすっくと立ち上がり、そして次の瞬間、地面を蹴っていた。

 カシャームの目前まで迫り、そして短剣を振るう。


「なっ……! くっ!」


 しかし、残念なことに、俺の一撃はカシャームの大剣に遮られてしまう。

 不意打ちなら行けるかと思ったのだが……残念な話だ。

 けれど当然、それで諦めたりするつもりはない。

 俺はそのままの勢いを維持したまま、カシャームに襲い掛かる。

 おそらくは、本来戦士としての技量には大幅な差があるだろう。

 しかし、今、カシャームの遣っているのは巨大な大剣だ。

 対して、俺は軽い短剣、しかも身の軽さと小ささを利用して一撃の重さよりも手数に重きを置いた戦い方をしている。

 このやり方なら、俺はウラガとすらある程度戦える。

 もちろん、勝てはしないが、それは、単純な模擬戦の場合だ。

 手段を選ばなければ、方法がないではない。

 そして、今俺が使っている短剣がまさに、その手段のうちの一つだ。


 俺の短剣を必死に防御しながら、しかしそれでも余裕があることを示そうとしてか、カシャームは言う。


「ふっ、戦士の子は戦士と言う訳か? だが、残念だな。たとえその短剣の一撃が俺に入ろうとも、その程度の武具でこの俺を殺せは……」


 確かに普通に考えたらそうだろう。

 体の大きな生き物は基本的にそれに見合った生命力を持っているものだ。

 短剣で軽い切り傷を付けたところで、致命傷にはなりがたい。

 けれど、だ。

 例外はある。


 俺はにやりと笑い、短剣の振るい方、リズムを変えた。

 すると、流石にカシャームの反応しかねたのか、その腕にぴっ、と一筋の傷が刻まれた。

 

「ぬっ……くそ、ガキの癖に……やりおる!!」


 そう言ってカシャームは大剣を大振りしたが、俺はそこから大幅に下がって距離をとった。

 俺のその行動にカシャームは首を傾げ、


「……? なんだ、子供よ。かかってこないのか。それならばこちらから……うっ……これは……」


 話している途中で、何やら苦しみだした。

 ……どうやら、うまくいったようだ、と俺はほくそ笑む。

 カシャームもそんな俺の笑いに気づいたようで、


「……まさか、お前……」


「獣人とはいっても、毒は効くみたいだね、安心したよ。たっぷりと塗った死蜻蛉しかげろうの毒を味わうがいい。解毒薬はないんだ。ほんの少しで魔獣すらも死に至る、劇薬さ」


 集落の魔術師であり占い師であり、そして薬師でもあるコトネーに学んだ毒である。

 決してその根を口にしてはならない、という教わり方をしたもので、武器に使うといいとは一言も言われていないが、もしものときのことを考えて短剣に塗り込めるように膏薬にして持っていた。

 それを今使ったのだ。

 獣人に効くかどうかは賭けだったが、カシャームの様子を見る限り、どうやら成功したらしい。

 

「……さすが人族ヒュームの子よ。卑怯な手を使う」


「自分たちがしたことを棚に上げてそんなこと言うのは自らの誇りを乏しめる行為だって分かってないのかな? 流石は獣。所詮二足歩行する獣に過ぎないんだろうね、獣人なんて。だから人に迫害されるのさ」


 もちろん、別に本気で獣人差別とかの思想を持っているわけではない。

 むしろ前世においては獣人とかいたら楽しいだろうなぁとかたまに考えていた質だ。

 もふもふして可愛いからな。

 ただこの場でそんなこと言うのもおかしな話だし、売り言葉に買い言葉と言う奴である。

 そしてそんな俺の嫌味は、カシャームの心にドンピシャに突き刺さったようだ。


「貴様……取り消せ。でなければ殺す」


 そんなことを額に血管を浮き立たせながら言うものだから、俺は笑ってしまった。


「はっ。誰が。人間は獣なんかに頭を下げたりしないものだ。獣ごときが、人間様に反抗するんじゃない」


 猫にだったら従属してもいいけどね。

 ライオンはダメだ。

 そう心の中で思いながらの台詞である。

 カシャームは、


「……死にたいようだな。後悔するなよ!」


 そう叫んで、飛び掛かって来た。

 その勢いは先ほどとは違う。

 まさに、獣。

 そう言っていいだけの勢いと野生がそこにあった。

 大剣を捨て、二足歩行もやめて獣の本能そのままに向かってくるその姿は、まさに百獣の王である。

 美しさすら感じるが、しかしこいつはウラガの敵だ。

 怯えるわけにはいかない。

 俺は短剣に力を籠め、その獣に向かう。


 しかし、やはりそもそもの体躯が違う。

 力も。

 

 だから、俺はボロ雑巾のように簡単に吹き飛ばされ、木に激突した。

 その上、直後、カシャームが距離を詰め、踏み潰すように俺の腹に一撃入れる。

 内臓がやられたような、酷い感触がして、口から吐き気とともに血が噴き出る。


 やばいな、死ぬな……。


 大きく開かれたカシャームの牙の見える口。

 それを目の前にそう思った瞬間、ふと、体の奥底から妙な力が湧いてきているのに俺は気づく。

 

 ――これは?


 なんだろう、そう思う前に、俺の体は動き出す。

 拳を握り、カシャームの腹部に向かって思い切りパンチを繰り出すと、カシャームは吹き飛んだ。

 そして、唐突に動き始めた俺を見て、


「……貴様! まだ……」


 そう呟くも、そのときにはすでに俺はカシャームの直前まで来ていた。

 次は蹴りだ。

 そう考えると同時に、俺は体を捻り、蹴りを繰り出していた。

 カシャームが再度、吹き飛ぶ。

 あれほどの巨体を、なぜ自分のような子供が吹き飛ばすことが出来ているのかは分からない。

 ただ、今の俺には出来る。

 そのことだけが感覚として分かった。

 そして、何度かそんなことを繰り返し……。


「……とどめだ」


 そう思って拳を振り上げると、その瞬間、がくり、と力が体に入らなくなった。

 

 たった今の今まで動いていたのに、まるで限界を迎えたかのように、である。

 これでは……。

 

 そんな大きな隙を、当然、カシャームも見過ごしはしなかった。

 再度、攻守は逆転とばかりに、俺に飛び掛かる。


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