そこのブサイク!
やっと、落ち着いた……
日を跨いで翌週。
部活の勧誘が今日から始まる。
新学年になり、新しいクラスで、新しいクラスメイトという新しいものづくしのこの時期に、まず今年は勉強を頑張ろうという毎年、崩れてしまう決意を胸に真面目に受けていると、午前の授業はあっという間に終わった。土日とたっぷりと寝たので、頭は冴えているみたいだ。
まだ新しいクラスメイト同士、お互いの距離が定まっていないからか、教室は静かなものだった。
さすがに休み時間は、顔見知りの奴らと雑談をする様子が所々あったが、人間関係がまだ定まってないのは分かる。新学期なんてそんなものだろう。
俺も周りに、光や寺島や去年同じクラスだった奴も数人いるが、特に新しい知り合いができたわけじゃない。あ、都田がいるか。でも都田は光の友達だったのがあるからノーカンだな。
「武久、食堂いかない?」
「いいよ」
完全に寝起きの顔の光が、隣で大きなあくびをする。朝からずっと寝てたしな、こいつ。
一年の時から、食堂はよく利用している。
安いし、割とうまい。
五百円以内で、定食が食べられるというのは、かなり魅力的だ。
まぁ、去年は光は違うクラスだったから部活ぐらいでしか顔を合わさなかったし、一人で食堂で飯を食べるのもあれだから、食堂にある購買でパンとコーヒー牛乳だけ買って屋上で食ってたけどな。
だから食堂でなにか頼んだことは何回かしかない。
立ち上がった光が寺島にも声をかける。
「空花もどう?」
「私はいいよ、友達と食べるから」
そう言って、寺島は弁当を持って数人の女子の輪に入っていった。
あいつ友達できんの早すぎだろ……。人類皆兄弟ですか。
寺島のコミュニケーション能力の高さには、度々驚かされる。
食堂は、文化部棟の手前にあるので、部活に行くのとそう変わらない。
財布とケータイを鞄から取りだし、ズボンのポケットに入れて教室を出る。
昨日と同じで、廊下に出るとまだ少し肌寒い。
「そういや、都田は誘わなかったんだな」
「ん?」
「仲良いんだろ?」
こいつの性格的に誘いそうだかったから、なんとなく聞いただけだ。
「あぁ、都田は昼休みは練習してるから」
「野球の?」
「そうそう、結構凄いらしいよ。一年からレギュラーで、去年の三年が引退してから新チームでもう四番打ってるって」
「確かにすごいな」
あのガタイで実力もあるのか。そりゃ、おそろしい。
「うん、だから今年は甲子園行けるかもってなってるらしいよ」
「へー」
「へーって……すごいことなの分かってる?」
俺の反応が薄いのに呆れたのか、光が頭を抱える。
「すごいのは分かるけど、あまりピンとこない」
あまりにも遠い世界だし、正直なところ凡人には分からん。
「はぁ」
「ため息つかれても、分からんもんは分からん」
俺の言葉に再度ため息をついて光が言う。
「じゃあ、いいや。もし夏の大会、野球部が勝ち進んだら観に行こうよ」
「ああ、それは良いな」
「よし、決まり!」
興味あるしな。同じ歳のやつらが自分の青春を全部賭けて頑張ってる姿っていうのは、自分ができなかっただけに。しなかったのほうが正しいか。
後悔はないけど。
いや、嘘だ。心のどっかで、もっとできたんじゃないかって後悔はしてるかもしれない。
今さらしても意味はない、無意味なことだし、それを選んだのも自分だ。
『二年三組、志田光。今すぐ職員室に来なさい。繰り返しますーー』
「なに、お前。なんかしたの?」
突然流れたアナウンスは、明らかに俺の隣にいるやつを指している。
周りにる生徒が、こちら(というか光)の方を見ている事からしても、校内でのこいつの知名度が高い事が分かる。
「心当たりないんだけどなぁ」
光が困ったような顔をして、頬を掻く。
「ないこともないだろ……」
大方、授業を四時間も爆睡してたから、それの注意とかだろう。
何人かの先生、こいつのこと睨んでたし。
「とりあえず、行ってこいよ」
「そうだね。ごめん!武久!」
光が申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせる。
「いいから、早く」
「じゃ」
ブサイクがイケメンを謝らさせいる図を良しとしない目線を感じたので、光をさっさと行かせる。
気のせいかもしれない、気にしすぎと言われるかもしれないけれど、しょうがない。
こんな状況、誰かが俺に対してブサイク調子に乗るなとか思っているだろう。
そうじゃなくてもどうせ陰でボロクソ言われてんだろうけど、気にしていたら切りがない。
だからできるだけ、回避はしようとする。聞こえないふりをする。
いくら、俺はなにを言われても大丈夫だと言っても、所詮普通の人間だ。絶対に傷つかないことなんてことはない。
せめてもの抵抗に、心を殺そうとするが、俺は小さいときから暗殺の訓練をしてきた訳じゃないから、どうやっても殺せない。
慣れというのはあるが、俺みたいに慣れてしまったらダメなんだろう。
まったくこの世は生きにくい世界だ、本当に。
「ねぇ、あんた」
「……とりあえず、昼飯どうするかな」
「あんたよ、そこのブサイク!」
振り向くと三人の女子生徒が、俺の方を睨んでいた。
誰だ?こいつら。というか、人をいきなりブサイク呼ばわりとはなんて失礼なやつだ。
「……なにか?」
これで反応する俺も大概か。
「あんた、志田くんのなんなの?」
なんだ光のファンか?
めんどうだな。
「ちょっと、聞いてんの?」
おそらく、この三人のリーダーであろう女生徒Aがイライラしている。
多分俺のこと嫌いなんだろ、初対面なのにブサイク呼ばわりするし。
「……それ聞いてなんかあんの?」
素直に答えるのも気に食わないので、質問を質問で返して煽ってみる。
予想通り、女生徒Aはこちらを睨むのを同時に心なしか後ろも女子二人もこっちをにらんでる気がする。
「ないなら俺行くけど」
「あのさ」
俺が行こうとするとまた呼び止められた。
その声にはさっきよりも怒気が含まれている。そんなイライラされるのが少し、いやかなり理不尽だとは思うがそこは言っても仕方ない。
まぁ、こいつが言いたいことは大体わかるしな。
「お前は志田くんの優しさで一緒にいるんだからあまり調子に乗るなとでも言いたいのか?それとも、お前みたいな冴えないやつと一緒にいたら志田くんが汚れるか?」
「なっ……」
自分が言おうとしていたことを先に言われたのに驚いたのか、女性徒Aの表情が固まる。
あいにく、こんなことは今まで何千回も言われてきた。
これもまた、そのうちの一回に過ぎない。
「ちょっ、ごめんね。十川くん」
「あ、ちょっ、裕子……」
おもいっきり面食らっていた女生徒Aの前に、後ろにいた女生徒Bが出てくる。
ってあれ?こいつって。確かーー
「宮島?」
「そうだよー、去年同じクラスだったのに、気づいてなかったの?」
「まぁ、正直」
ひどいなぁと宮島は頬を掻く。
宮島裕子は彼女の言った通り去年同じクラスだった。
それぐらいしか説明しようがない。言っても、席が近かったときによく話しかけられた。ぐらいしか記憶にないので、多分同じ学校でも会わなければ記憶から消えてただろう。
古いクラスメイトなんてそんなもんだろう。中学の時のクラスにいたやつとか多分、半分も名前言えないし。
学校全体で言えば、仲が良かったやつぐらいしか覚えていない。今でも、たまに連絡を取るのがその辺連中だからこれはしょうがない。
「それでなんなんだ?なにか用?」
そんなたいして、なかもよくなかったやつが俺に用もなく絡んでくるわけがない。
「廊下で立ち話もなんだから、とりあえず場所変えない?」
宮島の笑顔に俺は抱いてしまった。
恋じゃない、勘だ。これは勘だが、すごく嫌な予感がする……。
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