答えは決まったかい?
朝、鳥の鳴き声やサラリーマンたちのあくびと共にいつもより早く登校した。今日は妙に寝起きが良くて身も心スッキリしている。清々しい気分だ。教室にはまだ誰もいなくて、学校にも今は朝練をしている部活の部員ぐらいしか生徒はいないだろう。だから、こんな時間に教室にいる物好きは俺ぐらいと思っていた。
「随分、早めの登校なんだな」
教室のドアの近くに柊雪の姿があった。
「答えは決まったのかい?あと言っておくが、ボクはいつもこの時間に来ているよ」
「知り合って二年目で衝撃の事実なんだけど……」
なんなのこいつ?昼夜逆転してんの?人生夏休みなの?文系の大学生かよ。
「親が朝は早くてね、そのままだと一日中寝てしまうから起こされるのだよ」
「気持ちいいくらい堕落してるな、お前」
「そんなことより、答えを聞かせてもらえるかい?武久」
柊は一回ため息をついてこっちを見る。そんなつもりはないが逃げるのはつまらないからなしだと言わんばかりのプレッシャーを感じてしまう。
あぁ、分かってる、乗ってやるよ……。一度きりの高校生活、この際少しぐらい強めのスパイスがあってもいいよ。
「まず第一に俺がなにしようが光と佐藤さんのゴールインってことにはならないだろう」
多分、この事実は変わらない。しかし、仮に光に好きな人がいたしても俺がその事実を知らなければ佐藤さんに諦めろということもできない。嘘をついたとしてもバレた後が怖いしな、あれでしょ?女子のそういう情報網ってすごいんでしょ?もちろん、お前じゃ無理。みたいな辛辣なこと言ったら俺は明日から晒し者になるだろうから冗談じゃない。
柊は俺の方をジッと見たまま何も言わない。表情も変えないから非常にやりにくい。
「でもな、気持ちはやっぱ直接伝えないとダメだと思う。やっぱり、スタートラインに立たないとゴールできないし、な。分からないけど、多分そういうのって伝えないと何も進まないんだろ?」
俺は今どれだけ気持ちの悪い顔をしているのだろうか。スッキリ起きたとはいえ、いきなり目がでかくなるわけでもないし、いつもながらの寝癖と共にそれはそれはひどい姿だ。
よかった、生憎教室には俺と柊しかいない。思うままに気持ち悪いことを気持ち悪い顔で言っても大丈夫だ。
「だから、俺は佐藤さんを手を貸す。佐藤さんがどれくらい本気なのかは知らないけど、俺みたいなブサイクが人の恋愛を間近で見ることもなかなかないだろうしな。それで……」
そう、それで。この答えは間違いなく最低だ。
「……最高に気持ちよくそれで呆気なくフラれてもらう」
教室が沈黙に陥る。
二人しかいないわけだからどちらも喋らなければそうなるのは当たり前だが、どうもこの雰囲気はもどかしい。窓から入ってくる風がブレザーの上からでも冷たく感じるくせに、汗もかきそうな変な感じだ。
柊は顔を少し下に向けたまま動かない。
「フフフ」
今まで沈黙を守っていた柊が手で口を抑えて肩を震わせる。
どしたのこいつ?妄想してる腐女子みたいな笑い方して怖いだけど。身長差のせいで顔見えないし表情わからんから余計怖い。
「それじゃあなにか?君はバットエンドしかないギャルゲーでもやるつもりなのかい?」
「例えは的確だけどクソゲーすぎるな……、それ」
「でも気に入ったよ、その答えはおもしろい。」
柊は小さい体で伸びをしドアの方へ振り返った。不思議と上機嫌に見えるその背中に妙な安堵と釈然としない気持ちが残る。
「できるだけ協力はするよ」
そうとだけ言って柊は教室を跡にした。
さて、机の整理するか、置き勉してるおかげで机の中めちゃくちゃになってるだろうし。
「あれ?十川?」
「おう、朝練終わったのか?」
朝練が終わったであろう寺島が教室に入ってきた。そうか、もうそんな時間なのか。
「さっき雪がこの階にいたのが見えたけど、十川がいたからか……。あれ?でもなんで風見さんはいたのに教室入らなかったんだろ?」
「え?風見さんいたのか?」
「いつも朝練終わって教室行くといるよ。でも今日は階段ですれ違ったから珍しいと思ったんだけど……。何か用でもあったんじゃないかな?」
「へー」
寺島は自分の荷物を机に置き、椅子に座って一息つく。運動をした後だからか、少し頬が赤く染まっている。そうしてるうちに、ぞろぞろと朝練が終わったクラスメイトたちが入って来ては自分の席に着いたり友達と談笑したりといつも俺が登校したときの教室の雰囲気になっていく。
「でも、なんであんたがそんな早く来てんのよ」
「なんか早起きしてな。ただの気まぐれだ」
「ふーん、珍しい。てっきり、雪となんか約束してるんだと思った」
当たらずとも近いって感じだな。まぁ、約束はしてないけど、言わなきゃならんことは言ったしな。
「あれ?武久早いねー」
みんな言うな、これ。
「あんたもじゃない。いつもギリギリなのに」
「いやぁ、学校で寝ようと思って早く来たんだよ」
「お前学校なんだと思ってんだよ……」
柊といい、光といい、文芸部部員は大丈夫なのだろうか。もちろん、大丈夫なわけがないが。ヒョロ先輩以外まともな人いないしな。これじゃ、勧誘の方も難しいだろうな。俺が行っても男子は半笑いだし、女子は女子で気持ち悪がるしなぁ。終いにはバスケットボール顔面にめり込むし。
ん?バスケットボール?
「あ、そうだ。寺島タオルありがとな」
「はや」
寺島にタオルが入ったビニール袋渡す。そうだそうだ、忘れてた。昨日帰ったあと急いで洗って干しておいたんだった。
「それ昨日武久が持ってたタオルじゃん。空花のだったんだ」
「昨日、十川がねーーーー」
笑いながら、寺島が光に昨日のことを話す。いつもの日常だ。
こうして端から二人を見ると絵になるなぁと心底思う。漫画や小説での主人公になるのはこいつらみたいな奴らラブストーリーなりなんだろう。その方がみんな盛り上がるのは美男美女だし、ブサイクが求められることなんてない。
「みんな、おはよー。席ついてー」
荒木先生が教室に入ると同時ぐらいにいつも言う台詞である。これを言われるとみんなそれぞれ席に戻ると言うのが、2組も定番みたいなものになってきている。
荒木先生の新米教師感はなにか男にはくるものがあるな、うん。
「あれ?都田まだ来てないね。チャイム鳴ってるのに」
「いつものだろ」
「だねー」
いつもギリギリまで練習している都田は毎日ギリギリの時間に教室に入ってくる。
こんな風に。
「おし、着いたぁぁぁぁ!チャイムなってる途中だしセーフだな!」
いや、アウトじゃね?野球部に言うのもなんだけど。
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