*5 彼女は唐突にっ!
てなわけで、俺の昨日の粗方の回想は以上である。
……心なしか、どっと疲れが増した気がする。
そして、改めて疑問に思う事が山ほどある。
何で善良たる高校で生徒相手に鉈振り回してるんだとか、まずその鉈どっから持って来たの、だとか、挙げれば切りがないが。
それこそ湧き出る泉のように突っ込みどころが思いつく。
だが、いちばん聞きたいのは"そんなこと"ではない。
ーーあの時のありゃ一体……。
「ねぇ、聞いてるのかしら。長い自己妄想に耽るのもいい加減にしてくれる?」
妙に刺々(とげとげ)しい物言いでありつつも、それを包み込むような甘い声色に、俺は現実に引き戻される。
そうか、こいつのことを名前で呼べって言われてたんだっけ。
「いや、まずお前、俺に名前自体言ってねーだろ。知らないのに呼ぶなんてそもそも無理だ」
ホントにその通りだろう。俺は超能力者でも何でもない。知らないものは知るわけがない。
てかまず名前の前に見知らぬ他人が上がり込んでいる事も充分問題なのだが。
「あら、そうだったかしら。でも私はあなたの事を知っているわ。2年3組 九郎薙斗。趣味は筋トレと、帰宅途中の女子小学生を半裸になりつつ赤外線スコープで覗き見ることだったかしら」
「だったかしらじゃねーよ!んなヤバい趣味は生憎持ち合わせてない!てかなぜ俺の趣味が筋トレだと知って……」
「あとは、腰回りに当たるゴムの痒さに耐え切れず、今年2月にトランクスからボクサーに下着をシフトチェンジしたこと」
「……」
「極め付けは、あそこの本棚の向かって右上から三段目の奥に『ナースさんもビックリ⁉︎真夜中のいけないナースコール!』や、『実録平日出張!OLの隠された副業♡』だとか、総勢20冊の……」
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁあああ!」
俺はあまり広いとは言えない自室で、それこそ持てる力の全てを使って絶叫していた。
な、なぜだ!なぜ俺の秘蔵コレクションの場所を知っている!誰にも言ってない秘密の隠し場所だったってのに。
しかも俺のパンツ事情まで……。こんなの家族しか知らないような家庭的な一面だろ。
「そして、あなたが、半年前に"辞めたこと"の事も」
……こいつ。
どこか試すかのような物言いでそいつはニコッと笑った。
「あら、何かしらその目は。ひょっとして私がでまかせを言ってるとでも思ってるのかしら。なら仕方ないわね。確かな物的証拠を第三者に見てもらうことにしましょう」
「え?」
言うなりそそくさと立ち上がった彼女は、何を思ったか、数々の名著達が並ぶ我が本棚を漁り始めた。
ーー主に、右上三段目を。
……おい、まさかーー
「あら、新しく増えたのかしら。これは私の知らないシリーズね。えっと?……『ネコ耳メイドが送る!珠玉のご奉仕サバイバル!Part1』。へぇ、薙斗くん、なかなかアブノーマルな趣味をしてるわね。ネコ耳メイドにご奉仕されたかったなんて。……あら、ここの奥にはこんなものまで……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああっ!」
本日二度目の雄叫びが九郎家に響く。いや、さっきのかかと落としの分も合わせると3回目か……って違う違う。
お願いですから、お願いですからもうやめて下さい。
これ以上男子高校生のピュアな部分に触れないで。
俺は、それこそネコのようなつぶらな瞳をイメージして、我がエロ本を手に佇む少女にお慈悲を乞うた。
くっ、他人に知られてしまったとはいえ、これ以上誰かに知られるわけにはいかない。
特に、家族には……。
さ、さっさとアレを奪取せねば。
てか、ホントに何で知ってんの?
と、脳内でブツをどう取り返そうかと目論んでいると、ある重要な、そして壮絶な二つの事実に気づいた。いや、気づいてしまった。
一つは、この女、第三者に証拠を見てもらうとかぬかしてたな。
そして、二つ目。
分からない。俺は、なんてこの状況で"そいつ"に話しかけたらいいのかを。
ーーいつからいたのかは分からないが、さっきまでは閉じられていたはずのドアが開いており、そこから覗く一人の見慣れた人影。
だが、驚いたことに、俺の思考が追いつかないうちに二つの事実はイコールで結ばれたようだ。
え?意味が分からないって?
あぁ、俺も分かりたくないよ。入れる穴があったら入りたい。
率直に言おう。
妹さんが、立ってました。
一番見られたく知られたくなかった家族の姿がそこにあった。
しかもこの世のあらゆる不思議を目の当たりにしたかのように、俺のエロ本を凝視している。
ちょっと、そんな目で兄とエロ本を見比べないで?
「あら、空乃ちゃん、ちょうど良かったわ」
九郎 空乃。
何を隠そう俺の一つ下の妹であり、俺と同じ朱川高校に通っている。
成績優秀、眉目秀麗、質実剛健。おそらくそんな賞賛の意を持つ語を並べればほぼ当てはまってしまうのではないか。
胸の位置まであろうセミロングの髪は後ろに纏められ、はっきりとした顔立ちに、整った輪郭。
我が妹さながら、なかなか可愛い方であると思う。
それに加えて朱川高校生徒会長と来たものだから、完璧を絵に描いたようなヤツである。
ま、それはさておき、兄の醜態に言葉も出ないのだろうか。
さっきから金魚の如く口をパクパクさせている。
え、てか何でお前ら知り合いなの?
いや、だがそれを差し置いて一つ言えることがある。
ーー俺はなんかもう死ねる。
勝手にお母さんに自分の部屋を掃除されてえっちな本がバレちゃった、なんてのとはわけが違う。
あまり、詳しくは一つしか年の違わない妹に自分の性的嗜好を暴露されたとなると、ホントに死ねるレベルだと思う。
「空乃ちゃん、これが何だか分かる?これはね、薙斗くんが夜な夜な取り出し、アレも取り出し共に夜を過ごす必需品なの。溜まりに溜まったモノをぶちまけるために、幾夜もこれは使われてきたわ」
オイ、チョトマテヤ。
今とんでもない単語がいくつも飛び出した気がしたのだが。
何か、制限に引っかかってしまう!ダメだ!ホントにこれ以上お下劣なトークを許してはならない……っ!
相変わらず空乃は目が点になってる。こういうのにはあまり耐性がないのだろう。
というかさっきから一言も喋らないんだが。
やめて。兄をそんな目で見ないで。
「あ、お、お兄ちゃんが……」
くっ、こうなれば誤解は免れられないだろう。
仕方ない。ここはもうすっぱり諦めて、『これが儂の趣味じゃー!グヘヘ!』ぐらいの意気込みで行くしか……。
「まさか、まさかお兄ちゃんが私にこんな格好をさせたかったなんて……っ」
なぜか頬を赤らめて口元を押さえる妹君。
何だろうね。話の次元を2つほど飛び越したよね。
はっきりとは分からないが、とても、かなり凄まじく嫌な予感がする。
そう言えば、昔から空乃は思い込みが強い分がある。こうなっては誤解を解くにはなかなか難しいだろう。
そしてそんな格好をお前にしろだなんて一言も言ってない。頼むから問題に満ち溢れた発言は控えて欲しい。
よし、こうなったら……
「お、おい、それより空乃。そこにいるその女は一体誰だ!不法侵入を堂々としてるのを黙って許すつもりか!」
わ、話題を反らせてやった。これで上手くいけば俺の性癖についての疑惑も空の彼方に忘れられていくだろう。
そんなものは銀河系の彼方にでも放り投げてしまえ!
そして、空乃は至極あっけらかんと答えやがった。
「え?誰ってお兄ちゃん、本気で言ってるの?だってこの人はーー」
まるで、それが当然の事実であるかのように、空乃はシレッと。
「お兄ちゃんの"彼女"の朧月 夜華先輩でしょ?」
……。
……は?
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁああああ⁉︎」
起床して早20分。
九郎家の一室にて4度目の雄叫びが上がった。