*4 出会いは唐突にっ!後編
時刻は既に昼の1時を過ぎており、世間一般、学校一般では昼休憩、昼休みと呼ばれる時間帯である。
そのため各々(おのおの)の生徒たちが購買や学食やらに足を急がせていた。
ここ朱川高校の学食は何かと人気があり、実際に覗いてみてもその人気のワケには頷ける。
まぁ、それはおいおい語るとしよう。
ふと横に目を反らせてみれば、カップルであろう男女二人組がこそこそと逢引でもするかのように弁当を広げているのが目に入る。
爆発すればいいのに。
無論、俺にもそれは例外では無く、こうして弁当を片手に目的の場所へと足を急がせているわけだが。
さて、これから俺もランチタイム。どこで食べようか。おっと、俺がクラスに友達がいないから逃げてるんじゃね?とか思った君。
違うな。俺は教室なんていう密閉された空間で飯を食いたくないだけだ。
そう、開放感に溢れたあの清々(すがすが)しくもありぽかぽかとした陽気が頰をくすぐってくるあの場所。
誰もおらず、ただ一人でそこを独占できる。
イエス屋上。ビバ屋上。地上の楽園である。
あぁ、足が軽い。
砂漠を放浪していた商人がオアシスを見つけたかのような足取り。自然と浮き足立ち、歩調がスキップへと変わっていく。
さぁ、あの我が安息の地へと足を踏み入れよう。
楽しみで楽しみで心も身体も踊るようだ。
はは、そんなに待ち遠しいか、我が身体よ。
さっきから全身欠かすことなく引っ切り無しに震えてやがる。
そうかそうか。そんなに早くあの場所へ行きたいのか。
あぁ、俺も楽しみで仕方ないぜ?
だってよ、
これから殺人幽霊と戦いに行くってんだもんなぁ。
ーーやってられるか。
どうして俺が貴重で神聖たる我が安息の時を捨ててまで、んなザ危険みたいな紛争地域に駆り出されなきゃいけねぇんだ。
教師やら何やらはどうした。放っておいていいのか。
まぁ、それも仕方のない話なのだろう。職員室はおろか、学校内のどこにおいても教師たちはその話題に触れようとはしない。
行きたくねぇ。行きたくなさすぎる。これなら5時間の長丁場を歯科医に歯の治療を強いられる方がまだマシだろう。
しかも格闘家二人でタッグ組んで挑んで負けた相手だぞ。
何の変哲もないただの高校生である俺が倒しに行くってのもそもそもおかしな話だと思う。
あの宗彦……然りゲス野郎の策略により、まんまとこうして屋上へと続く階段をのぼっているわけだが。
だが背に腹は変えられない。
流石にその格闘家の片割れの如く丸腰(つまりは己の拳こそが武器)で挑む、なんて無茶滑稽な真似はしないが。
左手に握られた柄に汗が滲む。
俺の左手に握られているそれはまさしく武器とも呼べる代物であるかは、些か疑問でもあった。
ただの竹の棒、竹刀。
話によるとその幽霊は身の丈もあるくらいの大鉈を駆使して戦ってくるって話。
こんな棒きれ一本なんざ瞬時に折られてしまうだろう。
ーー常人ならば、な。
切れ味抜群の鉈vs竹刀。日曜のゴールデンタイムにも放送できそうなほど体張った内容だぞこれ。
さっさと鬼退治ならぬ幽霊退治を済ませるとするか。
俺の貴重な憩いの場と時間を侵したことを後悔させてやる。
奪還せよ。我が聖地を奪還するのだ。
言ってる間に例の屋上へと続く階段へと差し掛かった。
左へ目を向けると、例のトイレ。
見るからに衛生管理どころか外装までもが荒んでいる。
ほとんどの設備が新築に近いここ朱川高校で随一だろう。
なんか"いかにも"って感じだ。
あれだな。何となくだが花子さんみたいな、出るかも、って真しやかに語られる怪談の方がまだ怖いかもしれん。
そこに確実に幽霊が出ますって言われてると、なんと言うか精神的余裕が僅かに生まれる気がする。でもまぁ、
触れぬ神に祟りなし。
俺だって極力そんなアブナイ幽霊とインファイトなんてしたくなんかない。
俺は本来の目的である屋上に行ければそれでいい。
近くのトイレに出ようが出まいが俺には全くの関係も無いのだ。
要は、俺の邪魔さえしなければ、ってこと。それこそ、屋上での我がハミングタイムさえ邪魔されなければ俺がその幽霊とやらに喧嘩を売る必要もないということだ。
まぁ、十中八九そうはいかない気がするが。
いや、というか百パーねぇな。
だってよ、
いるぜ?
十数段連なる階段の上に煌る一閃の輝き。恍惚と輝きを蓄えた刃物特有の金光。
まさしく。
鉈だ。
身の丈はあるであろう、大鉈。
しかもそのシルエットを捉えようとするも、まるでコ◯ンの犯人が如く黒で塗りつぶされているかのように、目視は到底不可能に思える。
ーーけど一体いつ、どこから……。
例のトイレに目を向けていたから、その存在に気さえつかなかったのだろうか。
屋上の扉に沿うように映る黒いシルエット。
ただ、最初見たときは、いなかった。
突然、現れた……のか?
身体中を違和感が走る。
しかもその上見るからに……。
信じたくはないが、ひょっとするとホントにそっち側の存在なのか。
と言うのも、なんだかんだ言って内心では幽霊などという存在自体をあまり信じてなどいなかった。誰か生徒やらのちょっと度が過ぎた悪戯程度としか捉えていなかったのだ。
ーーえっと、どうすりゃ……。
◇たたかう バッグ
ポケ◯ン にげる
いや、ポケ◯ンじゃねーんだから。
サッと脳内の選択肢を掻き消す。
まずは思考の整理だな。
もし仮にあれが狂気の幽霊だとしたら、なんの躊躇いも気づく間も与えず俺を狩りに来ていただろう。
てことは、手早く俺を斬殺したいわけでもなさそうってことだ。
ならどうする。
軽く「こんにちは〜。今日もいい天気ですな〜」なんて挨拶して通り過ぎた方がいいだろうか。
それとも、危険分子は排除する勢いで成仏させるか。
でもやっぱり、どちらにせよ相手の動向次第ーー。
時間で言うなら、瞬きするよりも速かった、と言っても過言ではなかったのではないだろうか。
思考に明け暮れていたせいで、俺は重大なミスを犯していた。
敵から、一瞬でも意識を反らし油断し、隙を作った。
俺が次に顔を上げたその瞬間には、もう、そこには跡形の一つもない。
「なっ……!しまっ」
上空に舞う一体の影。どこまでも漆黒を訴えたそのシルエットとは裏腹に、鋭利かつ強靭たる鉈の矛先はしっかりとこちらを見つめていた。
振り上げられる鉈。
屋上の扉から差し込む光が反射し、さらに輝きを帯びる。
避け……られるか?この距離で、このタイミングで。
矛先が目の前に迫る。
考えてる暇はない。こうなったら……。
その時、ちらりと覗いた。
黒いフードを被っている事がこの距離で初めて確認できたのと同じタイミングで。
艶やかな黒髪。どこか挑戦的なオーシャンブルーに黒みがかった瞳。
幽霊なんかじゃない。
こいつは……人間だ。
だが、それも数秒の間に認識できたこと。
俺が元より起こそうとしていた所作は変わらない。
左手に握られた竹刀を鞘のように持ち変える。
一方の右手は柄に手をかける。
知っているだろうか。その扱い方次第で竹の棒は鉛の頑丈さを手に入れる。
抜刀術。
巷ではその剣技を暫しそう呼ぶ。
無駄な所作を無くし、たった一筋の斬撃に全てを、その一瞬にかけるのだ。持てる力の全てを一閃にかける。
自分の神経を一つの糸にする感覚。たった一瞬のタイミング。
逃せばそれ即ち敗北を意味する。
竹刀は勿論のこと真っ二つ。そして俺の身体もあら不思議。綺麗に二つに切り分けられている、なんてことになっちまう。
そんな猟奇殺人として新たに朱川高校の怪談に語り継がれるなんて真っ平御免だ。
だが、その一瞬のタイミングさえ掴めれば、大鉈を弾きかえすなんてことは容易いだろう。
いいぜ、やってやる。
この一撃に、俺の全てをかける!
どこかで聞いたことあるセリフだが……。
でも良い子のみんなは必ずできるとは思わないでくれ。
いや、そんな状況に遭遇することなんてないだろうが、もしそうなった場合絶対にチャレンジしないで欲しい。俺は一切の責任をもてない。
直前まで迫った影は容赦なく鉈を振り下ろす。風切り音がぱない。
あれだな。一般生徒なら確実に二つに割られてる。たちまち血の噴水が完成していることだろう。ーー笑えないが。
時間にしてコンマ一秒。
ーー今!
切っ先が今まさに俺に届こうとした瞬間、竹刀を抜き一閃する。
鉈に垂直の方向へと薙ぐ。
鉈と竹刀が交わり、鈍い音を生じる。
やはり常識通り竹刀は容赦なくへし折られ、鉈が俺へと届……きはしなかった。
それどころか俺の竹刀は"振り切られていた"。
何十キロもあるであろう大鉈は物の見事に俺の竹刀に弾かれ宙を舞う。
「……ちょっ!うそ……っ!」
だが、数メートル後ろに飛着した大鉈とは裏腹に、前方の"そいつ"は勢いが止まらないらしい。
よほど俺を殺したかったのだろう。
一斬りに全てを乗せていたようだ。目的の糧を失い、バランスが失われた"そいつ"は真っ直ぐにこちらへ向かってきている。いや、飛んできている。
うーむ、まずいな。このままだと……確実に二次被害が出るよね。
おでことおでこがごっつんこ、なんて古典的なシチュにさらなるスピードっていう悪魔が住み着いちまってる。
いや、冗談抜きで、ちょ、来てる!マジで!
距離にして数十センチ。
手を伸ば……さなくても、もう届く。
しかもよほどの速度が出ていたのだろう。
風圧でフードが完全に捲られ、その艶やかな黒髪が姿を現わす。
やはりどこか神秘を宿しているかのようなオーシャンブルーの瞳。まるで人形かの如く整った容姿。
だが俺が"彼女"の容姿を目視できたところで、現実というのは止まってくれやしない。
「ごぶぇあはっっ!」
案の定そのコンマ1秒後にお見事に衝突、そして後ろに凄まじい勢いで転倒する羽目になってしまった。
かなり激しく倒れたせいか、若干の呼吸困難に陥る。
だが、不思議と痛み以上に俺の心内は違うもので満たされていた。
うーむ、なんて言うんだろう。なんかもう死んでもいい的な?
だってよ、目を開けてみるとそこには……。
我が身に感じる第三者の重み。
俺はラッキースケベというシチュエーションを我が身に与えて下さったことを、神に精一杯感謝しながら目を瞑った。
我がスゥイートタイムを邪魔されようとも、友からの壮絶な裏切りに合おうとも、学校でリアルファイトを繰り広げようとも、この二つの柔らかなお山が、何だろう……全てを帳消しにしちゃいました。
胸って……こんなに柔らかったんですね。
俺は何ともゲスな思考の中で、意識が闇に落ちていった。
そして、薄れゆく意識の中、その少女が何か呟くのを聞いた。
「……まさか。ふふ……やっと、やっと見つけたわ。……ふふっ、ふふふ。喜びなさい。あなたは今日から、私の……奴隷(ご主人様)になるのだから」
恐らく思考が麻痺していたのだろう。
この時は、この子が無事で良かったとしか考えられなかった。