*3 出会いは唐突にっ!前編
薙斗の回想になります。
俺の昼休みの過ごし方というのは、決まって屋上に行くことだった。
公立のくせしてここ朱川高校は、6階建のなんとも高層な建築物で、見晴らしは最高。高度だけならそこらのビルと大差ないだろう。
それゆえ、屋上への立ち入りは危険と見なされ禁止されている。
というのも、ただ単純に高さだけが問題というだけでなく、朱川高校に伝わる怪談では、過去に15人飛んでいるらしい。
そう、6階から空へダイブ!なんてしたらどうなるかは分かるよね。
そんなことすりゃ空にフライアウェイどころか真っ逆さまにフェイドダウンしちまう。
いや、何だそのリアルホラーは。完全に曰く付きの物件じゃねーか。自分が通う高校が飛び降りの名所ってのはどうなんだよ。
だが、その怪談には続きがある。
"出る"らしいのだ。
そう、屋上へと続く怪談に、出るらしい。
他にも、時折屋上に見える怪しい人影や、突如空から降り注ぐ首の折れたフィギュア、屋上に一番近いトイレから時々響く叫び声、明らかに屋上に近づくとおかしくなる物理教師 嵯峨山先生。
まぁ、フィギュアは明らかに人為的なのは明確だろうが。そして嵯峨山先生はシンプルに分からないな。そんな教師は今現在朱川高校には在籍していない。
そんなわけで、全面的な立ち入り禁止とイマイチ信憑性に欠ける怪談のせいで、実に見晴らしの良い屋上はめっきり人が寄り付かない結果となってしまった。
だがかえって、それは俺からすれば好都合である。
こんな見晴らしのいい場所を独占できるんだ。1人の幽霊に取り憑かれてもお釣りが来るぐらいだろう。
もともと俺はそんなのには疎い。目の前に幽霊だと名乗る血塗れのおっさんが出てきたところで、無言ではっ倒す自信がある。
そんなわけで、屋上は俺の安息の地となっていた。
まさに快適。癒しの場である。
勿論、そんな曰くがこれでもかってくらい付いてるほどの屋上を警備する者もおらず、いわば出入り自由となっていた。
四方を見渡せば、こんな辺鄙な町に6階建の建築物なんてそうそうあるわけでも無く、ほぼ町の全体を見渡せる。
春下がりの陽気な風が頬をくすぐり、ぽかぽかとした陽の光は穏やかな眠りを誘う。
あぁ、昼休みが待ち遠しい。
「……おい!おい、薙斗。聞いてんのかよ!お前最近毎日屋上行ってるみたいだけどよ。やめとけ!マジで!」
そんな、陽気な昼休みという憩いを思い浮かべているところを、一気に現実に引き戻される。
まだ時刻は長針と短針が真上に来たところ。つまり4時限目の真っ最中である。
今現在授業を行っている数学教師、倉坂先生もそろそろ佳境に乗り上げてくる頃だろう。
誰だ。我がスウィートタイムを阻害する輩は。
……決まっている。
「いや、ホントにマジで!出るんだって!」
加賀谷 宗彦。
俺の……数少ない友人である。
まさに腐れ縁。
幼稚園から一学年も欠かさず同じクラスになり続け、もはや神様の思惑だろうってほどの。
チャラ男。まさにその言葉がぴったりの風貌。
授業中だと言うのに、教科書を盾に隣である俺の服の裾を引っ張ってくる。
てか出るって何がだよ。
「屋上の実力武闘派の幽霊、通称"あの大鉈"が!恐ろしいことに、その霊は屋上に近いトイレに行くだけでも容赦なく雛◯沢で活躍したあの大鉈で斬殺しにかかってくる超武闘派、そして超肉体派らしい……!」
……。
「……は?」
俺は一瞬何の事を言ってるのか分からず素っ頓狂な声を出してしまった。
いや、待て。霊とかオバケってのは直接的に関与しないからそう呼ばれてんじゃないのか?実体がないからそう呼ばれてんじゃないのか。
それを、え?
雛◯沢産のあの大鉈で肉弾戦挑んでくんの?
何だよその過激すぎる怪奇現象。
武闘派っていうかもう斬殺する意思を明確に携えて来てるよね⁉︎現世になんの恨みがあった!善良な高校でスプラッタが巻き起こっちまう!
しかもそのトイレにまで出没するのかよ。もうそのトイレ封鎖しろ。用を足すことさえできねーじゃねーか。
「既に犠牲者は2人出ている。1人は柔道部キャプテンの3年、剛力丸 ケンシロウ先輩。この人は去年の柔道全国大会で準優勝している」
「そんな逸材がやられんの⁉︎初っ端からとんでもねーリアルファイトじゃねーか!」
てか名前!剛力丸 ケンシロウて。
某格闘漫画の主人公か。
腕力に身を任せたガチムチ対猟奇殺人直行の大鉈幽霊。
もう目に見えてデンジャーだ。
「そして、あと1人は同じく3年の帰宅部の先輩だ」
「いや、帰宅部がなんで柔道部の星でさえ勝てなかった相手に勝てるんだよ!」
「まぁ話を聞いてくれ。なんでもその先輩は、一部の間で地上最強の生物と呼ばれているらしい。聞くに地下闘技場の最年少チャンプだという噂もある」
「……」
いや、なんでそんな化けもん達がこんな田舎の学校に揃いも揃って通ってんだよ!
いつだ、いつからうちの学校は格闘家達の巣窟になった。教えてくれ!
「範馬 刃牙郎。それが彼の名前だ。俺も実物は見たことはない。ただ、この辺いや、日本中にその名が轟くほどに、彼の戦力的知名度は凄まじい。……悲しい事だ。結果から言おう。……負けた。地上最強の生物の称号は遂に剥奪されたんだ。だが、俺は彼、Mr.範馬を誇りに思う。丸腰。そう丸腰で彼はあの殺戮マシーンに挑んだのだから……」
「……いや……うん。なんか驚く事はいっぱい沢山あるけど、ツッコミたいことも山ほどあるけども、刃牙郎さんは……うん、良くやったよ」
俺は口から物凄い勢いで、まさしく離陸直前のジェット機の如く飛び出そうとするツッコミやら何やらを必死に抑えながらも、一応形だけ、なぜか涙を流す友の意見に同意しておいた。
この際またしても某格闘漫画の主人公をほぼ丸パクリしたかのような名の先輩については触れないでおこう。
いや、それよりも大事なことがある。
……幽霊強過ぎる問題。
全国レベルの柔道家と、なんだかよく分からない地下闘技場のチャンプに勝ってしまう幽霊ってどうなの。地上最強の称号を手に入れた幽霊ってのはホントにどうなんだよ!
なんか軽い守護神的な立場を確立し始めてる!
これはどうしたものか。我が安息の地がとうとう侵される日がやってきてしまった。
直ちに奪還せねば。さもなくば人類の、いや俺の未来は無い。駆逐……してやる。
あの雛◯沢の大鉈を持っていたとしても関係ない。戦闘狂二人が敗れようとも関係ない。
俺はここに、狂気の殺人幽霊を駆逐する事を、心に決めた。
「だが、問題はここからだ」
「なんだよ。まだ何かあるのかよ」
「そんな化け物に襲われて二人共無事だったと思うか」
「あ、あぁ確かに」
宗彦がさっきまでの泣き顔から急に滴り顏へと表情を変える。
「その二人の……証言が出た。身体は既に目を当てられないほどにボロボロだったらしい。おそらくかなりの激闘だったのだろう。それも、昼休みが入ったと同時に屋上へと向かったはずの二人が帰還した時間は、共に昼の3時を回ってたと聞く」
「そんな長い時間いたぶられてたのか⁉︎長丁場が過ぎる!」
3時間の激闘って。だんだんバトル漫画色が濃厚になってきちまった。というかその某格闘家達二人で行ったのか。夢のタッグが完成したな。
なんか既に駆逐できる気がしない。
「そして、帰還した彼らの発言に、場にいた者全員が……愕然としたらしい」
「なっ……。それは一体……」
ゴクリと唾を飲み込む。
「二人共に、ある共通した"異変"が見られたらしい」
「異変……?」
「あぁ。その場にいた生徒が一応念のため、傷の確認ということで彼らの身体に触れたらしいんだが」
まぁ、そんな深手を負ってんなら当然の事だわな。
「突然、生きる屍だった二人が身体に触れらたと同時に奇声の如く叫び声をあげたんだ。それも、二人同時に」
「怖ぇよ!というか生きる屍って比喩される二人が悼たまれなさすぎる!」
そして、なぜだか宗彦は小さく咳払いをした。まるで声の調子を整えるかのように。
「俺も実際に聞いたわけじゃないから上手く再現できるかは些か分からんが、聞くに『……ん、んあぁぁぁっっぅあぁぁあああ』とか、『そ、そこはだめぇぇぇええええっっっ』とか、果ては『目、目覚めるぅーーーーっ!いけない何かが目覚めちゃうぅーーーーーっ!』などの、新たな道を開拓するかの如く……」
「ストオォォッッーーーーーーープ!」
俺は、授業中だという事もとうのとうに忘れ、持てる力の全てを出して叫んだ。
なぜだか、ここで何が何でも止めねばならない気がした。人としての根本が、そうさせた気がした。
倉坂先生も、俺の突如の雄叫びに目を丸くしている。自分の授業にストップ言われたと勘違いしているのだろう。だが、すみません。今それに訂正を施す余裕は我にはございません。
……さぁて、何からツッコもうか。
山ほどありすぎて、もう何が何だか分からない。
格闘家二人が新たな性癖に目覚めて帰って来たこと。
どうしたお前ら。戦いに行ったんじゃなかったのか。それを新たな生きる道見つけてどうするんだ。
まぁいい。正直なところめんどくさいだけだが、ツッコむのはこれでやめよう。
そして、俺の心内に大きな、いや、かなり巨大な"恐怖"というものが生まれた。俺がその幽霊に挑んだらまず間違いなく、
"ヤられる"……と。
柔道全国レベルと地下闘技場チャンプが新たな何かを開発されちゃった。
目に見えて恐ろしい。
「でだ。お前はどうする。薙斗。あんな強者二人で敵わなかった相手だぞ。今のお前じゃ……フフッ、いや、今までのは聞かなかった事にしてくれ。こんな事をお前にいう事自体が間違いだったのかもしれないな。どうせ、止めたって無駄なんだろ?」
我が友"だった"男が、まるでバトル漫画の主人公が修羅場へと出向く場面を彷彿とさせる爆弾を投げつけて来やがった。
もうこいつは友なんかじゃない。死ぬと分かってる戦いで平気で背を押しやがった。
……確かに俺はさっきまで行ってぶっ倒す気まんまんだったよ。
でも、あんな恐ろしい事聞いて気が変わらない方がおかしい。
そんなファンタスティックな道を開拓させられるくらいなら俺は、屋上捨てる。
「気をつけて……行ってこいよ?我が……友よ」
宗彦はどこか悟った顔つきで、涙を拭った。
決めた。
俺は、こいつとは絶対に絶対にヨリを戻したりしない。
次回に持ち越しです。