*2 美少女は唐突にっ!
退屈な日常に文字通り退屈し、取り柄の無い日々に革新を求める、ってのは思春期や、それに近い齢に差し掛かる少年少女にとっては至極当然の事なのだろうと俺は思う。
おっと、いきなりこんなナーバスな若人特有の悩みをシンキングしている俺を許して欲しい。
え、なぜかって?
それはもちろん俺もそのナーバスな悩みを抱えた若人であり、同じく何か革新を求める一個人だからだ。
本当に退屈なのだ。この日常の全てが。
自分を取り巻く環境も、自分という存在自体にも。
そう、俺はまさにザ・平凡な生活を送る、平凡な高校生なのだ。
勿論、そんな自分の怠惰な心内のざわめきを満たしてくれる面白い事象と言うのは、探せばいくらでもあるだろう。
誰かが言ったそうな。
「この世は面白いことだらけだ」
とか。
果たしてそうなのかね。たまたま自分の周りに一貫して面白いことが起きないだけなのか、果ては神様の悪戯か何かなのか。
だが、同時にまた違う偉人の言葉が脳内に巡る。
「退屈だと考える事こそが人生において一番無駄な事なのだ」
……さて、学校行きますか。
5月3日朝7時20分。時計を確認しこうして俺は"日課"であるこんな堕落した思考を偉人達の名言により払拭する儀式を終えベッドから出た。
やけに太陽が眩しい。
昨日見た夢のせいか。あんな苦しく、そして同時に身体が疼く夢を見たのは久方ぶりだ。今でも思い出す。
あの全身を這いずるかのような快楽に似た生々しさが溢れた体験感。
そう。俺は昨日、身の毛もよだつほどの、内容が濃すぎる夢を見た。
だってそうだろう。あんなことがあり得るか!
いきなり美少女に羽交い締めにされた挙句、全身拘束、執拗な攻め。
ノーマルだった我が性癖も、階段を駆け足で登るかの如くステップアップして行く。まさに赤マル急上昇中である。
おっと、妄想はここまでにしておこうか。俺は昨日見た素晴らしい夢を他の人に語るなんて愉快な人物にはなりたくない。
そっと、我が心に二重ロックをして鍵を掛けておけばいい。施錠は入念を怠らずに、な。
そう、あれはあくまで夢。あんなことが現実で起こりうるはずが全くないのである。
さ、切り替えていこう。
「あら、もう寝起きざまからの見ている側からもかなりのイタい妄想は終わったのかしら」
自室のドアを開けたと同時に響くソプラノボイス。
こんな甘く心地よい声で起床を促されようものならば、全国の男子高校生達の遅刻率が一気に急降下してしまうだろう。
あぁ、そうか。まさか幻聴までも聞こえるとは。
退屈な毎日に嫌気がさして遂に夢の世界を現実に持ち越そうってのか、俺の脳内は。
ふふっ、あるわけないぜ。目の前にこんな美少女が立ってる、なんてことはな。
さて、夢ってのはベッドで見るもんだ。あるべきところに帰るとしよう。
幸いまだ時間はある。しっかり脳を休めてこの夢を覚まそうではないか。
俺は開けたドアをしっかりいつもより力強く閉め、ベッドへと踵を返した。
風神の如く勢いで軽やかに布団を我が身に纏う。
まるで布団が自分の身体の一部のようであるかのような完璧なまでのローリング。ケーキ職人もびっくりのくるまり方であろう。
そして、いつの間にか何かそうしなければいけない気がして呪詛の言葉と羊さんを死に物狂いで数えていた。
2つを同時進行で唱えるなんて神業を身に付けた覚えはないが、恐らく身体の防衛本能的な何かが働いたのだろう。
早く眠りに落ちなければ。俺の脳内ステーションが総動員され、皆直ちに眠りの準備をし始めている。
だが、それらを無慈悲に砕く鬼の如く鉄槌が俺の腹部に下された。
「ぐぎゃぁぁぁああああっっっ!」
狭い自室に主の声が響く。
振り下ろされたかかと落としの波動は軽々と我が身を貫通し、築3ヶ月の真新しいベッドにまで届いた。
深刻なダメージを受けたのだろう。下でメキッと危なげな音がした。まだ買いかえて3ヶ月だってのに。
この分には一階にまで被害が出ているのではないか。あ、俺の家二階建ての一軒家ね。
「あら、ご機嫌よう薙斗くん。目覚めのいい朝ね。おかげでかったるい二度寝思考もどこかへ吹き飛んだでしょう?」
目覚めもくそもあるかぁぁあ!下手したら三途の川辺りで目覚めちまうところだったぞ!
俺は声にならない声でツッコミを入れる。
そこにいたのは紛れもなく昨日の黒髪美少女。腰まである長髪は一筋の乱れも見られないほどに透いてた。しかもなぜか(多分)俺の服であろうTシャツとスウェットを着てやがる。
やはり夢ではなく、どういうわけかここ九郎家に悠々と泊まっていらっしゃったみたいだ。
どうした。我が家のセキュリティは公園以下か。来る者は拒まない主義なのか。
頭に腑抜けた両親と、これまた腑抜けた妹のイメージが浮かぶ。
あぁ、あの親と妹なら……。
……って違う。"こいつ"がここに居るのもそうだが、なぜ、俺も自分ん家にいるんだ。
思い出せない。思い出せないのだ。
さっきの日課の偉人達に学ぶ会を施行した時も、分からなかった。
丸ごと、抜けている。
昨日あの地獄(天国)かのような体験をし、その後、俺はどうしたんだ。
学校でも普段使われない一室で拉致監禁されていた状況から、何がどうなって今の状況に至る。
気がついたら自室のベッドで寝ていた。しかも制服だったはずの服装がバッチリ寝巻きにビフォーアフターしている。……怖い。正直かなり怖い。心当たりがあり過ぎて。
誰か、知っているやつがいたら教えて欲しい。そして俺の貞操が無事であることを証明して欲しい。
「あら、こんなにも天使過ぎる美少女が起こしに来てあげたのになんのお言葉も無しなのかしら?」
残酷な天使様が俺の顔を覗き込んでくる。頼むから神話の中だけにしておいてくれ。
「いてて、てかお前、なんかいろいろ引っくるめて何してんだよ。ここは俺の家だぞ。……あぁ、そうか、昨日の平行世界やら何やらのお遊びか。だが悪いな。今から俺は学校だ」
まさか幼馴染が朝を起こしに来るラブコメのテンプレ的シチュエーションが我が身に起こっているのではないか、などと馬鹿げた思考はすぐさま一掃する。
腹部に凄まじい痛みを覚えながらもなんとか身体を起こす。
起こしたと同時に下方からメキャッって本格的にヤバめの音がしたのは今は考えないでおこう。
「てゆーか、お前、そもそも今なんで
「その前に。その私の事をお前って言うのをどうかしてくれないかしら。私はあなたにお前呼ばわりされる筋合いは毛頭ないはずよ」
腹黒ドS天使様がジト目でこちらを見てくる。
なんて言うんだろう。この目もたまら……って違う。
いや、そもそもあんたの名前が分からないしな。学校でもご近所でも見かけたことがないし、いや、全くと言っていいほどにこいつのことが分からない。
だが昨日は制服着てたな。うちの学校の。
そうだ。てかこいつと出会った時のこともあやふやなのだ。
学校……だったよな。
そう、あれは昨日の昼休みにいつものように屋上でメシを食おうと上がっていこうとして……。
俺は昨日の昼下がり頃のこの超絶美少女との出会いの回想を始めた。