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霊能者  作者: 山川雷太
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第八話 霊戦、青木ヶ原樹海

第八話 霊戦、青木ヶ原樹海



 青木ヶ原の樹海は深い。富士の噴火で流れ出た溶岩は磁鉄鉱を多く含み、方位磁石も乱れる。千百年前の富士噴火前には、『せいのうみ』という湖があった。そこに溶岩が流れ込み、精進湖と本栖湖は名残りだと言う。もっと昔には『古せいのうみ』というもっと大きな湖があった。地下には風穴という洞窟が多くあり、樹海の深さと相まって、不思議な場所あるいは俗に言う心霊スポットとしても有名だ。

 人は緑を求めるが、あまりにも深い緑には畏怖を覚えるのだろうか。樹海と呼ばれる由縁は、高台から樹海を見下ろすと、富士の裾野に敷き詰められたような緑の広がりが、この地方特有の強い風に吹かれて海の波のように揺らめく様子だ。

 太古の昔に、この富士の裾野に知られざる文明があったと、まことしやかな言い伝えもある。今回のTV取材、細川時子と石川愛子が樹海の奥深くに入りながら、レポーターが交互に霊視で浮かんだものを聞いてゆく。それを後日、スタジオで歴史家や神話研究家などが解説を加えて作る予定だった。

 取材スタッフは数回この青木ヶ原に足を運んで、事前にロケ地を選定してあった。しかし当日、細川時子は樹海の道を逸れてどんどん奥地へ入って行く。そちらに強い力を感じると言われれば、番組の趣旨上、場所の変更は致し方ない。スタッフは柔軟に対処せざるを終えなかった。愛子は妙な胸騒ぎを感じながらも、現場を仕切ろうとする細川に逆らうつもりは無かった。テレビの仕事では彼女が先輩に当たるのだ。

 天気予報は台湾の南に熱帯低気圧が発生し、勢力を増して台風になるだろうと予想していた。そこから日本列島に前線が弓長に走り、関東まで延びている。台風の動きによっては、前線が刺激されて天候が悪化しロケは中止ということもあり得る。スタッフの見えない焦りもある。

 そんな事を愛子は敏感に感じる。目の先に細川の確信があるようにどんどん歩いて行く姿が映る。スタッフが重い機材を担いでその後を追っている。

「細川先生、何か感じますか?」

 細川を追いかけるレポーターがマイクを向ける。

「この先に強い霊気を感じるの。もう少し先!」

 細川は真剣で頑とした表情をレポーターに向ける。

「ど、どんな感じの霊気でしょうか?」

「さあ、もう少し先にいってみないと、今はなんとも言えないわね。でもかなり強い気よ。慣れない人や素人の方には危険かもしれない」

 そう言って、細川は振り返り、目を細めてにやりとしながら後ろの愛子をちらっと見た。レポーターはすかさず、後ろの愛子にマイクを向けた。

「愛子先生はどうですか? 何か感じますか」

「はい、少し妙な胸騒ぎを感じます。場所の霊気というよりは、これからの天候に注意しなければなりませんよ。ここは樹海の中、雨が降ったりすると、道も川になって動きが取れなくなることもありえます」

 愛子が感じているものは霊気ではなく、細川に任せてこの先へ進むという危険さだった。それをやんわりとスタッフに伝えたかったが、

「そうですか。愛子先生もなにか胸騒ぎを感じているようです。この先にはいったい何があるのでしょう」

 と、レポーターはカメラに向かってシーンを作ってゆく。樹海の上を見上げると、かなり奥に来たので、曇天の日差しも弱くなってきた。鬱蒼とした森が暗さを増す。地面に露出した根が深い影に隠れて、所々奇怪な形の岩に沿って不気味な様相を帯びてきた。細川の自信に満ちた歩きが奇妙に浮いている。それを見て、愛子の胸騒ぎは、すでに鳥肌が立つほどになっていた。

「おおッ」

 突然、細川の横を歩いていたレポーターが声を上げた。足元の絡み合う根に注意を取られていた全員が前を見た。そこに巨岩が一つそそり立っている。大きなごつごつした岩肌が陰影を作り、全体に苔のようなものがびっしりと密生し、それが影の部分をさらに黒くして、まるで穿かれた穴のようにも見える。人の背丈の五倍ほどの高さ。二十人程度はゆうに隠れてしまう幅がある。岩の周りには大小の石が転がり、その間を雑草が埋め、巨石の天には不気味に歪曲して絡み合う木々の枝が張っていた。

 細川が自信に満ちた表情で愛子を横目で捕らえて言った。

「そうよ、ここ! ここから強烈な霊気が漂っている……」

 レポーターは番組の『転』を作る場面についに来たと思ったのか、巨石をバックに細川と愛子を立たせて、カメラマンを呼んだ。

「ついに細川先生の導きで、我々は巨石を樹海の中で発見しました。この巨石は太古の文明とどんな関係があるのでしょう?」

 そうレポーターは少し興奮気味にカメラに向かってしゃべる。

「細川先生! この巨石から感じられる霊気とはいったい何でしょうか?」

「霊はこの岩をずっと守ってきたと言っている……」

 細川は岩を凝視しながら表情を少し強張らせている。

「その霊は何からこの巨石を守ろうとしているのでしょう?」

「ちょっと待ってよ。今、そのことを聞こうとしているのよ!」

「あ、はい。すいません」

 細川はレポーターの質問が無神経だと言わんばかりに、きっと睨みを返し、巨石に向き直ると目を閉じて拝み始めた。

 カメラはそれを追う。レポーターは少し離れた愛子に近づきマイクを向けた。

「愛子先生はどうですか? 太古の何かを感じませんか?」

 愛子はここに文明があったということが、かなり誇張された話だと思っている。確かに、何かがこの樹海の下にあるような気もするが、千百年前ここは大きな湖だったはず。愛子は浮かんだイメージを正直に伝える。

「何かがこの樹海の下にあるような気もしますが、それが文明かどうか正直わかりません。ただ、数百万年前の太古の時代、このあたりは海です。陸地が現れて古い富士山ができたのは七十万年から二十万年前、当時は樹海も湖も無かったし、縄文時代が始まる前。ネアンデルタールのような旧人の時代と言われています」

「愛子先生! それは霊視で得た情報ですか?」

「いいえ、これはここに来る前にネットで調べた富士の歴史です。誰でも簡単に調べられますよ」

「なんだ、愛子先生! 番組は霊視による太古の時代ですから……」

「霊に頼りすぎると大きな間違いを起こす。これは父の教えなので……。私が感じるのは、ここに『古せいのうみ』と言う大きな湖があった頃ではないかと思うのです」

「このあたりは湖だったのですか?」

 レポーターは少し興味を持ったようだ。

「ええ、今から八万年から一万五千年くらい前までは、この一帯はとても大きな湖でした。この時代なら考古学的証拠はありませんが、現世人類がいてもおかしくない。ウルム氷河期も緩んできた時代ですから」

「なるほど。では愛子先生はその時代に文明が青木ヶ原の下にあったと?」

「青木ヶ原というのは八六四年六月、長尾山の大噴火が起こって北側の斜面に多量の溶岩が流れ、その後、溶岩台地の上に出来た森林です。だから比較的新しいのですよ。その直前に大きな文明があったとしたら、日本史に必ず残るはずです」

「では、愛子先生が感じるものは、一帯何なのでしょう?」

「はっきりは言えませんが、今の富士山を形作る噴火が始まったのは一万五千年前です。その噴火により『古せいのうみ』という大きな湖は序々に小さくなり、記録に残る『せいのうみ』になって行きます。そして八六四年の長尾山大噴火で現在の本栖湖と精進湖になります。そのずっと前の二万五千年前には古富士が大爆発をしていますから、そうすると二万五千年前から一万五千年前の約一万年の間に、古い大きな湖の周辺に縄文の前の文化があったと考えても良い、そう思います」

「うーむ。ではその知られざる文化を作った人達とはいったい、どんな人達だったのでしょう?」

「私は考古学の専門家ではないので明言できません。しかし感じていることは、狩猟採集民族、つまり狩をしながら移動していた人々が、この頃湖畔に定着して村を作り始めた時代ではないかいうということです。定着した人々は、湖の自然の幸を手に入れて、生活にも余裕が生まれ、祭祀も始まったのではと感じられます。放浪から定着生活へ変化したのですから、文化的には革命的な変化だったと思いますよ」

「いや、史実や背景に基づく霊視というのも、興味深いものですね! お若いのに、いつもながら愛子先生の博識には舌を巻くばかりです」

「霊視というのは、多くの人の思いが結実したもの、思いを読み取る感受性のことと父はよく言っておりました。思いを読み取るためには、出来るだけ背景や歴史を知ることが大事かと……」

「ぐううあ―っ」

 突然、細川が呻いて、その場所に倒れこんだ。全員が細川に駆け寄る。細川は泡を噴き、目は虚空を睨んで気を失っていた。スタッフの一人が水を口に含ませようとしたが、体全体が硬直して口が開かない。呼吸も止まっている。典型的なひきつけ症状のように見えた。スタッフもカメラマンも慌てるだけだ。

「脇腹を横にして寝かせて!」

 愛子は意を決して指示した。素人が口出すことではないが、まずは呼吸を回復させなければ危ない。周りのスタッフには硬直した手足をマッサージするように指示して、愛子は首とあごのマッサージを始める。数分、そうしていたろうか。細川は突然、虚空を睨んでいたその両目をさらにカッと見開き、愛子を睨んですくっと立ち上がったのだ。

 その場の全員が仰け反り、細川の挙動に驚いた。

「ほ、細川先生! 大丈夫ですか?」

 と、レポーターが尋ねる。細川はそれに返事をせずに、愛子を睨みつける。その表情はすでに、細川のものではなかった。目がつりあがったように細くきつく、顔色は蒼白な部分と土気色が混ざって薄い斑を作っていた。キッと閉じられた唇の両端には泡が残っている。

 愛子は「まずい!」と思った。これは何かが憑依した可能性もある。細川は泡のついた唇をゆがめて愛子を凝視する。にわかに曇天がさらに暗くなり、ポツリと雨が愛子の肩に落ちた。細川の豹変に、スタッフはどう対応してよいか判らずに呆然としている。

「フフフ……」

 細川は愛子から視線をそらさずに不気味な低い笑い声を発した。スタッフはその声で我に返ったようだ。じりじりと後ずさりを始めたのだ。その笑い声に反応したかのように、突然音を立てて大粒の雨が降り出した。雨は数メートル前にいる細川を霞ませるほどに強烈な土砂降り。昼間とは思えない暗闇が覆う。

 雨音さえ掻き消すように、細川のしゃがれた低い声が響いた。

「……不埒者、古の霊の眠りを妨げた。我が混沌と闇を尋ねる愚か者は、報いを受けねば成らぬ……」

「皆さん、細川さんから離れて!」

 愛子は自分の胸騒ぎの正体がこれだと確信して叫んだ。スタッフは蜘蛛の子を散らすように、樹海の根影に隠れ去った。激しく降る雨で視界が暗く霞むが、目の先には人型にぼうっと浮かぶ細川がいる。愛子は審神をするために目を閉じる。細川に憑依した霊を見定めなければならない。自分の手に負えなければ、ここにいることさえ危険だ。

「我が正体を見破れるか?」

 愛子が審神をしようと目を閉じると、細川から低いくごもった声が聞こえてきた。すでに愛子に対して先手を打ってきたのだ。愛子はその言葉を無視して、風に巻かれ始めた豪雨の中で目を閉じ、気持ちを落ち着け、頭の中をからにして行く。

 愛子の頭がガクッと首の後ろへ傾き、あごが上がった。愛子は上を見上げる格好となり、そこに雨が容赦なく叩きつける。愛子は、

《しまった!》

 そう思うがもう遅い。細川から放たれた思念。それが愛子を縛り付ける。愛子が考えていた以上に細川の霊力は強い。そして、その力が愛子の心の襞にぬめるように入り込んでくる。気持ちの悪い吐きそうな感触、体内に小さな細長い爬虫類が入り込んでのたうつ。愛子は悪寒を感じ、体内の異物に恐怖が走る。

《落ち着いて!》

 自分を叱咤するが、すでに体内の異物の感覚は大きくなり、恐怖は脳内に粟立つような映像を生じ始めていた。《クーン》と高低に流れる音がして、闇に浮かぶ灰色の形が現れ、それは愛子の良く知る光景に変わる。

 雨がしとしと降る庭に紫陽花が咲き乱れ、洗われて瑞々しい。縁側に愛子は座って、たった一人紫陽花を見ている。傍には誰もいない。花の向こうには小さな淀んだ池があり、雨の波紋が無数にたつ。五歳の愛子が俯いて、時の流れに苦しさを感じている。

「お母さん……」

 愛子は誰もいない虚空に向かって呟いた。虚空は何も答えず、沈黙が重く幼い愛子に圧し掛かる。体が重く沈んで奈落に落ちて行くようだ。力が抜けて体に重いだるさが絡まる。孤独感が愛子を圧倒し、叫びたいがすでに声にならない。

 目の前は漆黒の闇に突如変わる。闇の中に葬儀場の焼却扉が見えた。そこには白い布に包まれた母を入れた細長い木の箱。扉がギイツと閉まり、ゴオーと粗い風の音がした。苛立つ沈黙だけが残る。扉が再び開かれて、僅かな灰と小さな白いかけらが出てきた。

「これがお母さん?」

「……そうだよ。愛子。これをお墓に持って行こうね。そこでお母さんはゆっくり眠るんだ」

 寂しい父の声だけが聞こえた。

 愛子は叫んだ。

「やだ! 私もお母さんと一緒に行く」

「ほう、愛子も一緒に行きたいのか?」

 父の声が急に低く太くなった。

「うん、行きたい!」

「そうだ! それがお前の望むこと。母のいないこの世など、捨ててしまえ!」

 愛子は沸々と湧き上がる怒りと憎しみに包まれた。母以外の誰もが憎らしい。そしてこの世の理不尽さに怒りが燃える。

《誰が母を奪った!》

 すると今までの寂しさがさっと消えた。

「お父さんなんか、大嫌い。みんな大嫌い。お家も大嫌い。帰らないから。お母さんといつも一緒だから」

「ふふふ、そうら! 寂しさが消えただろう。そうだ。そうやって皆を憎むんだ。そして怒りをぶつけろ! 皆がお前の母を連れて行ったのだからな」

 父の声だったはずなのに、いつの間にか他人の声になっている。

「母の所に行きたいなら、その道を教えてやろう」

「ほんとう? お母さんのところへ行けるの?」

「おまえがその怒りと憎しみをぶつければ、扉が開く……」

 声は低くしゃがれて、苦しそうにも聞こえる。それに自分の怒りと憎しみが流れてゆく。我を忘れるほどに。だから悲しみはもう無い。どす黒い力が愛子に漲って来た。すると、目の前にあった淀んだ池の波紋が渦に変わる。渦は深淵に見えた。漆黒より深い奈落が生じたのだ。

「奈落こそ、おまえの母と我らが住む世界! さあ、おまえの力で開いたその扉、こっちにおいで!」

 声はその奈落から響いて来て、愛子を引きずる力がある。愛子はふらふらと引っ張られる。奈落の淵に紫陽花の花が薄っすらと映る。紫陽花の花を見ると、花弁の中に、小さな光りがあった。光りを良く見ようと目を凝らす。そこには小さな愛子の母が微笑んでいる。

「おかあさん!」

「愛子、その奈落はおまえの心の底のわだかまり。自分の心の襞の奥底のこと。それに自分を任せてはだめよ」

「え?」

「自分で自分をだますこと。それが奈落を生むのよ」

 紫陽花の花弁の中の小さな母の顔が大きく見える。懐かしい笑顔、優しい大きな目と見慣れた明るい額の広がり、微かな紅のさす頬を包む光。愛子の胸の奥に流れてくる暖かい何かが青い虚空を愛子の周りに作る。虚空は愛子の視界を広げ、奈落も紫陽花も母の姿も霞んで行く。

《そうか、あれは私が作った私の心のゴミ箱》

 愛子はそう合点が行く。生まれてからこれまで、無意識に溜め込んできた心襞の奥の塵溜めを見た。そしてそこに入り込もうとした。青い虚空が心の襞に染み込んで、しまわれた憎しみも怒りも悲しみも綺麗に溶かして霧散させて行く。母の笑顔が愛子自身の虚空を覗かせて、今、愛子は自分の胸の虚空を広げている。言葉が起こる前の、感情が起こる前のその起点を見る。自分の記憶を材料にして、思いが感応して霊が作られていると思い出したのだ。そして、それさえも気づいていられる自分の虚空。

「ううっ!」

 雨の向こうの細川がうめき声を上げた。

「おぉ……、おまえは何者……?」

 愛子は声に答えず、自分の胸に滲んで広がる虚空から細川を見る。愛子は自分が誰でもないことに気づく。この宇宙の一つのかけら、宇宙の果てから時間と空間を越えて、地球が見え、その地球の小さな樹海の中に雨にうたれて、立ち尽くす愛子が見えた。地球が大気の中で回る風音だろうか、低い振動も聞こえ、海の中の海流の気や波の泡立ちも感じられる。雨が樹海の木々の葉を打つ一つ一つの音の違い、風が揺らす樹海の波の移り変わりまでが見える。

 世界が音を立て変化して動いている。愛子の心は鎮まり、静かな湖畔のようになった。そして見えてきたのは古のせいのうみ。大きな湖の淵に集う太古の人々。岸辺の巨石の周りにある村落。放浪の民からそこに定着して、神を見失った人々の一団が居た。

《辛くても旅をしなければ、神様が消えてしまう》

 そんな静かな声が聞こえた。

《ここに居れば、食い物に困らない》

 違う声が強く響く。放浪の民が定着して、神様を感じながら日々生きていた日々を忘れ、感受性を失いつつあったのだ。だから、祭祀が始まった。この岩は祭祀のために祭られ、神を感じられなくなった人々の墓標だったのだ。

 すると高い山が火を噴く。火の玉が飛んできて湖に大きな波を作る。火の玉は人々の上にも容赦なく落ちてきた。阿鼻叫喚、逃げ惑う人々。命が奪われ白い世界が残った。

《そうだ。これは鎮魂の岩……、神に帰れない魂が集まり宿る》

 愛子の心に響く言葉。それはもう恨みも憎しみも怒りもない静かな語りとなった。

《おまえのその碧き虚空で我らは包まれ、我らもまた、我らの本性を思い出した。放浪に明け暮れ、流れる水に癒され、千切れる雲に永遠を見て、野に咲く花々に神を感じていたあの頃に……。そして無に帰ろう》

 鎮まり帰った心の湖面に響く声に、愛子は自分の虚空を分かち合うため、胸の虚空に自分をさらに溶け込ませた。魂は無に帰り、誰も居ない巨石を空が取り囲んだ。細川がどさっと地面に倒れる。天が明るくなり、雨があがる。日の光りが巨石の上の枝葉からこぼれて、雨に洗われたあたり一面に美しい木漏れ日を落とした。そよ風が愛子を撫でて、愛子はこの世界に戻ってきた。


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