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霊能者  作者: 山川雷太
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第三話 二人の霊能者

第三話 二人の霊能者



 熊岳から戻ると、何かを掴んだ良治は生活の基盤を整え始めた。自分の本体が存在者であると悟ったが、精力的ではある事を除けば特に前と変わった事は無い。しかし、今は道が見えるようになっていた。君江の日記の本当の意味をつかんだ。これからはそれをどうしても形にしなければならない。それが実を結んで、初めて娘愛子を呼び寄せられると考えていた。

 良治は再出発の場所を思い出が一杯詰まった学生時代の下宿に決めた。幸いその部屋が空いていたのだ。開けた平野に雑木林が所々あり、河がゆったり流れる地方都市、駅から歩いて十五分のところに懐かしい大学がある。下宿は大学からもう五分先、河川の支流が裏手にあって土手を作り、前に小さな公園があった。君江を思い出すと辛くなるかもしれない。だが今は、本当の君江を自分の内に育てるために、この場所は一番良いと思えた。

セミが鳴き、高い入道雲が白い姿で青い空をゆっくりと登って行く。窓の外を見ながら、良治は君江と出会いそして一緒にすごした頃を思い浮かべた。

 下宿に移り住み暫くして、良治はテレビに映った細川時子を見ていた。今や霊能占師として、その系統の番組には売れっ子だ。占いを事業化して、会社経営も成功している。多少老けたが、若い頃の面影が目元や口元にはっきり残っていた。小さな一重の目がきりっとして、細い鼻と薄い唇が神経質そうな雰囲気を醸し出している。だが、昔と全く異なるのはその物言いだろう。昔は寡黙で物静かな女性だった。しかし今は毒舌を発揮し、はっきりとそして少し大げさに物を言う。おそらく、番組のデイレクターから指示されたキャラを演じさせられているのだろう。

細川時子と君江は同じ霊能者だった。二人は大学の仏教哲学科で出会い、意気投合して霊や占いの研究をしていたのだ。そのころ良治は物理学部で量子力学を学んでいた。 春のある日、良治が図書館で調べ物をしているとき、二人がやって来た。閲覧室は館の東側にあり窓の外には西日に当たった桜が舞い散り、レンガ色の校舎取り巻く塀を飾りつけていた。

「あのう……、石川良治先輩ですか?」

 君江が明るい眼差しで話しかけてきた。細川はもじもじとして大人しそうに俯いていた。良治が何だろう思って話を聞いてみると、霊と量子力学の関係を調べているので協力して欲しいと言う。突拍子も無い話だと思った。良治が霊のことは何も知らないし、信じてもいないことを伝えると、時子がその伏し目がちな視線で良治を深く覗き込むように、ぼそぼそと言った。

「石川先輩は子供の頃、両親を外国で亡くされていますね。今、先輩はご祖父母も亡くされて、天涯孤独の身の上です」

 良治は愕然とした。それくらいのことは事前に調べればわかるかもしれないが、そこまで調べる理由が在るはずと思ったのだ。傍らの君江がにこにこして良治の考えを見越したように言う。

「石川先輩! 私たち、先輩の事を前もって調べたわけではありませんよ。でも私には先輩が今、仏教哲学に興味を持っていることがわかります」

 君江の眼差しには不思議な既知感があった。いつかそんなことを言う人が現れるかも知れない予感が前からあったのだ。

 良治が学ぶ量子力学とは物質のミクロの世界のこと。エネルギーと物質の境目を探求する学問と言える。そして最近、君江の言う通りに、良治は仏教というものに惹かれていて何冊もの関係書籍を読んでいた。それは物質の究極のあり方が、不可思議とも感じたからだった。君江は良治の驚きにも爽やかな笑顔を返して続ける。

「信じるか信じないかは別として、私たち二人は霊感が強いのです。この霊感とはいったい何かを二人で研究していたのですが、それを解く鍵の一つが量子力学だという直感をもったのです」

 良治は話の成り行きにそのまま流されている自分に気づいた。

「父母を早く亡くし、祖父母も逝って今、天涯孤独、そして仏教哲学に興味を持っている。これは全て当たり。凄い霊感だね! でも、もう一つ、仏教の中で何宗に興味があるかわかるかな、お二人さん?」

 試すつもりは無かったが、そんな依怙地みたいな態度が出てしまった。時子がすかさず言った。

「先輩は禅に惹かれていますね」

 君江は続けて少し違うこと言った。

「原始仏教の本当の教えを求めているのね! それでチベットに行きたいとずっと思っていますね」

 良治は二の句が継げなかった。両方とも正解なのだ。良治は原始仏教の本当の真髄は禅の流れにあると考えていたからだ。そしてそのヒントがチベットに在ると考えていた。


 二人はとても態度の良い量子力学の生徒になった。お互いの授業の無い時間帯に合わせて、図書館や駅前の喫茶店、公園や時には良治の下宿で勉強会が始まった。これは良治が大学院に進んで、君江と時子が就職しても続けられた。そして、序々に仲間も増えた。君江と時子の友人が興味を持って参加するようになったからだ。良治の就職の時には数十名のメンバーがいて、大学在籍の後輩が空いた教室を借りられるようにサークル登録も済ませた。

 良治が霊能の理論を量子力学に基づき作り上げ、それを君江と時子が実験・検証したり、占いに当てはめたりしていた。その中にはユングの集合無意識にヒントを得た独特の占い法もあった。良治は占いと言うより、対面コンサルテイング法として考えていたのだが。

 しかし実際、二人の占いが受けて、殆どのメンバーはそれを目当てに集まって来ていた。やがて、メンバーは二つに分かれて行く。時子派と君江派だ。君江には派閥を作っているという自覚が無かったようだが、時子は違った。占いになると普段おとなしい時子が変身したように大胆になり、君江と張り合っているように良治は感じた。だから、彼女の占いは脅しや誘導がしばしば底に流れているように思えた。

「あなたの守護霊はあなたがこのサークルに参加することを喜んでいるのよ。あなたの運も開けると仰っています。さもないと……」

 新しい人が来ると、時子は目ざとく見つけて直ぐ守護霊の話をする。君江には時子のやり方が気になっていたのだろう。だから、君江は少し違った見方をしていた。守護霊もまた人の思いの一種。確かに祖先の思いを自分も感じる時があるが、それが霊として感じられるとき、それは自分の中の同じ思いに感応して生じると良く言っていた。それで良治の量子力学を学びたかったのだろう。君江は霊が霊自体で存在するとは考えていなかった。霊は限りなく存在に近い映像のようなものと感じていたのだ。

 決定的な事件が起こった。ある日、メンバーの集まる前で二人の議論が熱くなった。時子が霊こそ人の本体と主張するのに対し、君江は、霊は人の本体では無いとはっきりと強く否定したからだ。

「君江さん、霊という摩訶不思議なものが人の本体でなければ、それじゃ、何が人の本体なの?」

 時子はキッと君江を鋭い目線で捕らえ強く言う。周りはその時子の強い物言いに黙りこんだ。

「時子さん、霊は思いが凝り固まった何かなの。私にはまだ良くわからないけど、人の本体はもっと違うものだと思う」

 君江は正直に自分の考えを飾りもせずに言う。

「ではなぜ、私たちの霊感が人の過去や未来を垣間見たり出来るのかしら? 私たちの霊感は時として人を正しく幸運に導くこともあるでしょう」

 時子は霊というものに絶大の信頼を置き、霊に従って生きることこそ真実の生き方だと思っているのだ。それは時子に幼いころから霊能という感受性が宿った理由、恵まれなかった理由としたかったのだろう。

「霊は、過去の人も含めた色々な人の思いが綾なす織物だと思う。霊の言う事を受けるか受けないか、それもまた人の思いよ。私が知りたいのはその思いが何処からやってくるか……」

 君江は大学校舎の窓から、雪がちらつき始めた外を見やり、ゆっくりと良治を見た。良治は目でそうだと言った。しかし、占い好きのメンバーは殆ど、時子の肩を持った。

「君江さんの言う事は難しすぎてわからない! 私たちは霊能力でよく当たる占いをしてもらいたいだけよ……」

 メンバーの一人がそう言うと、他の皆が頷くような表情を見せたのだ。君江は少し残念そうな顔になり、部屋を黙って出て行った。暫くして、良治だけがその後を追った。良治の出てゆく姿を追う時子の表情に、多くを得て二人を失った無念さが浮かんだ。

 この頃すでに君江は自分の寿命を知っていたのだ。そして様々な人の思いの起点が何か、おぼろげな洞察を持っていた。良治は大学校舎を出て君江に追いついた。

「良治さん、やっぱり追いかけて来てくれたのね」

 長い髪の毛に白い雪が光っていた。大学校舎と道を隔てるレンガ色の塀の頭も薄っすらと白くなり、君江はコートの白い羽毛の付いた襟を立てて良治を見上げ、少し寒そうに、でも爽やかな笑顔を向けた。君江はサークルのことなど全く気にすることなく、何か別のことに気がとられているのがおぼろげに判った。

「一番優秀な量子力学の生徒を失いたくはないからね」

 良治がそう言うと、君江の笑顔が透明になったような気がした。

「良治さん、もっと前に言いたかったのだけれど……、言いそびれてきたことがあるの」

 君江はいつも突然突拍子も無いことを話し始める。 良治はその物言いが好きだった。そんな時の君江はいつも哀しみを笑顔に隠しているような儚さが漂うのだ。そして良治は小さな君江を愛おしく思う。

 君江はいつの間にか良治の腕に手を回し寄り添った。灯り始めた街灯の光りは、粉雪が舞う美しい陰影を道の先にずっと作っている。

「良治さんは私と出会って少し辛い道を歩むのよ」

「……君江と一緒だったら、どんな辛さも平気だよ」

 良治はそう言って、唖然とした。それは告白でもあるしプロポーズだった。良治の顔を君江は見逃さず、微笑んで良治の腕を強く抱きしめた。良治は突然、世界の中に君江と自分しか居ないのではないか、そんな高揚感に包まれた。君江の反応が心から嬉しかったのだ。

「良治さんと私に……、女の子が生まれるのよ。その子が大きくなるとね。時子さんと出会うの。その時まで、きっと時子さんは迷いながら歩むのね」

 君江は少し俯いて道に落ちてすぐ解ける雪を見つめ、静かに言った。良治は君江がどこか遥か遠くを見ていること知っている。そして必ず実現することも。君江は類まれな霊能者なのだ。彼女は普通の人が見なくても良い、知らなくても良いことを全て受け入れていたのだ。自分の死さえも……。良治は当時ぼんやりしていた君江の気持ちが、今なら痛いほどわかる。しかし、その時の良治は君江の深い言葉に入ってゆくことは無かった。事実だけが嬉しかった。自分と君江が結ばれて子供が生まれる。君江の言ったことは良治の心から望んだものだったから。

 粉雪が舞い街灯が照らす人気の無い路上で、良治は君江を抱き上げた。

「ぼく達に女の子が生まれるんだね」

「ええ……、愛子と名づけましょう。石川愛子」

 良治の腕に抱き上げられた君江はとても軽かった。


 時子を写したテレビ番組はいつの間にか終わっていた。テレビを消し、良治は黄ばんだ一冊の日記帳を机の上に置く。窓の外を見やるとちょうど小雨が振り出した。小さな公園で遊ぶ子供達を呼び返す母達の声が聞こえる。公園はやがてしっとり濡れ、誰もいなくなり静けさがやって来た。同じように、君江に対する悲しみは何時しか切なさに熟成し、良治に落ち着きをもたらした。良治は日記帳を開く。開いただけでただ静かな涙が溢れた。


―― 一月十日

  良治さんが私を抱き上げてくるっと回してくれた。その時、私は粉雪になったような気がした。良治さんの中にもうじき溶けて行く粉雪。今、君江はとっても幸せ。ありがとう、良治さん。

 でも良治さんはきっと、私があなたの子供を作りたいと思っているかもしれないな。そうだとしたら、なんて私は積極的な女なんだろうと思っているかな? きっとそうだろうな。「良治さんと私に女の子が生まれるのよ」なんて言っちゃったもの。これじゃまるで、私が良治さんにプロポーズを催促したみたい。

 でもこれは本当の事。私にはっきりと見えた未来。愛子という私達の子が生まれ、私と良治さんの後を継ぐ。時子さんとも深い縁がある。そして私が掴んだこの胸の切ない虚空を人々に分かち与えられる人になるの。このことが大事。もっと思いのことを書いておかないとだめだなあ。時子さんに説明できなかった世界を良治さんと愛子にちゃんと残しておかないと。人の色々な思いはね。愛が基になっているって。霊も当然その思いの一種なんだな。


 良治は時の経つもの忘れて君江の日記を読み続け、気がつくと小雨は少し強く降り始めていた。日記を閉じると、雨音が静かに良治の心に染み込んでくる。暗い空を写した水滴のくっついた窓ガラス。窓の外の公園はもう濡れて濃い灰色になっていた。

 あの事件の後、君江と良治は自然とサークルから足が遠のき、待ち合わせて行き帰りはいつも二人一緒、合わない時は駅前の喫茶店で時間を潰すことが多くなった。良治はいつものように一人で君江を待っていた。本を読みふけっていると、正面に黒い影がよぎった。良治は君江が来たものと思い込み、微笑んで顔を上げると、そこには時子が良治を見下ろしていた。

「良治さん、ちょっとお話があるの」

「なんだい? 時子」

 時子は意を決したかのように真剣な眼差しだった。出会ったばかりの頃は、どちらかと言うと君江の明るさの影に隠れて、大人しくて控えめな女性だったが、時子はどんどん変身して行った。

「あなたは君江さんを選んだのね……」

「選ぶ? というよりね……、ぼく達は結婚するんだよ」

 良治は正直に言った。二人で過ごした時の長さがもたらした自然な結論の一つだと思ったのだ。

「そ、そう……」

 時子は少し戸惑ったようだった。結婚という言葉が唐突だったかも知れない。いつも三人いっしょでいたから、君江と良治が二人でそんな親密な関係になれたことが信じられなかったのだろう。良治でさえ、そう思ったのだから。時子は君江との霊についての言い争いに、良治が君江を選んだことを詰ろうとしていたのかもしれない。だが、良治の答えはそれを超えた。時子の真剣さが動揺に変わって表情が歪んだ。

「な、なんだか突然の話で担がれているみたい」

「ははは、そうだね。突然だけど冗談ではなくて、ぼくの本当の気持ちが実現したんだよ」

 良治は出来るだけ明るく伝えようとした。だが、時子は苦味を噛んだように言った。

「私を一人にするのね!」

 良治は虚を付かれてとっさに返事が出来なかった。時子が何故一人になるのかがわからなかったからだ。時子は暗い笑みを浮かべた。

「私も良治さんが好きだった……」

 時子の恵まれない幼少時代、父の酒乱がもとで母が失踪していなくなり施設に預けられて育ったと、時子から聞いたことがある。施設でも学校でも、その霊能力が気味悪がられて孤独な子供だったそうだ。

 ある意味、君江もその感受性の強さで、周りに溶け込めずに疎外された学校生活を送ってきた。そして二人が大学で出会い、その共通点が二人を結びつけたのだ。君江が霊能力を客観的に扱えるのに対して、時子のそれは主観的で自分の生い立ちに対するコンプレックスが隠されていたかも知れない。

 良治は寡黙な時子にいつも明るく接した。自分の過去を語って、時子一人が恵まれないのではないと言った。前向きに道を開いて生きることの素晴らしさも語った。

 そんな時の時子は、目を少し潤ませて良治を強く見つめた。良治はその視線が自分に対する好意だったと今にして思う。

 時子は目元が潤み、そしてそれを無理に捻じ曲げて言った。

「だから君江さんには絶対負けたくなかった。……」

 机に置かれた時子の手のひらが強く握られている。

「今、良治さんが憎らしい! 君江さんはもっと憎らしい!」」

 時子は顔を歪め、がたっと椅子を鳴らして立ち上がり、出口へと駆けて行った。


 時子は二人を避けるようになり、良治と君江はそれきり時子と話すことは無く、別々の道を歩いて来たのだ。 時子がサークルを会員制にして会費を集め、もはやサークルとは呼べないほど団体化しているという噂は聞いた。君江は少し哀しそうな諦めにも似た表情をしたけど、何も言わなかった。時子はやがて、組織を会社化して占い事業へ本格的に乗り出し、昇竜のように成功の道を歩んで行ったのだ。

 時子はかつて君江の親友。そして時子は良治が好きだったと告白した。にも拘らず、良治が君江と結婚すると伝えた瞬間から、その友への思いも恋心もあっという間に憎しみに変わった。時子を捉えたのは、君江との競争意識、そして敗北感、良治の愛が得られない失望、それらが混ざって時子の心に嫉妬と憎しみを作り上げた。良治はそのプロセスが今なら良くわかる。君江の日記にもあったからだ。


――人の心は愛で出来ている。愛は丁度どんな感情にでも化けられる理想の材料だ。ちょっとしたきっかけがあれば、例えば大好きな良治さんが時子さんと親しく話しているとき、私の心に嫉妬が起こる。それは化学変化みたいに正確に起こる。どんなに隠しても心の中では、良治さんの私への愛が減ったように感じて、本当は減りもしないし増えてもいないのに、愛が変形して嫉妬になる。そしてその嫉妬が報われなければ、愛は憎しみに変質する。でも、その基になっているのは愛なのに。それに気づくこと。愛が変質するプロセスも、変質の基になっているのが愛だと気づいていること。どんな感情も元々は愛なのだから。

――最近、霊も愛の変質したものと思える。私がこれまで見てきた霊は皆、人の思いが複雑に絡んで生まれてきたものだと考え始めた。良治さんから教わる量子力学を学べば学ぶほど、強くそう思う。

――やっぱりそうだ。記憶の再現性と創造性が霊の鍵だ。そして霊は占いにも深く関わっている。占いはユングの集合無意識に関わっている。


 良治は時子の嫉妬が憎しみに変わるのを目の前で見た。その時は嫌な感じがしただけだったが、今思えば、愛の減少感と君江が指摘している通りだと思う。

 本当の愛はもっと自由で縛られずに、全てを受け入れる完全な受容性のことではないか。君江の日記には愛を海に例えた別の部分もあった。それは愛子が生まれて育児に勤しむ頃の日記だ。


――愛はまるで海。人の感情はその海の下を流れる見えない海流と言えるかな。海流は支流も作る。そして海は荒れて波が逆巻くときもあるし、湖畔のように静まるときもある。人の感情は様々。日々の小さな感情は波や潮の干潮に例えられる。怒りや憎しみ、嫉妬は海流のように愛の中を流れているに違いない。でもそれは、愛が存在するから生まれることが出来る感情。

――親が子を叱る。怒る。これは愛子に気づいて欲しいため。それをしたら危ないの。熱いお湯をかぶったら火傷するから。だから怒るの。これも愛が変形したもの。

――テレビでやくざが普通の人を殴るシーンを見た。殴られたら当然怒る。でも何故怒るの? 自分が傷ついたから? 自分の存在を無視されたから? 殴られたらだれでも当然怒るのが自然。でもその当然さの理由は? 殴られたところが痛いから肉体が自然に反応しているの? でも殴られた瞬間は余り痛みを感じないはず。それよりも理不尽さに腹が立つのよね。どうしておまえはそんなことするの? 信じられない! それが先にたつ。同じ人間なのにという思いがあって、人が人を殴る愚かしさに腹が立つから。人に戻りなさいという怒りだと思う。

 

 良治は君江の日記を閉じ、窓の外を見る。いつの間にか外は土砂降りに変わって、ザーッという雨音が聞こえる。もう夏も終わりに近い。良治は君江の日記を大事にカバンの奥にしまい、今日は濡れて帰ろうと思った。


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