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「人生なにが起こるかわからんものだなぁ」
今までの人生で何度も思ったことだが、振り返ってみると本当に不思議な人生だよなぁと、感慨深くなる。
始まりはなんだったか……
俺はゆえあって死んだ、のだけど、何故か生きていた。
いや、違うな。
輪廻転生とかそんな感じ? どうも前世の記憶をもって生まれ変わってしまったようなのだ。
不思議な事もあるものだ。
前世は21世紀で日本人をやってたんだが、別に何度も転生して苦しまなきゃならない程の業を背負った覚えはないし、逆に善行や修行を積んで魂の格が上がったりとかをした訳ではない。
一体全体、なにゆえに俺が輪廻転生したのかはわからんが、難儀なことよなぁ、と思ったものだ。
赤ちゃんとして産まれた頃に。
赤ちゃんの頃から分かっていたが、どうもここは21世紀の日本じゃないらしい。というか、21世紀ですら無い気がしていた。
自動車もテレビも見た事なかったしな。
街並みがなんとなく、レトロな感じではあるが原始時代なんかとは違って、ある程度の文明はあるようだとわかった。
最初はタイムスリップした上での転生かな、と思っていたのだが、どうもここは俺の知る地球じゃないんじゃないか? と気づいたのが7~8歳くらいの頃。
古代ローマのようでいて、違うような、そんな気がしたのだ。
言葉が日本語じゃないから、覚えるのは難儀していたのだが、それでも何年も子供をやっていれば何とか覚える事には成功して、同年代の子供たちやその家族、塾の先生などとの交流を経て、なんだかここは大昔の地球らしくねーなー、なんて思い始める切欠になった。
前世の日本に比べりゃ比べるべくもないのだが、それでも大昔の地球にしては妙に快適なのだ。
しょぼいながらもお風呂があるし、日本ほど清潔じゃないんだが我慢できんほど不潔ではないし。生まれ変わってからの暮らしで慣れただけ、って部分はあれど。
あと極めつけ、になるか知らんがどうも名前の命名方式が、変な気がする。
俺の名前はタロウで、別にそれが周りから見て珍しい名前でもなかったりするから。
まぁ俺の生まれた場所が、過去の地球か、あるいは遠い未来で文明が崩壊の後に再発進した未知の新文明か、地球から遠く離れた地球によく似た惑星か、あるいは異世界なのかは知らんが、どうでもいい事だろう。
俺程度が考えて分かる事ではない。
そう思って過ごしていた。
で、成長して15~6くらい、だろうか。
そのくらいが既に成人したと言われるが、職に入ればまだまだ見習いでもある、中途半端な年代。
俺は農民の元締めとでも言うか、まぁそこそこ楽な、だけど収入はイマイチな仕事を選んでいた。
地球の文明と違ってこの世界、基本的にきつい肉体労働は給料が良く、体力をあまり使わない頭脳労働は給料が低くなっているのだが、楽だしね。
文明がそこそこ栄えているとは言え、一般市民の個人レベルの計算能力やらは基本的に低く、その程度のオツムでできる頭脳労働で得られる収入は少なくて良い、というのが暗黙の了解なのだ。
俺は前世から面倒臭がり屋なので、少しでも楽を出来るのならこれでいいやと思ってしまうタチだった。そこはきっともう死んでも変わることはあるまい。
豊かでこそないが、基本的に楽で体力に余裕のある暮らしをしていたからか、ある日俺は、余計な事を始めてしまった。
きっとそれが今の状況の起点。
俺の住んでた場所の近所では、ボクシングに似たスポーツ、拳闘が流行っていたのだ。
地球のボクシングに比べれば、洗練されていない泥臭い殴り合いの喧嘩、みたいなものだがやる方も、見る方もそれなりに熱狂するスポーツ。
ギャラリー間での賭けも盛んで、選手も勝てばそこそこの小遣いが手に入る肉体労働、みたいなものだったけど、俺自身は参加しようとは思いもしなかった。
面倒臭がり屋なだけでなく、痛いのも嫌いな痛がり屋だから。
しかし弟のジロウはとてもそれに熱狂していて、でも弟は弱かった。
負けん気があって、同年代の中では背は高いけど、体が細くてパワーがないので中々勝てないのだ。
そんなジロウに、勝てるようにアドバイスしてやろう、と、そんな事を言ったのが、始まりだったのだろう。
俺より3つか4つ下のジロウはまだ成人して仕事を選んだりする前の段階だったが、出来れば拳闘を職業にしたいなんて思ってるらしいが、ジュニアリーグ的な、成人前の子供同士の試合での勝率が低い奴が拳闘を職業に選んじゃいけないのが暗黙の了解でもあって、焦っていたらしい。
兄弟なのに普段はあんまり話もしてなかったし、そもそも拳闘をやった事もない俺の言う事だが、ジロウは藁にもすがる気持ちで俺のアドバイスを受け入れた。
もっとも、アドバイスだなんて言っても俺は前世でボクシングをかじった事はない。プロの試合だってテレビで見た回数が数回有るか無いか、だ。
だから俺のアドバイス元の知識は、漫画で見たボクシングの付け焼刃みたいなもの。
とりあえず良くわからんなりに、ロードワークや縄跳び、腹筋なんかの筋トレをジロウにやらせて見た。その間試合をしないように、と言い聞かせて。
近所の子供達からは、ジロウもようやく拳闘を諦めたみたいだけど、なにか変な遊びをやってる、というようにしか見られていない中、ジロウはよく頑張っていたと思う。
漫画知識で
「脇を締めて構えよ」
「拳は普段は軽く握って、当たる瞬間だけ固めれば良いのだ」
「パンチは出しっぱなしではなく、出したら引っ込めるのだ。拳の接触時間を短くするのだ」
「顎だ、顎を狙うのだ」
「左は距離を測るのに使って、隙ができたら右を振り切るのだ」
「足は軽やかにステップを踏んで、常に自分の左のパンチの先っちょが当たるかどうか、ギリギリの距離をキープするのだ」
「大地を蹴る格闘技なんだァ~~~ッ」
などなど、いい加減なアドバイスをして、名コーチ気分に浸って2ヶ月。
そろそろ練習の成果も出るだろう、やって来い! と無責任にジロウを送り出したら、本当にジロウは勝った。
勝って勝って勝ちまくった。
町内のジュニアリーグで一番強かったカツオくんにも勝ったのだから驚いた。
そんなジロウは、勝てるようになったのは俺のおかげだと、勝って手に入った小遣いの一部を俺にくれるようになった。
それは、ジロウが成長して、プロの拳闘屋になってからも続いた。
数年後。ジロウを強くしたのを見込んで、俺も強くしてくれ、と言ってくる連中が増えた。
俺の知識は中途半端な漫画知識の付け焼刃だっていうのに。
それでもハッタリと、どうせやるのは自分じゃないからということで、色々な練習を教えてみたり、体型に合わせてインファイトがいいんじゃね? アウトボクシングがいいんじゃね? なんてのを試行錯誤してみたら、俺の教え子? みたいな連中の多くは強くなった。
俺の言うことを胡散臭いと見抜いて、あんまり真面目に練習しない奴が強くならなかったりするもんだから、皆はますます俺の言うことは正しい、なんて思い始めて。
勝った連中は小遣い、ファイトマネーの一部を俺にくれるようになったので、本業の給料は安くとも、良いバイトが見つかったものよと気楽な気分。
そんな日々の中、ジロウは近所どころか、町一番、都市一番、国一番を決める拳闘大会をサクサク勝ち進め、なんと優勝してしまう。
たくさんの国の代表選手が参加する、国際大会ですら優勝したのだ。
その大会の表彰台で、ジロウは強さの秘訣を尋ねられ
「兄ちゃんが弱い俺を強くしてくれた。一番の恩人は俺を産んでくれた親だけど、それと同じくらいに、鍛えてくれた兄ちゃんも俺の恩人だ」
なんて答えやがった。
そのせいで、俺は俺の住んでた地方を治める領主の人に呼び出されてしまう。
細かい貴族のシステムや階級なんかは省くが、俺を呼び出した人は貴族の中でもすごく偉い貴族だというのが分かればいい。
とても身分が高く偉い貴族の人である領主は、俺の拳闘選手の育成技術はすごいなぁと一頻り褒め称え、拳闘選手のトレーナーという職業をやらないか? と勧めてきたのだ。
個人的に、そんな真新しい変な職業より、給料こそ少ないけど、そこそこ楽で安定した普通の職業が好きだなー、と言ってそれとなく拒否しようとしたのだが、やたら暑苦しく熱心に拳闘トレーナーを勧める領主のゴリ押しに負け、俺はついに、我が国初の、拳闘トレーナーになってしまった。
我が国は拳闘が弱く、国際試合ではいつも初戦敗退で、王様を始め国の貴族たちは、なんかは恥ずかしがっていたらしい。
そんな国際大会で、怒涛の連勝、しかも優勝決定戦に至っては、一発の被弾もなしに完全勝利を納めたジロウはまさに国の救世主。
そのジロウを育てた俺なら、国際チャンプをガンガン量産できるはずだ! と、国に目を付けられてしまったのだ。
数年後、本当に各階級でのチャンピオンが量産されることになり、一番驚いたのは、もちろん俺だ。
前世の漫画で見たなんちゃってボクシング知識スゲー。
領主から直々に国家公認拳闘トレーナーの職を仰せつかった俺は、実家を離れ、領主の目の届くところに住む事になってしまい、それから頻繁に顔を合わせる事になった。
拳闘トレーナーをする傍ら、時々俺の仕事ぶりを見にやって来る領主との世間話の中で、時々政治的な愚痴を聞かされることになり、時々、前世の漫画やらで見た知識をもとに、こんなんすれば? あんなんすれば? というアドバイスをしてしまった。
いや、正直に言えばアドバイスでもなんでもなく、世間話の延長、ちょっとしたバカ話のつもりだったんだ。
町の治安が良くないなー、なんて言われたら、意図的に治安の悪い区画が出来るようにして、ガラの悪い奴らはそこに集まるようにしながら、区画のリーダーを自分たちの息のかかった人間にやらせる事で、犯罪をコントロールしてみたら? とか。
セクキャバとか作ってみたら? とか、貴族向けの高級娼婦いいよね、とか。
その他、領主の愚痴に対し適当にあしらう気持ちでバカっぽい提案をすれば、俺に呆れてあんまり近づかなくなるんじゃないかなー、と期待して。
それが良かったのか、良くなかったのか。
気づいたら俺は貴族になっていた。
なんでも、国際大会で優勝する拳闘屋の量産に始まり、都市の治安向上、外国の要人を満足させる接待方の提案、その他、様々な功績が加算され、タロウを貴族にしなければ誰を貴族にする! とまで言われるようになってしまったらしい。
その事態に一番驚いたのは、当然俺だ。
さらに10数年後に外国との戦争。
その戦争に対し、以前から領主との世間話の一環での兵隊の育成法、戦場での戦術、などなども机上の空論以下の、漫画知識やゲーム知識なんかを適当に語っていたのを、領主が本当に実践していて、何故か俺が育てた事になった軍団は、戦場でもすごい力を発揮し、連戦連勝してしまった。
「戦争なんて一回起こったら、中途半端にやめてもどーせ恨まれるんだから、もう勝てる時は一気に征服しちゃった方が後腐れなくて楽かも知れないっすねー」
なんて、もはや漫画知識でも何でもない無責任なたわ言。確かに酒の席で言った事が有るかもしれないけど、そんな事まで実践されて、俺超ビックリ。
制圧した国は、外面では属国扱いじゃなく、そこそこ力のある貴族が治める小規模の独立国にして、内面では仲良く連携取れば良いんじゃねーのー? みたいな事も、確かに酒の席で言った事もあるけど、本当にその案が実行されて、その独立国の国王として選ばれるのが俺になるなんて、想像できてたまるか。
マジでビックリだよ。
新国王が即位、とか言っても、俺は元外国の一般市民で、しかも何故か表向きには俺がこの国を戦争で負かせた張本人、みたいな扱いになる、原因中の原因。
もう、この国の国民全員から恨まれまくりだろうなー、そんな針のムシロみたいな中での王様生活なんて出来る気がしねえ。
内実が、王様に見せかけて、祖国の地方領主的な存在で、いざという時は馴染みの領主を始め、祖国の貴族が助けてくれると分かっていても、国内ではすごく嫌われての王様生活は辛いなー。
そんな風に思っていた頃が、俺にもありました。
「新国王、タロウさまバンザーイ!」
「ターローウ! ターローウ!」
「クソッタレの圧政をしてた前王を排除してくれてありがとー!」
なんか知らんが大人気すぎるんですけお……
「実績のあるタロウさまの治める国なら良い国になる事間違いなしだべ!」
「うちの国からも拳闘チャンピオンが産まれるかも知んねえだ!」
「目出てえ! 目出てえ!」
いやもう……本当に……人生、何が起こるかわからないもんだね。
ただの横着な怠け者の一般市民が、なんでか知らんが一国一城の主ですよ。比ゆ表現じゃなく、本当の意味で一国の主。
もう、ただただ、流されるように流されて居着いたこの椅子に圧倒されるだけの日々。
そんなある日、領主を引退して俺の相談役になった、元・領主さんが言いました。
「タロウ、いえ、国王陛下。この国で力を蓄え、次はいよいよ祖国を、そしていずれは周辺国家を平らげるチャンスがやって来ました。一気に行きましょう」
え?
「我が軍の士気は高く、志願兵たちもまた、高い士気をもっています。10年、いえ5年以内には元、祖国を滅ぼせる軍隊に育ててみせます」
え?
「その後の事もご心配なく。周辺国家の軍、貴族たちへの根回しも現段階で7割は済んでいます。そう遠くない未来に、この世界は陛下の威光に屈することとなるでしょう」
え~?
なにこれこわい。
何が怖いって、なんか本当にそうなりそうなのが怖いよ。
てか上司、ていうか俺より相当上だったはずの領主さんが、いつの間にかに俺の副官みたいな事になってるし……ジロウとかも、拳闘チャンピオンから、いつの間にかに国王……俺の近衛兵の隊長になってたり……
「人生なにが起こるかなんて、本当にわからないものだなぁ」
感慨深く、そうつぶやく事しか俺にはできなかった。