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Ragnarok  作者: イロハ
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「おーっほっほっほ!」

 廊下に響き渡る笑い声。

 その声音の持ち主を睨む、囚われの少女。


 ――槇下結未華は開始早々、仙桃寺綾子の手によって牢屋に放り込まれていた。

 綾子の属性は毒らしく、その牢屋の鉄格子一つ一つが古代紫色に妖しく光る液体に塗れていた。

 簡単に触ることも出来ず、結未華の脳内は焦っていた。

「華未結、何か良い方法ないのかよ!」

『毒は焼き払ってしまうのが一番でして……。私達じゃどうにも太刀打ち出来な――「だああっ! 不便な属性だな!」

「……二重人格、というのは本当でしたのね」

「うるせえ。こっから出たらぶっ殺して……」

「それは不可能ですわ。貴方はここから出られず、数々の暴行事件により留置場行きになるのですから!」

 高笑いが校内に響く。周りの生徒にはいい迷惑である。

 結未華は睨みをきかせるが、綾子には何の効果もない。

 正義を重んじる彼女が所謂「悪」に屈する事はないのである。

「<古に溢れしものよ、炎の血のもとに燃やせ>、<火魂>」

 鳥が飛ぶように飛んできた火の玉。

 それが毒の牢屋に点火されると、あっという間に牢屋は焼き払われた。

 自由になった結未華は、声の聞こえた方向を真っ先見た。

 伊江識恋空が歪んだ笑顔でそこに立っていた。

「あっれー? 結未華先輩、何で犬なんかに囚われているんですかぁあ?」

「恋空! お前、良い度胸じゃなねぇか。犬の前に始末してやる!」

「お、お止めなさい! 騎士団内で諍いなど、――」

 結未華を挑発する恋空に、それに乗ってしまう結未華。

 そして仲裁する敵。

 非常に可笑しな図である。


 結未華の怒りの矛先は完全に恋空に向いている、誰もが思った。

「お前とあたしで巨大な音を響かせようじゃないか!」

「……それは居眠りする人が起きるほどの?」

「は、――」

 意味不明な結未華と恋空の会話の応酬。

 その意味がよくわからないでいる仙桃寺綾子。

 そう、わからなくて良いのだ。

 二人のみが知る簡単な合図。


『<古に溢れしものよ、炎と音の血のもとに奏でよ>、<驚愕(U"berraschung)>』

 視線を合わせて語る<永遠詩>。

 綾子が詠唱に気づいた時は既に遅かった。

 音と炎が奏でるハーモニー。

 静かに燃え広がる炎が、急に大炎上する。

 炎は綾子の身体を蝕む。

 腕から伝った炎は身体全体に広がっていく。

 綾子は炎による壮絶なる痛さに踊り狂う。

「ああアアアアアア!!」

 絶叫。

 綾子の周りに残り火が纏わりつく。

 綾子がEKを解かなければ永遠と燃やされるままだ。

 不運にも体力が微量残っており、焦熱地獄から退場することは出来なかった。


 やがて炎は治まり、廊下に倒れた綾子は地に這い蹲りながら結未華を睨んだ。

 形勢逆転である。

「……まだ、負けてませんわよ」

 自分の身体を引き摺り、荒い息遣い混じりにそう呟く綾子。

 僅かでも自分の体力が残っている限り、綾子は負けを認めないだろう。

「もうお前に勝ち目はねぇ。――<古に溢れしものよ、音の血のもとに眠りを>、<Wiegenlied>」

 結未華がそう唄うと、綾子は眠りに落ちてしまう。

 音には様々な効果があり、全てが全て戦闘に使うようなものでもない。

 唄い終わった結未華に恋空が近寄る。

「結未華先輩ってぇー案外優しいですよねー」

「は」

「だってほら、とどめささなかったじゃないですかー。私なら絶対燃やしてましたよ」

「瀕死の奴とやる程落おちぶれちゃいねえ」

「へぇー……」

 槇下結未華を優しいと評価する人間は多くいない。というか限りなく零に近いだろう。もしかしたらそう評したのは恋空が初めてかもしれない。

 結未華は褒められて嬉しいという素振りも見せず、恋空の前を去ろうとした。

 しかし、「あ」と声を漏らした声に思わず結未華は振り向いた。

 恋空の手に溢れていたのは三本の旗。

「東兄妹どこにいるんでしょーか」

「知るか、そんなもん」

「ですよねー」

 恋空は「それでは」と軽く結未華に挨拶をすると、EKOである東兄妹を探しにどこかへ消えてしまった。

 結未華は恋空の後姿を見て重たい息を吐いた。


 結未華は恋空の様な生意気で今時どこにでもいる様な小娘が嫌いで苦手だった。

 一年生ながらも「Eternal・Rain」に選ばれた異端の娘、伊江識恋空。

 味方ながらも怖ろしい奴と結未華は踏んでいた。

 それと同時に、戦ったらどうなるだろうかとも考えていた。

 きっと素晴らしい惨劇が待っているだろう。

 結未華は綾子の毒にやられた傷跡を舐め、「くっくっくっ」と喉を鳴らして笑った。

 戦場に立つ悲鳴奏者、槇下結未華。強きを好むその性格は後々取り返しのつかない事になるかもしれない。



 * * *



「妃央せんぱああああい!」

 勢い良く妃央の背中に体当たりしてきたのは伊江識恋空だった。勿論、悪意はない。

 妃央は突然の突撃の衝撃でその場に倒れる。

 しかし全く反省のない伊江識恋空は嬉しそうに話し始める。

「見てくださいよぉ! 旗二本ゲットしましたぁ!!」

「それはよくやった……が、まずは謝れ。詫びろ」

「あ、すいません。えへへー」

「EKOならそこにいるぞ」

「あ、本当だー。恭子ちゃーん、旗ぁー!!」

「は~い。これで「Eternal・Rain」が四つ。「正義の門番」が一つという事で~「ER」の勝利ですね~」

 東恭子がホイッスルを咥え、開始と同じようにホイッスルを鳴らす。

 校内に響き渡る終了の合図。


「<古に溢れしものよ、闇の血のもとに誘え>、<Botis(ボティス)>」

 そう東恭子は唱えた。

 すると、蛇の形をしたいくつもの影が、地を這い蹲り、四方八方へ消えていった。

「これってぇ、どうなってるの?」

「ゲームの参加者に結果を教えてくれる優れものなの」

「なるほど、便利だな」

「これにて今回のゲームは終了しました~。この結果は後日、本部へ送られます。これからも頑張ってくださいね~」

 では、と言ってから一礼した東恭子は廊下をぱたぱたと走って消えてしまった。

「仕方がない。授業へと戻るか」

「えー面倒臭いですぅ」

 恋空が駄々を捏ねていると同時に遠くから走る足音。

 段々と近づいてくる影の正体に妃央は直ぐ確信を持った。

「柏真、」

「げえっ、柏真先輩」

 金色の髪と目をした、平均よりやや低めな身長の青年。高種柏真。

 恋空は嫌味っぽく柏真に対して露骨な表情を浮かべる。

 そして空気を読んだかのように後退りし始める。妃央に対して笑みを作りながら。

「じゃあ~私、行きますね。妃央先輩、さようなら!」

 そう早口に言うと、一目散に廊下を駆けていった。

 よっぽど早くこの場を立ち去りたかったのか、階段を駆け上がる音までもが遠くまで響いた。

 妃央は困ったような顔で軽く溜め息を吐いた。

「で、旗は見つかったのか」

「あー……一本だけ」

「……まあ、私も旗を見つけておらぬわけだから、偉そうな口は叩かぬ」

 妃央は柏真に背を向けたが、話は続く。

 語るように言葉を並べ始める。

「よくもまあ、覚えていたものだ。とっくに忘れ去られていたものだと思っていたがな」

 柏真は逆に妃央が覚えていて安心した。

 自分だけ思い出して焦っていたら馬鹿という言葉が似合いすぎる。

 妃央は珍しく柔らかい笑みを浮かべ、微笑む。

「お前こそ、よく覚えてたな」

「当然だ。約束というものを安易に忘れるほど低脳ではないわ」

 しかしその口から出てくるのは毒性の強い言葉。

 昔からこういう性格だというのは柏真も十分熟知している。

「改めて言おう。――私を神にしてみせろ。神座に座らせてみろ」

 柏真の方へ向き直り、真剣な眼で過去の約束を今、この瞬間に蘇らせる。

 端から柏真もそのつもりだった。

 妃央との約束は数知れず。その全てを果たすと誓った。

 約束事を破るのは嫌いな柏真だ。約束を果たす覚悟は、とうの昔にしていた。

 再度、約束を交わし、力にしてみせようと心から柏真は思った。


「やってやるよ」



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