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Ragnarok  作者: イロハ
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 夜中に光るテレビ。

 ぼーっとそれを眺める高種柏真。

 散らかった室内。テーブルには食べかけのスナック菓子とペットボトル。

 光るテレビはつまらないニュース番組を映している。

 普段、柏真はニュースをあまり見ない。そして夜更かしもあまりしない。

 しかし柏真はどうしても眠れなかった。

 妃央やはじめから言われた目的について。答えは見つからない。

 ただひたすらに悩み、考え込む。

 妃央を負かしたい。今もその気持ちはある。

 けれど、――何か忘れてはいないだろうか。


 人間の三大欲求には勝てないもので、柏真は欠伸をする。

 いい加減床に入るか。そう思ってテレビを消そうと思い、リモコンを手にした。

「臨時ニュースです」

「先ほど、神の軍団のマスター、雷神からラグナロク開戦に当たる声明が送られてきました」

「以下の通りです。ご紹介します」

 ぴたりと動きを止める手。

 じっと見入る。

 「神の軍団」はラグナロクにより選ばれし最大にして至高な頂点の騎士団である。

 その正体は全て謎に包まれており、声や姿は神に挑む挑戦者しか聞いたことがないという。

 最も、今の神になるまでは神の情報ももっとオープンであった。

 ここ十数年前に生まれた柏真たちは神の軍団の正体も知らない。

 何故ならば、今の神の軍団の情報が書かれた書物は全部処分されてしまった。

 いくら神の軍団を知ろうとしても、その情報源は一切存在しない。

 神の軍団が語られるのは神の軍団が出した声明文などだけだ。


『ラグナロクまで後一日となりました。全国の騎士の皆さん、如何お過ごしかな。私達、神の軍団は君たちが私達を超えてくれることを願っている。次世代に新しい風が吹くように。神の軍団・マスター、雷神』

 放送現場の映像に戻ると、キャスター達が神の軍団について話を始めた。

 誰も知らない。憶測の神。

「この文章はいかが読み解きますか、黒田さん」

「そうですねー……。挑発のようにも見られますし、単純に退屈、という意思表示なのかもしれません」

「今年のラグナロク、なにか神の方々が喜ぶような波乱の展開があることを期待しましょう」

「はい、そうですね。――以上、臨時ニュースをお伝えしました」

 ニュースを見終わると止まっていた手でリモコンを操作し、テレビの電源を切る。

 気が抜けた様にソファにもたれ掛かる。

「神を目指したことも……そういえばあったな……」

 ぽつりと呟く。

 忘れていた過去の夢。

 今、その夢に向かって少しずつ前進しているというのに。

 当初の夢すらも忘れてしまっていた。


 明日からの大戦・ラグナロク。

 果たして自分達如きが勝ち上がることが出来るのだろうかと柏真はチーム結成時からずっと悩んでいた。

 確かに「Eternal・Rain」は強者ばかりだ。

 恵まれた才能を持つ女支配者、泡良妃央。

 闇の八咫烏と光の白烏、光如月と光睦月。

 孤高の悲鳴奏者、槇下華未結。

 真の天才魔女、棺乃深早。

 嵐を巻き起こすジョーカー、一一一。

 炎を纏った異端の娘、伊江識恋空。

 思い上がるのはそれぞれ才能を持つ仲間達。


 自分は何故選ばれたのか?

 二学年の雷属性の中で一番強いという自負はある。

 しかし、全属性を合わせた生徒の中で上位八人に入るかと言われればそれは違うと思う。

 「Eternal・Rain」には炎水雷氷風光闇音魔を持つ人間がそれぞれ居る。

 だが他にも属性は存在する。地毒癒の三つ。

 チームバランスを考えて理事長は自分を選んだのだろうと思う。思いたい。

 バランスを考えたという事は強くても捨てられた人間がいるということだ。

 自分がチームに居ていいのだろうか。

 そんな思いばかりが駆け巡る。

 マイナス思考なくだらない思い。

 妃央だったら絶対そんな事は思わないだろう。


 ピリリ――。

 携帯が音を鳴らして振動し始めた。

 液晶画面には「泡良妃央」

 中学生の頃からお互いに変わらない電話番号。

 ドキマギした気持ちで携帯をとった。

「もしもし……」

「私だ。妃央だ」

「……何だよ。電話でも俺のこと馬鹿にする気か?」

 喧嘩腰な柏真に妃央は電話越しに溜め息。

「そういうわけではない。先ほどのニュースは見たか?」

「……ああ」

「お前の騎士としての目標は何だ」

「…………」

 目標を見失った今の自分。

 どう答えればよいのか、思いつかない。頭が真っ白になる。

「答えることが出来ないか」

 妃央は続ける。

「目標を見失えば力は衰え、数多のものに差をつけられる。最初のうちはこの私を目標にしても構わないだろう。しかし、私達は同じオーダーの仲間であり敵同士ではない。私を憎むなとは言わないし、好めとも言わない。ただ過去にお前もそうであったように私の目標は神になることだ。これが最後のチャンスかも知れぬ。だから、私はお前に振り返らない。それだけは伝えておく」

 妃央の並べる真剣な言葉の羅列。

 それに対抗する言葉は、出ない。

 宣言のような妃央の言葉は、胸に突き刺さった。


 自分が例え妃央に勝ろうと、妃央は自分には振り返らないで先を行くのだろう。

 虚無が柏真を襲うだろう。

「それだけ言いたかった。ではな」

 ぶつん、と雑に切れる電話。

 つーつーという音が虚しく鼓膜に響く。


 何時からだろうか。――妃央が「神になる」という目標を持ち始めたのは。

(中二のあの時か……? いやもっと前からだ)

 記憶の糸を手繰り寄せ、一つずつ事細かに思い出していく。

 そして過去の奥の奥の記憶にたどり着いた。

 心のどこかで覚えていた。忘れもしない「あの約束」を。


(……五歳の頃に、約束した……「俺が妃央を神にする」と)

 思い出した。

 約束した。

 それを柏真は何年も踏みにじり、妃央は一人で神を目指した。

 あの約束は柏真と妃央が小さい頃に交わした大切な約束だった。


 小さな頃、ふたりは些細な約束も大きな約束も沢山した。

 柏真は妃央と仲違いした時に全てを忘れてやろうかと思った。しかし忘れることは出来なかった。

 幼い頃から油断も隙もない妃央が見せた笑顔が妙に忘れられなかったのだ。

 あの約束をしたときの妃央は嬉しそうだった。

 柏真の頭の中に、昔の光景が思い浮かぶ。


 ――十一年前。

「妃央のゆめってなに?」

「勿論、わたしのゆめは神になることだ! この世界でだれよりもつよい騎士になることがわたしのゆめだ」

「じゃあ、おれが妃央のゆめをかなえてやるよ!」

「……ほんとうか? すごくむずかしくて、たいへんなのだぞ?」

「だいじょうぶだって! 二人でいっしょにがんばったら神になれるよ!」

「ぜったいだぞ! やくそくだからな!」

「うん、やくそく!」

 小指を絡めて近所の公園でふたり約束した。

 親も友達も知らない。ふたりだけの約束だった。

 そんな約束を叶えるチャンスは二度とないだろう。一生に一度かもしれないチャンスが巡ってきたのだ。

 しかし拭い切れないのは自分の弱さ。

 叶えると言って約束した相手より弱いのでは話にならない。

 自分が叶えてあげなくても、妃央は勝手にその夢を叶えるのではないかという複雑な気持ち。

 心に痛むその約束は、破る事などしたくなかった。

「約束ぐらい、ちゃんと叶えてやんねえと」

 ソファに横になると、一気に眠気が襲ってきた。

 目蓋を閉じてすぐ、柏真は眠りについた。



 * * *



 何もない真っ白い空間。

 そこに居るのは柏真と妃央のふたりだけ。

 悲しそうな眼差しをした妃央。柏真をその眼で見つめる。

 ゆっくりと妃央は口を開く。

「私より弱くてどう約束を叶えてくれるというのだ」

「お前ならば、約束を叶えてくれると思ってた」

「せいぜい足を引っ張らないように頑張ってくれ」


 どっと吹き出る冷や汗。飛び上がり起きる。

 自分はソファの上。部屋に入らず、そのまま寝てしまったようだ。

 柏真は先程までのことが夢だと気がつくと、深い溜め息を吐いた。安堵の溜め息だ。


 柏真は恐れていた。

 妃央に蔑まされたような眼で見られて、諦めたような台詞を吐かれるのを。

 否定される恐怖。今になってわかる。

 否定がどんなに辛いことか。

 被害者側に立ってみて初めてわかること。

 例え夢の中でも、おぞましい程の恐怖を感じる。

 放心状態にある柏真の目の前に置かれたのはいつも通りの朝食。

 かたわらには柏真の母親がいた。

「あら、起きた?」

「あー……うん」

「今日からラグナロクなんでしょ? しっかりしなさい」

「……わかってる。しっかりしてるし」

「しっかりしてたらうなされたりなんかしないわよ」

「……俺なんか言ってた?」

 ぎこちなく母親に聞いた。

「やっぱり変な夢見てたんでしょ。当たりかしら?」

「まあ……」

 悪夢そのものだった夢の内容は正夢になるかもしれない。


 確かに自分は弱い。必要ないかもしれない。

 しかし一度約束を思い出したからには守らなければいけない。そう思った。

 例え妃央が覚えていなくても、その助力となるべく。

 そう、決意して柏真は戦場へと旅立った。



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