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Ragnarok  作者: イロハ
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「もはや貴様らの負けは決定した!」

 妃央は高らかに叫んだ。これはまた偉そうに。

 相手の三年生軍団もそれは分かっているようで、悔しそうな顔をしたものが何人もいた。

 自分より年下に敗北宣言をされる事はかなり屈辱的なことだろう。

「待て! ……最後のゲームも、やらせてくれ」

「四頼……こんなやつに頼み込まなくたって……」

「んーあれは……」

 下手に出て頼み込んできたひとりの青年。それに添うように現れた少女。

 そのふたりに反応するのは一一一。

諏訪四頼(すわしより)と武田禰々(たけだねね)……三年生の中でもまあ、正統派で強い人だな」

 どんな人物でも脳内にインプットされているらしい一一一の情報に間違いは無い。

 そんなはじめの言葉に槇下結未華は反応する。

「おもしれえ……。妃央、やらせろよ、このゲーム!」

 目をかっと開いて、やる気満々な槇下結未華。

 そんな結未華に妥協したのか、妃央は仕方ないと言わんばかりに溜め息をついた。

「まあ……良いだろう。勝てるのならばな」

「このあたしが負けるって? 馬鹿言うんじゃないよ。いくよ、一一」

「はいはーいって……俺なのね」

 結未華は威勢よく戦場へ上がる。

 結未華に指名された一一一は「まあ、いっか」と呟き、ゲームに参戦した。

 相手として出てきたのは、第三ゲームの開始を願った諏訪四頼と隣にいた少女、武田禰々。

 先ほどの輩達とは違い、上級生という貫禄がみえる。

「ダブルスは二名が倒れた時点で勝利となります。――それではゲーム、スタート!」


「<強弓精兵、一人当千の兵者よ。此処に再び武を示せ!>」

 EKから生み出されるは大柄の太刀。深紅色の鞘。

 四尺はあろう、大きな野太刀を簡単に振り回す。

 細い肢体からはとても考えられない力の持ち主であることが伺える。

「槇下家次期総長の実力、とくと味わえ!!」

「あ~あ、言っちゃった。華未結ちゃんに迷惑掛かっちゃうよー」

「知るか」

 槇下家はその筋の名家である。

 槇下華未結は槇下家十二代目総長、槇下覚の一人娘であり、何年後かには槇下家を統率する十三代目総長となる。

 家そのものを嫌がる槇下華未結にとって、槇下の名が知れ渡ることは極力避けたいことである。

 反対に、槇下結未華にとって槇下家は誇りであり、自分の道として名乗りたい気持ちもある。

 両極端なふたつの性格を持つ少女は辛い道のりを歩んでいる。


 マイペースに会話するふたりの間に突き刺さるは一筋の刃。

 にやりと結未華は笑んで野太刀を振るった。

「お前……本気じゃないな」

「…………」

 西洋刀の刃先が結未華の下顎に触れた。

 諏訪は焦点のあっていない虚ろな眼でどこかを見ていた。

 その隙を狙って結未華は詠唱を開始した。


「<古に溢れしものよ、音の血のもとに奏でよ>、あぐっ……っ!」

 詠唱を開始してしばらく、背筋に鈍痛が走る。

 武田禰々が鈍器で結未華を殴り倒した。

 顔色ひとつ変えず、冷静。寡黙すぎる表情。

 結未華の詠唱は途中で静止する。

 土埃が巻き起こる地面に、突っ伏す結未華は、立ち上がろうと地面を爪で引っ掻いた。爪には砂利が入り込む。しかしそんなことは全く気にしない性分だ。

 思った以上にダメージが大きく、すぐに立ち上がることは出来なかった。

「<かの者へ音の血を与えよ>……」

 そう結未華は呟き、妖しくほくそ笑んだ。


「<古に溢れしものよ、風と音の血のもとに奏でよ>――<英雄(Ein Held)>」

 そうはじめが唱えると、嵐が巻き起こった。

 それはまるでかの英雄の突き進む勢いを体現するようで。

 激しく激しくそれは男女共々に激突する。

 轟々と激しい嵐は地面の砂屑を舞い上がらせる。

「なぜこの復元が、詠唱は中止したはず……!」

「甘いですねーこれはダブルス。<混合技>の存在を忘れてもらっちゃあね」

 混合技。

 ふたつの異なる属性を混ぜ合わせる事で新たな<復元>が誕生する。

 この混合技を発動させるにはふたりで詠唱するか、一方がエナジーを授け、片方に詠唱させる他ない。

 結未華とはじめが同時に唱えている途中で中断されたが、結未華が自らのエナジーをはじめに明け渡したため、<混合技>となり<復元>は完成した。


 当たり所が悪かったらしく、武田禰々の方はびくともしなかった。

 男の方、諏訪四頼はぎりぎり動けるらしく、剣を柔らかい地面に刺し、杖のようにして立ち上がった。

 はじめはその男を平然とした顔で見た。

「まだやる?」

「……当然だ」

「そう。――<堤馬風>」

 諏訪の周りに鎌の様に鋭い風が渦巻く。

 <堤馬風>は魔風の一種である。

 よく似た話に鎌鼬があるが、鎌鼬は傷をつけるだけであって痛みはない。

 しかし、<堤馬風>は人を殺傷する風と謳われている。


 その伝承通り、諏訪の身体は切り刻まれ、細い切創から僅かに血が垂れた。

 苦しそうな声を出さず、押し殺し、喚かずうずくまる。

「どうします? 降参とかする?」

「……とどめをさせよ」

「ははっ。頑固だなあー」

 意地悪そうに笑み、エナジーを掌に集中させ、それを諏訪に向けた。

 とどめの復元を用いようとした瞬間、――。


「そこまでです!」

 ぴしゃり、と厳格な声音がグラウンドに響いた。

 乾いた砂の上を優雅に歩くはこの学校の統治者、松原蘭。後ろには執事の村正。

 その表情は例えれば鬼のようで。

「ただちにゲームをお止めなさい」

「は、はい!」

 松原蘭の覇気に恐れをなしたEKOのふたりは慌ててゲームを取り止めにし、身を潜めた。


 柏真は忘れてはいなかったし、気がかりだった。

 『あまり揉め事を起こしてはいけませんよ』

 松原の言う「あまり」は「絶対」に限りなく等しい事を柏真は知っている。

 とんでもない説教がここに集っている生徒をすると思ったら思わず血の気が引いた。後退りして隠れたいぐらいに。

 理事長の説諭は非常に口うるさいことで学校中で有名だ。

「私は言った筈ですよ、『揉め事を起こしてはいけませんよ』と!」

 Eternal・Rainに向けて怒号が飛ぶ。

 Eternal・Rainを一喝してから、その目は三年生の方へ向く。

「貴方達も貴方達です! 上級生として恥ずかしくないのですか。同じ学校の者ならばあたたかく送り出すものでしょう!」

 色々なところに怒声が飛び散る。

 ひとりの小さな女性に何も誰も歯向かえず、静かに聞いている。

 あの我が儘で高慢ちきな泡良妃央でさえ大人しくしているのだ。よっぽどのことである。

「今回の件はどちらから。――東兄妹」

「は、はい! えっとーですね……今回は、三年生連合の方からゲームを仕掛けたと聞いています、……はい」

「……本当に行動に移すとは、全く情けない」

 東恭子は慌てて松原蘭の質問に答える。

 のんびりマイペースが基本の彼女がこうも慌てるのは珍しい。

 そして回答を聞いた松原は溜め息を吐いて頭を抱えた。

「罰は……」

 やはり罰はあるらしい。

 思わず全員が生唾を飲み込んだだろう。


「オーダーの代表者、明日、学校の清掃を割り当てます」

「なっ!」

「……わかりました」

 物分りのいいらしい諏訪四頼。

 それに相反する泡良妃央のいかにも嫌そうな反応。当然といえば当然なのだが。

「ゲームに参戦もしておらんのにそんなことしていられるか!」

「オーダーの責任はマスターの責任。それが全うできないのであればマスターから外しても、構いませんのよ?」

「生徒を脅かすとは……! ……仕方あるまい。責務を負うとしよう」

「それで宜しいですわ。では、解散なさい」

 条件を大人しく飲んだ妃央を見て笑むと、村正を引き連れて松原は校舎へと引き返していった。

 わなわなと震える妃央。

「あーらら、妃央ちゃんどんまーい」

「頑張ってマスター」

「まあまあ、掃除で済んだのだから良いじゃなぁい」

 悠長な妃央以外のEternal・Rain。

 仲間内へ振り返り、妃央は叫んだ。

「ふざけるな! 何故この私が掃除などせねばならぬ!! 絶対せぬぞ……本来ならばゲームを行った貴様らがするべきだ!」

「別に良いじゃねーか。掃除くらい」

 柏真は妃央に向けて言ったわけではなく、ちょっとした独り言のつもりだった。

 しかし、それが激昂した妃央の耳に届いた。

 それこそメデューサの様な形相をした妃央は柏真に対して怒りをぶつける。

「他人事だからと『くらい』とは何だ、『くらい』とは! 私にとっては肌が荒れる大惨事だぞ、貴様も知っているだろうが!」

「ああー……」

 妃央は幼少から肌が弱く、洗剤に触れただけで皮が捲れ、手が血みどろになることも珍しくなかった。

 また、ハウスダストアレルギーで掃除中の教室には絶対に立ち入らないほど億劫になることもあった。

 それを柏真は知っている。今思い出した。

 掌が大惨事になった現場も確か見たことがあると暢気に思い出していた。

「大丈夫よお、荒れたら私が直してあげるからぁ」

「簡単に言うでない馬鹿が」


 次の日、妃央がEKの練習も出れないほどの掃除に追われていたのは言うまでもない。



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