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Ragnarok  作者: イロハ
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 「Eternal・Rain」を全校生徒に発表してすぐの放課後、理事長室にはまたもや不穏な空気が漂っていた。

 理事長、松原蘭に詰め寄るのは赤色のネクタイを着用した生徒。この学校の三年生である。

「何で二年と一年だけなんだ。俺たちの努力は報われもしないのか」

「これが貴方たちの努力の結果です。変更は絶対にありえません」

「納得できない生徒が何人もいる」

「関係ありません。これが決定です」

 あからさまに苛立ちをみせる男子生徒は片袖机を思い切り拳で叩いた。

 しかし理事長は微動だにせず、平然とした冷静な顔を崩さずにいた。

「直接確かめてやる……あいつらの実力を」

「………………」


 そう吐き捨てて数名の生徒は理事長室を出て行った。

 気を張っていたようで、松原からは深い溜め息がこぼれる。

 そしていつもの様に紅茶を一口含む。

「荒事にならなければ良いのですが……」

「それは不可能かと」

 村正は頭を下げ、そう言った。

「そうねえ、あの子達、短気だものねえ」

 不安ばかりが、松原の脳裏を渦巻く。



 * * *




 棺乃深早と槇下結未華を除く「Eternal・Rain」の騎士は私立東宮学校の校庭でEKの修練を積んでいた。

 何時もは隠れている真面目さが緊迫した時間をもたらしていた。

 部外者は誰一人として足を踏み入れる事が出来なさそうな、そんな雰囲気。


 しかしそこにずかずかと部外者が足を立ち入れてしまう。

 少数ではなく大人数の赤色のネクタイを結んだ三学年の生徒達。

 Eternal・Rainの面々は復元の発動を止め、やたらと多い足音の方へ振り向いた。

 この状況に気づかずに寝ている少女もいるが。それはまた例外である。

 大軍の先頭は言い放つ。

「俺たちはお前らをEternal・Rainとは認めていない。よって、お前達にゲームを申し込む」

「何だ貴様らは。うっとうしい」

 Eternal・Rainのマスターである泡良妃央は無愛想にそう返す。

 それに腹を立てたひとりの男子生徒は泡良妃央に対して暴言を吐く。

「蛇女様は負けるのが怖いのかあ?」

「……なんだと」

 すぐに挑発に乗る、短気なマスターである。

 妃央の眉間には小刻みな皺がより、今にも怒りが噴火しそうな。実に短気である。

 火花散るその中に、遅れてきた少女がのんびりと現れた。


「遅くなってごめ……何よこれぇ。修羅場?」

 非常にマイペースである彼女、棺乃深早に集合時間という縛りは全く通用しない。

 そんな彼女でもこの状況は理解できるようで。

「天才様は遅れて登場か。練習もしないで随分余裕だなあ」

「はぁ、何よこいつ」

 口調はスローペースだが明らかに苛立っているのが分かりやすい。

 いくら天才様でも挑発にはやすやすと乗ってしまうらしい。いや、あえて乗っているのか。

 代表格のような三年生の男子生徒はEternal・Rainに向けて人差し指を刺す。

「勝負だ! 俺たちが勝てば俺たちがEternal・Rainだ」

「望むところだ。貴様らのような凡愚に私達が負けるはずがないのだから」

 売り言葉に買い言葉。

 勝手に妃央がうけた勝負が始まりを迎えたのだ。


 このゲームの審判となる瓜二つの少年少女が現れた。

 審判となるのは「EKO」の人間が主である。

 EKOとはEKに関する事柄を全て取り締まる社団法人である。ラグナロクもEKOが開催し、世界中に支部がある。

 年齢は関係なく世界中に多くの管理局員が派遣されているという。

「え~っと、これより三年生連合軍とEternal・Rainのゲームを始めま~す。審判の東恭子です!」

「同じく、東恭平です。今回は二回のシングルス、一回のダブルスで決着をつけたいと思います」

「各オーダーが騎士を選出次第、ゲームを開始しま~す」


 実を言うとあまり揉め事を起こしたくはなかった高種柏真は小さく溜め息をついた。

 先日、理事長に念を押されていたのだ。

 「あまり揉め事を起こしてはいけませんよ」と。

 これは立派な揉め事であり、喧嘩である。しかも三年生、――柏真達にとって先輩である彼らが相手となっては必ず理事長の耳にも入るだろう。

 理事長の言葉などさらさら覚えていなさそうなほかの面子は何やらオーダー内でも揉めていた。

「俺が行く」

「私が行くわぁ」

「ええー俺もやりたーい」

「ここは私に決まっているだろう!」

 最初のシングルス戦。誰が出るか。

 相手の三年生はもう決まっているらしく、この時点で既に上級生をかなり待たせることになる。

 そう思い、忠告しようと柏真が口を出そうとした瞬間だった。

「じゃ、僕がいくから」

 黒い髪。前髪を左に長く垂らした青年。

 任せといてとでも言わんばかりの笑顔。

 彼は勝手に戦場へ出て行った。

「……何時の間に」

「如月で大丈夫なのかよ」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 少しの違和感を感じたが柏真は無視してゲームに目を移した。


「睦月のシングルゲームたぁ、珍しいな」

 先ほどまでベンチの上で絶賛睡眠中だった槇下結未華が目を覚まし、ゲームを観戦しにオーダーに合流した。

 寝起きだと分かりやすい目の細さで奇妙なことを言った。

 「睦月」とアルトボイスではっきりと。

「今出ているのは如月じゃ?」

「睦月の声の方が一オクターヴ低い。あたしの耳を疑うつもりか?」

 音のエナジー属性を持つ槇下結未華は音に非常に敏感で、絶対音感を持つ、類稀なる存在だ。

 人の声、ちょっとした効果音ですらも音階を言い当てる事が出来る。

 そんな槇下結未華が言うのだから間違いとは言いがたい。

「結未華ちゃんには適わないなあ」

「お前なあ……仲間まで騙すのやめろよ」

 観念したようにあくどい顔で笑う睦月の姿をした如月。

 双子に近いぐらい顔がそっくりで、身長すらも年齢の分誤差はあるものの、瓜二つで、違うといったらエナジーの属性ぐらいで。

 実の兄弟ではないふたりは相似した顔を利用して人を騙す事が多い。如月は可愛い悪戯と誤魔化しているが。

「まー声までは完璧に真似出来ないよねえー」


『第一ゲーム、開始!』

 暢気にはなしている最中、ゲーム開始の叫びが聞こえた。

 如月に成りすました睦月は普段は決してありえない笑顔を浮かばせていた。

「<欲望、行動、知恵。全てを備えし三叉の戟よ! 現世に力を示せ>」

 そう武器復元の永遠詩を唱えると、禍々しい形をした三叉の戟が復元された。

 それを手にして不気味に笑む。

「当たらないね。ねぇ、悔しい? 悔しいでしょ?」

「クソッ!」

 睦月は相手の振り回す鉄刀をかわし続けていた。

 時に挑発しながら。相手は単細胞なのか挑発にすぐ乗る。

 焦った様子の相手を見て、睦月はせせら笑うのだ。

「如月、弟からはお前があんな風にうつってるんだな」

「うん、俺いつもこんな感じだから!」

「それは認めるんだ」

 マイペースで人の話なんて普段聞いちゃいない深早が珍しく、如月に突っ込みを入れる。


「<古に溢れしものよ、光の血のもとに賛美を>、<Jesus,Lover of my soul>」

 唄うように睦月は囁く。

 賛美歌はすべて音と光属性、または光と音の混合技の攻撃法である。

 その攻撃法は何百通りと存在する。

「ぐああああっ、……お前っ、闇属性じゃ……!?」

「はぁああ? ばっかじゃないの。僕は八咫烏だよ? 闇属性なんて持つわけないじゃん」

 ケラケラケラ。またも嘲り人を馬鹿にする睦月。

 恥辱と屈辱にまみれた相手の顔は見れば見るほど滑稽だ。

 冷静さを失った相手に、仲間からの声が飛ぶ。

「千代宮、そいつは光如月じゃない! 白烏、光睦月よ」

「うわ」

「なっ……そうか、こいつら」

 如月が睦月だと気づいた千代宮と呼ばれた男は頭を落ち着かせたようだ。

 しかし睦月にとってばれた、ばれないは特にこれといった問題ではないのだ。

 入れ替わりはシングルスに出るためとしての手段なのだから。

「だったらなんなの。僕の正体がわかって僕に勝てるの? ただの負け犬の癖に」

 光睦月、に戻ってから静かに呟くのだ。

 神に送る神賛の歌を。

 相手の千代宮は動けなかった。

 先ほどの攻撃で身体はまるで鉛を乗せたかのように重かった。

「<古に溢れしものよ、光の血のもとに賛美を>、<Holy, Holy, Holy, Lord God Almighty>」

「やめっ……ああああぐああっ、ああああ……」

「……終わり」

 眩い光の槍が千代宮を貫いた。

 血反吐が乾いた土の地面に吐き捨てられる。

 ぜいぜいと荒い息遣いが沈黙のなかに響き渡る。

「三年生連合軍、千代宮寅王先輩をゲーム続行不可とします」

「よって、第一ゲームは光きさら……睦月の勝利です!」


 ゲームの終わった睦月は悠々と仲間の方へ帰ってきた。

「お疲れ、睦月」

「……うん」

「いやーお前があんなハキハキ喋ってるところ久々にみたわー」

「うるさい……」

 はじめの言葉に若干苛立った様な睦月はそれを隠しもせず本人にぶつけた。

 つくづく上下関係が存在しないと感じられる。


「くそっ! 何で俺達が……負けるはずないのに!!」

「負ける筈がない? どういう計算をしたらそういう言葉が出てくるのかしらぁ」

 先ほど馬鹿にされたのがよっぽど頭にきていたのか、棺乃深早は勝手にゲーム盤へと出て行く。

 仲間達も止める事はしない。

 彼女は自分がやりだすといったことは誰が何を言っても止めないからだ。

 つまり言っても無駄なわけで。


「第二ゲーム、スタートです~!」


「<名も無き切り裂きジャック。今この世に舞い戻り、私の刃となりなさい>」

 復元されるは大量の医療道具。中でも一般的知名度も高いメスが目に付くぐらい多い。

 医者の深早に最も適した武器。

 人を助ける道具も戦場ではあっという間に殺人道具になりかわる。

 魔属性特有の、妖しいオーラが深早を取り巻く。

「貴方の頭を開けて、皺がいくつあるか数えてあげるわぁ」

 けたけたと笑いながら、おぞましい言葉も平気で繰り出す深早。

 昔から多くの血と死を見てきた彼女に、戦場において恐ろしいものなどない。

 幼き頃から完璧な天才医師。

 彼女の弱点は存在するのか、否か。

「お前……黙って聞いてりゃ調子の良い事ばっかり抜かしやがって……!」

「……ちょっと黙ってくれないかしらぁ、患者は喋っちゃダメよぉ」

 メスが飛んだ。

 またメスが飛んだ。

 次に鋏が。

 男はギリギリのところで避ける。

 どうやら身のこなしは軽いらしい。

「こざかしい男ね」

「黙れ魔女崩れ!」

 相手の剣が深早の左腕を襲う。

 鋭い刃で白衣はあっという間に裂け、真白が薄黒い血に染まる。

 痛みに目が大きく見開いた。脳内で繰り広げられるは、とある光景。


 まずは頭をさげて。

 次に腹を切った。

 臓物を取り出した。

 他人の身体を貪る。

 黙々と臓器を取り出して。

 静かに腹を閉めた。そして、

 有難う御座いました。

 そう一礼して終わるのだ。


 …………………………。


 相手から隙を突かれて「斬られた」瞬間、酷いフラッシュバックに棺乃深早は襲われた。

 仲間に気づかれないようにしなくては。

 敵に気づかれないようにしなくては。

 自分で脳裏に悪夢に気づかないようにしなくては。

 そう必死に脳内で戦うのだ。

 戦っている時点で、その悪夢を認めていることになるのだが、深早にとってそんな道理はどうでも良かった。

 早く自分の身体を動かさねば、その気持ちで沢山だった。

「深早! 何をしている、早く詠唱を阻止しろ」

 妃央は動きの停止した深早に呼びかける。

 斬られてから急に頭を抱えだした深早。

 さほど傷は深くは無いはずなのだが、身体が動かないのだ。

 フラッシュバックの原因は理解している。

 棺乃深早という人間は自分が斬られることに恐れがある。

「……そんなに解剖されたいかしらぁ」

「何だコイツ!! 攻撃がまるで効いてねぇ!」

 深早が放心状態の間に食らった攻撃は少女の少ない体力を削るには十分だった。

 しかし、攻撃を受けても、どんな傷が生まれても、その傷口は勝手に修復される。

 これは魔や癒の属性を持つ人間のみが使用することが出来る自動回復。

 EKへエナジーを装置し、回復の為に割り当てる機能だ。

 深早は心のこもっていない声音で毒気のある言葉を吐き続ける。

「人間はどんな悪人でもどんな出来損ないでも必ず役に立つ事が出来る。それが『解剖』されること。――だからあなたも暴いてあげる」

「や、やめろ……、近づくな! こっちにくるんじゃねぇ……」

「その痴態を、世界に曝しなさい。――<古に溢れしものよ、魔の血のもとに夢を>」

 あまりに「異常」な深早に相手はただ恐れる。

 永遠詩を阻止する事も出来ず、ただ逃げ延びようとする。

 しかし魔の復元は甘くは無い。

「<夢想(daydream)>」

「ぐああ、ぁあ……皮膚が、はがれっ……!?」

 魔の属性の攻撃は全てがえぐい。グロテスク。奇怪、異様、不気味という言葉でも表されようか。

 相手の脳内を辛辣な幻想で支配したり、皮を剥いだり、切断したり、何もかもが外道。

 それが魔の名たる所以。人の道を外れた魔人魔女の進むべき道。


「あくまで夢想よぉ。人殺しなんてまっぴら御免だもの」

 正気を取り戻したように振舞う深早は言った。

 魔の属性で生み出す夢想には二種類ある。

 ひとつは復元を使う本人が視たものを相手に共有させる夢想。

 もうひとつは攻撃を受ける者の心の奥底にある恐怖対象を引き出して夢見させる夢想。


 今回の場合は後者であった様である。

 その夢想の内容は本人にしかわからない。

 ただもがき苦しむ滑稽な姿を周りの人間は見てることしか出来ない。

 びくんびくんと痙攣する芋虫のように哀れな姿。


「さ、三年生連合軍をゲーム続行不可とします……」

「よって、E・Rの勝利となります! 準備が出来次第、第三ゲームを行います!」


 笑みを零しながら深早は、当然のようにゲーム盤をおりた。



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