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Ragnarok  作者: イロハ
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「皆さんにお話があります」

 高種柏真と泡良妃央を除いた「Eternal・Rain」の騎士六人は再び理事長室に集められていた。

「明日、柏真さんと妃央さんの氷のような仲を少しでも融かそう作戦を決行します!」

 にっこりと笑顔を浮かべた松原に、唖然とするのは六人。

 中には、「何を言ってるんだこの人は」ともいいたげな表情をしている者もいた。

「……それはちょっと、難しいようなー」

 最初に発言したのは光睦月の兄、如月だった。柏真とクラスメイトである彼は仲の悪さをよくよく知っていた。

「そんなこと仰らずに。貴方たちにも絶対協力して頂きますわ」

 理事長の絶対はどんなことがあろうとも絶対なのだ。

 もう実行せざるを得ない。

「では説明しますよ」


 当然のように仕組まれた作戦は、順当に順序を踏んでいた。

 そして終わりに近づく。



 * * *



 氷の茨がつらなった体育館に泡良妃央はいた。

 ひんやり、などという柔らかい表現ではすまないような身も凍る冷たさ。体中に冷気が棘のように刺さってくる寒さの痛さ。

 妃央の属性は氷と水。似て非なる属性を併せ持つ世にも珍しい、二属性持ちを「ダブルフォルダー」と呼ぶ。

 普通の人間ならば軽装ではこの寒帯にはいられないだろう。しかし、妃央にとってこの冷感は心地良かった。

 パタパタと妃央の周りを飛び回るはずの箱の形をしたEKは、寒さにやられて翼を閉じて静かになっていた。


「<聡い謀反の将よ、我に相応しき刃を授け給え>」

 そう妃央が永遠詩唱えると、凍え死にそうなEKから出てくるのは煌びやかだが主張は少なく、全体を白藍色でまとめたシンプルなデザインの白刃。

 これが妃央専用の復元武器。妃央に適した氷の刃。由来は古の将。

 幼き頃、妃央はこの刀を抜くことは愚か、持つことも出来なかったが、今では自由に刀を扱い、我が物としている。

「出て来い、高種柏真」

 刃を体育館のドアに向け、叫ぶ。

 聖域のような体育館に足を踏み入れる高種柏真。

 その顔立ちは「穏便」に話をつけ様としてきた者の顔ではなかった。

 戦いを望む、騎士の貌。

「お前の力を試してやろう。お前がこのオーダーに相応しいか、見定めてやる」

 刀を手に、迫り来る泡良妃央。


「<雷を得た古豪の刀よ、現世へ戻りて騎士を討て>」

 「雷切」を召致する<永遠詩>。しかし柏真の場合は刀を生み出すのではない。

 その雷切の威力を召喚し、刀の力を腕に埋め込むというものだった。

 腕が刀になるから扱いやすい。年少から、柏真は他のものとは違い武器で戦うことが出来た。

 妃央も太刀を扱うことにしばらくかかったように、大多数の人間はまず武器に扱いに悩み、中高生になるぐらいまでまともに武器を扱えないと言われている。

 柏真は他の人が武器の扱いに慣れていなかった頃、誰よりも早く武器をものにしていた。

 武器をまともに使っていた経歴としては、柏真の方が妃央より幾分も長いのだ。

「今一度、貴様を地に這いつくばらせてやる」

「やってみろ、この蛇女!」

 柏真は地を蹴った。

 妃央はすぐさま斬りかかってくる。しかし柏真は妃央の太刀をもろともせず素手で掴んだ。

 腕に刀が宿り刀と同等の強度になった柏真の腕。鉄となんら変わりは無い。


 柏真と妃央は最高に相性が悪い。

 しかし妃央の氷属性がその相性を遮る。

 氷は炎に弱く風に強い。直接弱点に関わるような属性ではないが、中間の属性が戦いに交ざることで戦局は大きく変わる。

 柏真は過去にそれを思い知らされていた。

 妃央がEKの天才である所以。類稀なるセンスと自分を誇る自尊心。そしてダブルフォルダーであること。

 それが大きな壁だった。

「<千年鼬>!」

「甘い! その様な程度の低い復元で私に勝てると思ったか」

 柏真の復元した黄金に輝く、雷を纏った鼬は簡単に妃央に切り裂かれてしまう。


「<古に溢れしものよ、氷の血のもとに咲け>、<雪月花>」

 妃央は涼しそうな顔。微量の焦りも見えない。見せない。

 永遠詩を唱えて生むは氷の造花。

 それは柏真の腕に美しく咲き誇る。繊細な作られた一色の花。

 鈍い痛みに、思わず身体が硬直する。

「それで腕は使えないだろう?」

「何も、近距離戦だけじゃねぇよ。雷は……<古に溢れしものよ、雷の血のもとに飛べ>、<千鳥>!」

 雷によって生み出された青色の鳥。

 それは妃央を襲い、どこまで追いかけてくる。

 妃央は<千鳥>を切り払ったりするが、全て<千鳥>には効いていない。

 逃げ行く妃央に<千鳥>は噛み付く。

「……っ!」

 思わず地に膝をつく妃央。

 これほどで疲れるような実力ではないはず。柏真は違和感を覚えた。


 大そう疲れ切ったその顔を、柏真には見せようとしなかった。

 そして自分自身を嘲り笑うかのように柏真に吼えるのだ。

「このチャンスを逃せば私をひれ伏せさす機会はなくなるだろうな」

「……挑発するくらいなら、まだ元気だろ」

 荒い息遣いの妃央は太刀を凍った床に突き刺し、片膝を立て、太刀を握る手に力を入れ、重心をかける。

 そしてにやりと笑うのだ。

 まるで柏真に「私を討てて嬉しいだろう?」と嘲笑するように。


 情けは無用。

 相手がいかなる状況であっても、情けをかけられることが相手にとって最大の恥となる。

 特に妃央となれば尚更だ。

「……<古に溢れしものよ、雷の血のもとに落ちろ>」

 体育館一面は黒い積乱雲に被われる。

 ごろごろと声を発する雲からは今にも雷が落ちてきそうな。


「――<夏雷>!」

 そう叫ぶと雲からは雷が落ちる。

 妃央は微動だにせず、ただ口角をあげて笑っていた。

 雷が、妃央に直撃――。


「<Kobold(コボルト)>」

 瞬間、何か小さい動物のようなものが雷を自らの身体で吸収し、消える。

 平らな靴の底を引き摺り歩く音が聞こえる。

 一瞬の迎撃に柏真は体育館扉の辺りを見る。

「心配して見に来てみたら……なんの茶番かしらぁ」

 無二の天才、棺乃深早。誰をも圧倒するギフテッド。

 乱雑にカールした茶髪の髪。全てを見透かしていそうな紫の眼を持つ少女は髪の毛を弄りながら仲裁するかのように柏真と妃央の間に入る。

 くだらない事で喧嘩している子供を見るようなあきれた目。

「馬鹿ね、ふたりとも。馬鹿以外のなんでもないわぁ」

「うるさい魔女崩れ」

「良いのよぉ。凍傷悪化させても」

 「魔女崩れ」という言葉に過敏に反応した深早は腕を組み、にっこりと薄ら笑い。

 暫く睨み合いが続き、――折れた。

「…………すまない」

「よろしい」



 * * *



「痛い痛い痛い! この、馬鹿が……もっと優しく出来んのか!」

「我慢しなさぁい。軽度の凍傷だから良いもののぉ……」

「はっ! 軽症だから治らなかっただけだ!」

「そういう事言ってると、いつか罰があたるわぁ」

「妃央様は罰などには負けぬ」

「言ってなさい」

 凍傷の他に出来ていた切り傷に消毒液を含ませた脱脂綿を力強く妃央に押し付ける深早。

 妃央の苦痛に歪んだ笑みに少し笑う。どこか悪魔的である。

 放課後、氷を体育館に侍らせて練習していたらしい妃央。いくら氷のエナジーを持つといえども、凍傷になるのも無理もない。

 そのせいもあってか、妃央の体力、エナジーともに残りわずかで、動きに支障が出ていたらしい。

 重傷を優先するため、軽症の傷はEKの機能では完治されず治りにくい。そのため、人の手当が必要となることもある。

 こういった時にでも自信過剰でナルシストな台詞を淡々と述べる妃央。よっぽど自分に自信があるらしい。

「それで、お前は何をしに来たのだ」

 苛々としたような切り口で妃央は柏真に聞く。

「お前がいないから俺がこの資料みんなに持ってけって」

 テーブルに資料を置き、それを妃央は受け取る。

 数枚めくって確認し、ずさんにテーブルに置いた。

 柏真はその行動に若干苛立ちを覚えたが、怒りを抑えて溜め息をついた。


 柏真と妃央がこうして平和的に対面するのは実に三年ぶりのことである。

 お互い刺々しい性格をしているので、久々の会話が談笑になることも無く――。

「くだらん。そんな事で来たのか。そもそも私はずっと体育館にいたぞ」

「は……? よくわからないけど、お前のせいで俺がこんな雑用する羽目になったんだよ!」

「妃央様がこんな『雑用』してたまるか。貴様のような凡愚の役目だろう!」

「何だとこの、蛇女!」

「あーあーあー……やめなさいってば。みっともない」

「異名も取れない人間に蔑称で呼ばれる筋合いはないわ!」

 深早の仲裁も虚しく、延々と柏真と妃央の言い合いは続く。


「まー……作戦成功ってことでいいかしらねぇ、理事長」

 うるさく喚く子供をあやすのも面倒になった深早はガーゼやら包帯を救急箱にしまいながら呟く。

 真実を知らないふたりは、ただ諍いを深めるばかりだった。


 「Ragnarok」開戦まであと十日。

 ここから何が変わるか、何が起こるか。

 誰も知らずに時は過ぎる。



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