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Ragnarok  作者: イロハ
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「何で俺が……」

 騎士団結成の収集から数日後、高種柏真は誰も居ない、赤い夕日が差しかかる廊下をひとり歩いていた。

 この学校に部活動というものが存在しない。

 EKを学ぶことに特化されたこの学校の概念に、部活動で汗を流し友情を深め合うだとか健康な体力づくりだとかは存在しない。

 柏真は重たい溜め息を吐いた。誰も聞いていない、この廊下で。

 そもそもこの溜め息の原因は、学校終了直後にあった。



「柏真さん、ちょっとよろしいかしら」

「……理事長、先生」

 相変わらず年齢に不相応な可愛らしい桃色のワンピースを着こなす理事長の松原が、珍しく自らの足で生徒の教室を訪れた。

 柏真はすぐに理事長が手に抱えていた書類の入った袋に気がついた。

 そしてそれは笑顔で柏真に手渡される。重たい。ずっしりとした重量を感じる。

 だんだんと嫌な予感を感じとる柏真は訝しげに松原の顔を見る。

「この中の書類を皆さんに渡してくださらないかしら? 妃央さんが見当たらなくてですね」

「……あの女」

 妃央。泡良妃央。その名前を聞いて沈んでいた苛立ちが浮かぶ。

 先日、理事長室にて争った生意気で高慢ちきなナルシストの少女だ。 

 高種柏真は妃央が嫌い、もとい憎かった。

 幼少は仲が良かったし、家も隣同士でよく遊んだりもした。だがここ数年、ある時期に仲違いしてからはまともに話すこともままならなかった。幼馴染といえども仲は悪い。

 本来ならばオーダーマスターである泡良妃央の役目であろう書類配りは行方不明を理由に柏真のところへ回ってきた。

 なぜ自分なのかと考えたが、これを全うしそうな人間はあまりオーダーに存在しなかったと思って納得したと同時に腹が立った。

 自分に回ってきたのは妥当だろうと考えていたが、妃央の代わりということを考えて無性に腹が立った。どうでもいいことだと自分でも理解していた。

 しかしそれでも腹が立つくらい、それぐらい憎かった。


 だが理事長に逆らってまで断ろうとまでは思わなかった。というか断れない性格でもある柏真は仕方なく同じオーダーの騎士の行方を捜していた。


 まず辿り着いたのは確実にいるであろう自習室だった。

 部活動が無いわりに、勉学の自習室はあるのがこの学校の不思議なところだ。

 しかし、せっかく設けられていても利用する生徒は少ない。

 勉強など二の次三の次。勉学で一番になるよりもEKで一番になることを目指すのが本校生徒の多くだ。

 それが神への一番の近道で、唯一の道筋だからだ。

 学生の本分によって設けられた自習室も、ひとりの少女のたまり場だ。


 ドアノブを右にひねり、静かに入室する。真っ白な木目のミーティングテーブルには文房具が散乱していた。勉強に関係のなさそうなはさみやなんかも筆箱からとびてていた。

 正直、酷い有様。数学の図式を書いている途中のようなノートは風に流されてばらばらとめくられる。

 まるで、他人に書いているところを邪魔されたかのような様子でもあった。

 ひとつだけぽっかりと白い空間に開いている窓のサッシに座る桃色の髪をした少女が、自習室を唯一利用する少女だ。

 窓からは激しい夕風が吹き荒れ、髪が流されなびく。

 外を見たまま、少女は柏真に声をかける。


「高種か。何の用だ」

 不規則なハスキーボイスが名字を呼んだ。

 槇下華未結。今は「結未華」と呼ぶべきこの少女は、好戦的で争いを好む性格で乱暴極まりない。

 槇下華未結にはどういうわけか人格がふたつある。その片割れが結未華。相反する性格の少女がふたり、ひとつの身体に住まう。

「これ、理事長から」

「パシリか」

「パシリって言うな」

 窓から降りて、乱暴に書類の束を受けとると、結未華は読まずに書類をテーブルに捨て置いた。

 これは「結未華」だからであって、「華未結」の場合はこんな無愛想な態度はとらない。

「お前はどうして自分がこの騎士団に選ばれたと思う」

「………………」

「それを答えられないのがお前の弱さだ。だから今も妃央には負けるだろう。あいつは、贔屓でお前を選んだわけではないのだから」



 * * *



 泡良妃央のことに触れられると無性に腹がたつ。だからといって人や物にあたるわけではない。

 妃央と比べられるという行為は一番苦しかった。

 あの子だったら上手く出来るのに。あの子だったらそんな失敗はしないのに。

 幼稚だと自分でも自覚していたが、そういう言葉が大嫌いだった。

 同じ環境で、同じ生き方をしてきたはずなのに。どうして自分が彼女に劣るのか。

 彼女はEKに関しては天才的だ。それは昔から理解してきたはずなのに。

 彼女に負けるたびに、やはり自分がいかに劣っているかを思い知らされるのだ。



 次に柏真が向かったのは図書室だった。

 図書室の利用者は意外なことに多い。

 EKはでの<復元>は、過去をよく理解することでようやく発動が可能になる。

 <復元>とは全ての過去の創作物、偉人や言葉、伝承、伝説などの力を借りる技のことである。

 過去のものを現世に再び蘇らせる、不思議な力。また、属性によって<復元>できるものが異なる。

 それを行うためにはその復元対象への知識や情念が必須となるのだ。

 理解を深めるために生徒は図書室にある数多の本を読み漁る。


 図書室に入室すると、勉強熱心な生徒達の姿がちらほらあった。

 その中に、異質にみえる黒い存在。


 右目を黒の髪で覆った、青年だった。

 真っ黒のカーディガンが良く似合う。黒さがあまりにも馴染むから、学校指定のネクタイである、一年生の青色のネクタイが浮いていた。

 光睦月。光如月の兄弟。そっくりな兄弟の片割れのひとり。

 異質な雰囲気を放つこの青年は、題名が英字の小難しい、分厚い本を読んでいた。

 大きなテーブルを挟んで、柏真は睦月に呼びかける。

「おい、睦月」

「…………何」

「これ理事長から」

「わかった」

 そこに置いとけと言わんばかりの対応の酷さ。

 光睦月は柏真よりひとつ年下の一年生ではあるが、独特のストイックさを漂わせるもの静かな後輩だった。

 それゆえ、話がまともに続かず、少々会話に困ることもある。

 ただ、戦闘時には底知れぬ腹黒さとちょっとした饒舌が垣間見えるため、睦月は暗い性格ではないと柏真は認識していた。

「何読んでんだ?」

「……ギリシャ神話集」

 睦月が一ページめくる。

 そのページには頭髪が無数の蛇、猪のような牙、砲金の手に黄金色の大翼を持つ醜い惨たらしい女の絵画のプリント。

 絵画の上には「Medousa」、メデューサの文字。

「泡良先輩……」

「ま、まあ……確かに」

「メデューサは本来女支配者という意味。泡良先輩にぴったりのあだ名。柏真先輩は支配者として認めてる……?」

 珍しい睦月からの問いかけに黙りこくる柏真。

 睦月はしれっとした冷静な顔でページをめくる。

「……わかんねえや、まだ」

「そう。認めてないとは言わないんだね」

「……まあ、な。あ、如月にも渡しといてくれ」

「……わかった」


 物静かな図書室を出て次の騎士がいるところへ向かう。

 ある意味、泡良妃央より厄介な少女の元へ。



 * * *



 劫火が校庭一面を取り巻く。

 橙と赤が混ざり合わさった炎が竜巻のように渦巻いているのが遠目からも見えた。

 しかし、劫火は和らぎ、威力が段々と弱火になってゆく。

 柏真の前に現れたのは緋色の髪をした可憐で華奢な少女。好戦的な目つきで柏真を睨む。

 この少女、伊江識恋空は見知りあった頃から柏真のことをかなり嫌悪して、嫌い続けている。

 その理由は何か。簡単だ。泡良妃央にあるのだ。


「何の用事ですか……」

 一応、先輩後輩の関係性なので敬語なのだが、言葉から嫌悪感が滲み出ているのは柏真は前々から感じ取っていた。

 生意気な目つき。減らず口を叩く曲がった口元。

 さまざまなところが泡良妃央そっくりな少女。

 伊江識恋空が泡良妃央を崇拝し、愛ゆえに似なくて良いところまで似てしまったのかもしれない。

「そんなに警戒するなよ」

「あたしは柏真先輩が嫌いですから」

 ストレートな言葉は、わかっていても心にざっくりと刺さる。

 誰に言われようとも、「嫌い」という言葉はダメージが高い。

「はいはい。これ、理事長から」

 手渡した書類は盗まれたものを取り返すかのように奪い取る。

 猫が警戒するかのような顔で柏真を睨む恋空。

 嫌いな相手に対する警戒心が丸出しだ。


「妃央先輩のところへは行ったんですか?」

「いや、まだ」

「……妃央先輩が変わったの、柏真先輩は気づきましたか?」

 手に持っている厚い書類をぎゅっと握り、下にうつむく恋空は話し続ける。

「上手くは言えないですけど、妃央先輩は変わりました。あなたがとなりにいないから。あたしにとって柏真先輩は、妃央先輩に泥をぬった憎き先輩ですが、妃央先輩にはやっぱりあなたが必要なんです」

「…………」

 何も言えずに押し黙る柏真。

 しかし何のことを言われているのかは直ぐにわかった。

 昔のようで最近の、あの話だった。


「……あーもー、それだけです! それでは! ちゃんと妃央先輩に書類渡してください!!」

 恋空は怒り混じりながら柏真に向けて忠告し、地を蹴り、グラウンドを走っていった。

 またEKの練習を始めた恋空の詠唱により紅蓮色の竜巻が発生する。風に流された砂煙に目をやられながら、柏真は後輩のもとから退散した。



 グラウンドから退散して次に訪れたのは生徒達が食事をとることができる食堂だ。

 何百人を収容するつもりなのだろうかというぐらいにだだっ広い空間。ひとつの長方形のテーブルに椅子は六つ。特に豪華絢爛ではないテーブルクロス。カーテン。装飾。

 放課後となった今、食堂を利用するものは居ないが、自由に解放されており、誰でも利用することが出来る。談笑の場には適しているだろう。

 その食堂にただひとり。携帯電話で誰かと会話する緑髪の男。

 会話からは笑みが零れており、電話越しに何やら楽しそうな雰囲気でもある。

 柏真が用があるのはこの男であるので、仕方なく電話が終わるのを待つ。

「――あー……ごめんごめん! 次に埋め合わせするから。よろしくね。それじゃー」

「おい、はじめ」

 はじめと呼ばれた緑髪の青年、一一一は携帯電話を胸ポケットにしまい、柏真の方へ向き直った。

 軟派くさい、派手な身なりだが、性格は明るく、誰とも会話を合わせられることが出来るため、老若男女から人気である。

 柏真ははじめとはくだらない冗談を言い合えるくらいに長い付き合いであるため、その人気っぷりは重々承知している。

 それと至極面倒くさい性格とテンションも。

「わるいね、待たせてー。んで、なんの話? 何の相談? 恋の相談ならいくらでも受け付けるよー」

「いちいちうるさい奴だな、お前は……」

 テーブルに何枚も束になった資料を置く。

 柏真は早くこの場から立ち去りたかった。

 はじめという人間との会話は、一度絡むと非常に面倒だからである。

「まあ、冗談だって。つうか何でお前が資料配って歩いてんの?」

「……理事長から頼まれただけだ」

「ははっ。妃央ちゃんの代わりかあ」

「ああ」

 妃央の話題が出るたび、嫌そうな表情になるのはもはや柏真の癖だ。

 何年も柏真と一緒にいるはじめだ。あえて泡良妃央の名前を出すのはいつも通りだった。

 はじめは相変わらずのにやついた笑顔でからかうように話しかける。

「妃央ちゃんといい加減仲直りしたらどうだ?」

「出来てたらこんなことになってねえ」

「じゃあ、正直に言おう。オーダーに迷惑がかかるから少しでも普通に話せるくらいにはなってくれ。意思疎通も出来なきゃ時には大変だからな」

「けどな――」

「男なら男らしくいけよ。なあ、柏真」

「……わかったよ。仲直りすりゃ良いんだろ」

「そうそう。穏便にね」

 にこっと深く考えていなさそうな笑みを浮かべるはじめ。相変わらずの営業スマイルは柏真にとって腹立たしい事この上ない。

 そんなはじめの言葉に乗せられた柏真は「メデューサ」のところへ向かう。

 穏便な解決のために。

 それが上手く纏まるかは別として。



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