1.永遠の雨
世の中不思議だらけ、だれも本当なんて教えてくれてはしない。
本当を知るのはすべての騎士の頂点、神さまだけ。
これは本当をつかみ取る物語。
これは悲劇の終末を描いた物語。
これは、神を終わらせる雨の子の物語。
過去を<復元>して戦いを行う武器「Eternal・Knight(EK)」を使う騎士が溢れる世界。
騎士の頂点を掴むための戦い、大戦「Ragnarok」は四年ぶりに開戦した。
ここ何年も打ち破れぬ最強の騎士団「神の軍団」から神座を奪うために騎士達は立ち上がる。
高校生八人で結成された「Eternal・Rain」もその騎士団のひとつだった。
大戦が進むにつれて明かされていく仲間の真実。それは未来を何色へと染めるのか。
全ての「騎士」は「神」になる可能性をもつ。
………………。
私立東宮学校の理事長室は非常に空気が悪かった。
色に表すと黒といったところだろうか。苛立ちと憂鬱が調和しない真黒い空気。
正面に座る青年と少女が如実にそれを表しているのは誰の目からも明らかだった。
金髪の青年は真向かいの少女から顔を逸らし、無視するような態度をとる。
一方、碧い髪、碧い目の少女は脚を偉そうに組み、やや釣りあがった目で少年を睨みつける。
そんな仲が険悪そうなふたりの他にも、理事長室の椅子に座る六人の生徒たち。
重苦しい雰囲気のなか、優雅な、老年の女性が現れる。彼女こそ、この学校の理事長、松原蘭である。
「皆さんよくお集まり頂きました。貴方たちが今回の『Eternal・Rain』、そして、『Ragnarok』へ挑戦する権利を得たものです」
「Eternal・Rain」はこの学校に受け継がれる由緒正しき騎士団。
大戦、「Ragnarok」が行われる度に選出される、神になることを目的としたオーダーである。
しかし、「Eternal・Rain」のラグナロクでの成績は前回も予選落ち、前々回も予選落ち。かつて栄光を勝ち取ったこのオーダーの力も年を重ねるごとに低迷していた。
「オーダーマスターは泡良妃央さんです。今年こそ予選突破を……」
「予選突破だと?」
響く凛然とした声音。発言者は碧い髪の少女、泡良妃央。
生意気そうなその眼つきをした少女は冷笑したあと、こう続ける。
「予選突破など生半可な事を。この私がいるからには神の座にまで登りつめられるに決まっている」
当然のようにそう述べた。
それも当然、この泡良妃央という少女は稀代のナルシストである。
しかし実力は折り紙つきの才能、巷では「メデューサ(支配者)」と例えられる程の異才である彼女は実力と比例するかのように性格はたいそう悪かった。
理事長はそんな妃央の発言にも悪意のなさそうな微笑みを向ける。
「期待していますわ。貴方達なら、あの『神の軍団』をも倒せると」
神の軍団。
大戦・ラグナロクの勝者。そして、全権を握る全ての頂点である者たちだ。
崇められるものであると同時に、挑戦者の最大の敵として立ちはだかる神は、神の名の下に絶対の強さを誇る。
その強さが戦争で打ち破られる時のみ、神は新しく生まれ変わる。
ラグナロクは、神に終焉をおくる大戦でもある。
「でも何で二年と一年だけで構成されているんですか?」
質問をしたのは左目を黒の髪の毛で隠した中性的な容貌の青年、光如月だった。
今回のオーダーはオーダーマスターである泡良妃央をはじめ、二年生六人と一年生二人で組成されていた。
勿論、この学校にも三年生は存在しているのだが、ひとりも選出されていない。確かに違和感があった。
「今回の大戦は、三年生よりも優秀な貴方たちが当校の学生でいられる間に行われる最後のラグナロクでしょう。私のエゴというものも若干あります」
大戦はそう多く行われるものではない。間隔が短くて二年。長くて七、八年は開戦しない。
それを見越すと、三年生より優秀な下の学年を選出した方が良いという理事長の判断だった。
完璧な実力主義で成り立っているのは、この学校だけではない。
EKが普及した今、社会格差はEKの実力で生まれる。
強ければ社会的地位は約束される。逆に弱ければ、この実力世界で生き残ることは不可能なのだ。
青年は自分が聞いたのにも関わらず興味のなさそうな音吐で「ふーん」と返事をした。
ここでまた、泡良妃央が発言。
「はっ、つまり贔屓もあるということか。かような弱者を入れてどうしようというのだ」
妃央が指差すのは真正面の青年だった。
堂々と公然で馬鹿にされた青年は黙っていられない。
「なんだよそれ」
もちろん、青年はよりいっそう苛立ちを浮かべた顔で泡良妃央に食って掛かる。
青筋を浮かべた怒り顔の青年にびくともせず、泡良妃央は悠然な嘲笑を浮かべながらまだまだ罵倒を続ける。
「わからぬか、貴様のような弱者はこのオーダーには必要ないと言ったのだ」
二人の間は火花をちらすどころではなく、今にも爆発が起きそうなくらいだった。
誰からみても明らかに仲が悪いふたりは、ついに武器を「召致」する。
「<雷を得た古豪の刀よ、現世へ戻りて騎士を討て>」
「<聡い謀反の将よ、我に相応しき刃を授け給え>」
召致の引き金となる「永遠詩」はほぼ同時に語られる。
かたや片手に宿る雷。かたや白藍色の氷のような日本刀。
「柏真さん、妃央さん。けんかはお止めなさい」
笑顔のまま、そういい放つ理事長。しかし効果はないようだ。
周りにいる人間はこの喧騒に呆れたり、笑ったり、慌てたり。
「今と昔は違うってこと、思い知らせてやる」
「やれるものならやってみろ。貴様など刀の錆にもならんわ」
「……仕方ありませんね。皆さん、取り押さえて、武器をしまわせて。話が進みませんわ」
理事長はそう他の騎士に指示すると、騎士たちは顔をあわせて、仕方ないと言わんばかりに溜め息を吐く。
まあまあ、となだめてその場は収まったが、ふたりの不服な態度は変わらない。
椅子に座った泡良妃央は指をさして柏真に向けてうそぶく。
「貴様は私には勝てない。これは『過去』にも『未来』にも変わらない真実だ」
「妃央さん、そろそろお止めなさい。高種さんも、挑発に乗ってはいけません」
理事長は泡良妃央と高種柏真を制すると、ようやっと話の続きを再開する。
「ラグナロク開戦は四月二十日から未明まで。予選は自由戦。勿論、一番強きオーダーのみが本戦出場を約束されています。――今日の話はこれだけです。いいですか、協調性を持ち、オーダーとしての勝利を望むこと、忘れてはなりませんよ」
理事長は先ほど争いを始めたふたりに釘を刺すようにところどころ言葉を強調した。
次々と理事長室から出て行く生徒達。最後に高種柏真が軽く会釈をしてから丁寧にドアを閉めていった。
* * *
「Eternal・Rain」の面々が立ち去り、静寂な空気がただよう理事長室には、理事長である松原と執事のただ二人のみ。
「あの子達の仲があんなにも悪いとは思わなかったわ。……ねぇ、村正?」
村正、と呼ばれただらりと長く垂れた目が全く見えないほど、視界を遮る前髪を持つかたわらの執事。ノーマルなスーツの着こなしだが、どこか妖しい雰囲気が感じられる。
主である理事長の問いかけに、口が開く。
「泡良妃央様と高種柏真様の仲の悪さは有名です。一度入った亀裂はEKのように簡単には修復されないという事なのでしょう」
「しかしある程度の協調性が取れなければゲームは勝てない。あの二人の仲が回復しない限りは、恐らく予選突破など望めない」
理事長は頭を抱えて悩む。
オーダーである泡良妃央が他の騎士の統率を上手くとらなければ、間違いなく今回も「Eternal・Rain」は予選落ちだ。
そういうわけにはいかないのだ。「Eternal・Rain」というブランドはこれ以上失われてはならない。今回のラグナロクには松原も例年より期待を賭けていた。
こんな年はないのだ。奇跡でしかない、この年を逃すわけにはいかない。
学校で群を抜く強さの反面、彼らのなにげない幼さと狂気がオーダーを堕落させるのではないかと心配だった。
「蘭さま」
「何ですか」
「私に考えが御座います」
蘭は村正の知恵に耳を貸す。
良い年した大人たちがひそひそ話。それに笑むのは松原。
「わかりました。あなたの知恵、試してみましょう」