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仕事してると

作者: 竹仲法順

     *

 毎日単調だ。あたしも朝早く気だるい体をベッドから起こし、洗面台で洗顔してから、メイクする。そして定時に会社に出勤し、与えられた業務を淡々とこなすのだ。自分でも分かっている。夏バテしてるなと。さすがに体がだるいのだ。ずっとパソコンに向かっていて、体のあちこちにガタが来ている。腰やお尻など坐骨神経痛はあったのだし、食事を取りに行くにしても安手のランチ店などで済ませていて、やはり疲労してしまっている。ずっとこんな調子だと気分が塞ぎ込むことが多い。一日に二回朝晩欠かさず彼氏の志人(ゆきと)にメールしていたのだし、たまにはスマホに電話が掛かってくることもあった。

     *

「美咲」

 ――何?

「毎日仕事疲れてるだろ?」

 ――ええ、まあね。……志人は?

「俺?俺もさすがにサラリーマンだから単調だけど」

 ――来月のお盆休みはどこか行こうよ。

「うん。俺もそう思ってた。海外にでも行かない?」

 ――海外?……遠すぎない?

「そんなことないよ。今は飛行機があるから近いし、過ごしやすいよ。特に南国はね」

 ――分かった。考えておくから。

 電話で会話しながらいろいろと言い合う。あたしも志人とは意見のズレがほとんどない。ツーカーで通る仲だ。気になることはもちろんあるのだが、あたしたちみたいに五年も一緒にいると慣れっこになってしまう。互いのことは知り尽くしていた。別にあたしたちは首都圏の有名大学を出ているわけじゃなくて、普通に地方の私立大学を出ていたのだし、自慢できることは一つもない。似た者同士で付き合っているのだった。ずっと仕事をしながら合間に会う。休日は彼があたしのマンションに来るのだ。メールなどで予め来る旨知らせておいて。別にお互い気掛かりなことは何もなかった。あたし自身、志人とはずっと一緒にいて、彼に食事を用意するときも好みを知っているので買いやすい。彼はファーストフードが好きなのだ。フィッシュバーガーやフライドポテト、それにナゲットなど。夏場は冷たいコーヒーを用意すればあっという間に食事の準備が済んでしまう。あたしもずっと昼間は日替わり定食ばかりで食事に変化はなかったのだし、年中同じものを食べ続けている。彼が来るときは部屋に掃除機を掛けてから綺麗にし、ゆっくりと待ち続けた。志人はあたしのマンションまで歩いて十五分ぐらいの場所に住んでいる。あたしと同じくマンションなのだが、彼の部屋は狭い。1Kである。だから1LDKのあたしの部屋に来るのだった。

     *

「この間の話、結論出た?」

「うん。南の方に行く話でしょ?あたしも島なんかに行ったらゆっくり出来るかも」

「そうだよ。南の方は蒸し暑いけど、Tシャツに短パンで過ごせるからね。快適だよ」

「でも日焼けとかしそう」

「ちょっと焼けたぐらいがちょうどいいんじゃない?いつもはずっと肌が白いままだから」

「まあ、そうね。……もしかして、もう行き先決めてるとか?」

「図星だよ」

 志人がそう言ってカバンから旅行会社のパンフレットを二枚取り出し、片方をあたしに手渡す。そしてベッドに横になり、寛ぎ続けた。スモーカーなのだが、あたしのマンションに来たときは吸わない。それに腕同士を絡め合わせて抱き合うと、愛情に素直になれる。お互い何も言わなくても分かり合えた。これが恋人同士の心だと思う。あたしにはそういったことがちゃんと分かっていた。ゆっくりとベッド上で愛を育む。愛撫し合って。そして達した瞬間はとても気持ちよかった。ベッドに寝転がりじゃれ合う。その後、混浴するのだった。バスルームで体を洗い合いながら、掻いていた汗や浮いていた脂を落としてしまう。夏の夕暮れを楽しんでいた。二人きりで。

     *

 <ボードガーラル島>は赤道直下で常夏の島である。そこに来月のお盆休みにバカンスに行こうと、志人は言っていた。あたしも抵抗はない。ずっと仕事で疲れていたのだし、年に一度ぐらいは海外旅行もいいと思えた。往復の航空券を取り、ホテルも予約して島の観光スポットなどを全部調べ上げてから行くことにする。楽しみだった。普段職場で押し殺している感情が一気に出そうだ。でも別にいいじゃないか。いつもはずっと忙しくしている。こういった島での生活が少しでも普段の退屈さを癒すことになれば、それに越したことはない。ゆっくりするつもりでいた。真夏の島は暑いだろうと容易に察しが付いていたのだけれど……。

     *

 そして八月半ばのお盆休みがやってきた。あたしたちは成田空港からフライトし、島へと向かう。何気ない感じだが、時間など作ろうと思えばいくらでも作れる。あたしも気を楽にするつもりでいた。確かに日本とはまるで違う場所だ。人間も暢気だと思う。島に行くには成田から片道五時間のフライトが必要だった。だけどその程度なら楽だ。あたしもそう思って機内でのんびりしていた。国際線らしく機内のスクリーンでは映画などが上映されていて、新聞や週刊誌なども取り揃えてあり、退屈しない。あたしもずっと仕事ばかりだったので正直なところ疲れていた。それを解消するため、今回の旅行を選んでいる。島での滞在が楽しみだった。一体どんな思い出が出来るだろうかと思い。そしてどんな人と巡り合えるのか、心躍るように。ゆっくりと飛行機が島へ向かった。大海原を越えて島へと辿り着く。滑走路に航空機が下りた瞬間から、島での滞在時間が始まるのだ。わずかに三泊四日であったにしても……。気持ちが高まる。島で過ごす時間が何よりも楽しみで……。それに何かと慌しい日常を忘れられるのでありがたい。こういった時を大事にしていこうと思っていた。仕事をしている時には味わえないような快楽を味わうつもりでいて……。島に着いてからバカンスが始まった。入国審査を済ませてまとまった額の日本円を現地のドルに交換し、空港前のタクシー広場でタクシーを拾って……。それから先のことは言う必要がない。二人での旅行は十分楽しめた。その思い出がデジカメに一杯詰まっている。写真をたくさん撮って保存していたのだし……。太陽に焼けた三泊の旅行が楽しかったのは今でも記憶の奥底に残っている。大事な思い出として。

                               (了)



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