ー 回 ー
彼は少年兵だった。
けれど、二年前までの彼は、人よりも少し足が速くて、少し高く跳べるくらいのただの陸上部の高校生だった。
戦争が起きた。
突然のことだった。
軍隊を持たないことを法律で掲げているような“平和な国”が、彼の国だった。
攻め込まれた原因やきっかけを彼は知らない。
建前の理由は発表されていたけれども、発表が真実かどうかは分からなかった。
彼に原因を推測することは出来ても、真実は国民に知らされず、また知るすべもなかった。
そうして戦地と化した故郷で、彼も、彼の身近な人間も、誰も彼もが否応無しに巻き込まれていった。
次々と人が死んでいった。
数えきれないほど死んでいった。
昨日の夜、隣りにいた誰かが今日の朝にはいない。
それが当たり前の世界になった。
彼は、それまで喧嘩はしても誰かを傷つけたことはなかった。
けれど、生きるために、守るために、彼は兵士になった。
銃の扱い方を覚えた。
(誰かに向かって撃った)
分解の仕方を覚えた。
(すぐに全て自分で整備することになった)
改造の仕方を覚えた。
(修理も改造もしなければ間に合わなくなった)
ナイフの扱いを覚えた。
(思い切り良く)
撫でる。
(力をこめて)
押す。
(勢いをつけて)
回す。
銃の扱いも悪くはなかったが、師が得意としていたものだったからか、彼にはナイフの方が性に合っていたのか、すぐに周りも驚くほど自由自在に操るようになった。
そうして凶器は彼の目の前の道を赤く切り開く身体の一部となった。
絶望の世界。
狂ったせかい。
望みのないセカイ。
それでも
誰もが己を
大事な者を守るために
戦って
戦って
戦っていた。
そんな世界で、彼は生き残っていた。
疲弊した彼の世界は混沌と混迷に澱み濁って、それは敵も味方もなく傷つけ、そして誰もを憎悪に塗れさせた。
人が人を信じることも、人らしくあることさえも難しく、皆が生きることに必死だった。
大事なものが次々とその手のひらからすり抜けていく中で、それでも彼は、託されたものを必死に握りしめていた。
生きたかった。
守りたかった。
そして
縋りたかった。
逃げて逃げて逃げて。
いつしか、どこかとどこかの条約で結ばれた中立地帯へと、後もう少しのところまで辿り着いた。
本当に、そこへは後もう少しだった。
けれど、彼らのいく場所に「何かが墜ちてくる」という噂があった。
混乱した情報は、迷いなく進んでいた彼の足を止めた。
辿る確かな道筋を探すため、彼は彼の手に残った最後のものを密かに隠した。
誰にも何ものにも傷つけられることがないよう、大事にしまった。
隠したそこは、安全だった。
彼が偶然に助けた姉妹の隠れ家で、この世界で生き延び続けてきた彼の目から見ても、あると知らなければ見つけられそうになかったから、そこは安全な筈、だった。
そして
妹のように可愛がっていた三つ年下の女の子は
死んだ。
犯されて死んだ。
はらわたを裂かれて死んだ。
姉妹は、彼に守られるモノが羨ましかった。
守ってくれる者のいない自分達が惨めだった。
この世界でまだ笑い合える二人が妬ましかった。
彼は
間に合わなかった。
女の子は、小さな頃からの幼馴染みだった。
彼に戦い方を教えてくれた、尊敬すべき師の娘でもあった。
師から託された、彼の最後のーーーーー
いつのまにか、まわりはあかくそまっていた。
ながれでたあかと、ところどころのぞくうすももいろ。
うごくもののない、しじまのせかい。
うごかない、せかい。
そうして
遠くに墜ちていく閃光の中で
彼の世界はーーー壊れた。
こんなダークでアレな雰囲気の小説を読んで下さりありがとうございます。
一応似非現代?のフリしてファンタジーです。