4 彼らの過去
ぅう、怪我が痛む
でもとりあえず居場所は手に入れた
しかも警察が味方になったなんて
運がいい
……
……え?
今わたし何考えてた?
「んぅ……」
どうも、窓から差し込む光が眩しい。
ハルは顔をしかめ目を開けた。
数回まばたきをし、目線だけを動かして隣を見ると、仕切りのカーテンは閉じられている。
今あの子は寝ているのだろうか。
少女はくぁっ、と欠伸をしてゆっくり体を起こす。それだけでも傷は痛くて息があがって、またぐったりとベッドに体を預けた。
目だけで時計を追うと、12:26の表示。
夜中に銀色の髪の兄弟と話したあと、自分はかなりの時間を眠ってしまったらしい。
そんなことを考えながらすることもなく退屈に身を任せていると、
「あぁ、駄目よ起きちゃ!」
若い女性の看護師が自分の傍にぱたぱたとやってきた。
「いい? あなたは安静第一なの。頭と助骨に損傷があるくらい殴打されていたのよ? 普通だったら動けないくらいなのに……」
あなたは感覚が鈍いのかしらね、と心底困ったようにため息をつかれる。
それに対してハルは不快感を露わにして顔をそらした。
薬の匂い、白衣、聴診器、注射針、白い壁、みんな嫌い。
少女の記憶の中のナニカが“病院”を拒絶し、そこで働く人々をも拒絶する。その本能からの行動を看護師は心を開かないのと勘違いしたのか、ま、気長にやっていきましょうかねぇ……と呟いた。
そのとき、コンコンと開いているドアを叩く者。
振り向くとそこには黒髪を持つスーツ姿の人物が中を伺うように立っていた。
「えっと……中入っていいですか?」
男性の声だが、若干高めの声が室内に響く。
「あら、秋本院長の息子さん」
看護師は顔を明るくして彼に近寄った。
「いやぁ、お世話になってます」
彼が屈託のない笑みを浮かべると、看護師は、お仕事はどうされたんですか、と聞く。
「今日は親から資料を貰いに来まして。ついでに霧谷に弟のことを頼まれましてね」
「そうですか。遥君なら夜うまく眠れなかったらしくて、今寝ています」
「そうですか……。あ、じゃあちょっとその子にも用があるので話していっても良いですかね?」
「え、この子にですか?」
看護師が振り返りハルを見る。
すると彼女は相変わらず起き上がったまま上目遣いで2人を睨んでいた。
「ダメ……ですかね?」
「うーん、ちょっと待っててください」
看護師はハルの方へと向かい、ほらさっさと横になりなさいと促す。しぶしぶベッドの中に入った彼女を見て、
「さあどうぞ。ただあまり長く話しては駄目ですよ」
秋本に微笑んだ。
「ありがとうございます」
秋本が少し頭を下げると、何かあったら声をかけてくださいね、とだけ言って看護師は部屋から出て行った。
「さて、ハルちゃん初めまして。琉貴君の上司の秋本啓です」
扉をぴったり閉めてから秋本は笑顔で名乗った。
「なんの、用?」
先程よりもいっそうハルが睨むと、彼は困ったように笑う。
「そんなに警戒しないでよ。僕は情報を知りたくてね」
「なんで部下にやらせないの?」
それでも半ば布団に隠れるようにして冷たい声を返す。元々初対面の人間には警戒する癖があるうえに、看護師に注意をされたので機嫌が悪いようだ。
「用事があったついでだよ、ついで。実は現場の方が好きだし。ここは病院だけど……。優秀な琉貴君のおかげで僕はいろいろ楽だし」
秋本はそれでも気にすることなく話を進める。
ハルが嫌そうに布団に潜って逃げようとしたそのとき、
「やぁあぁあぁぁあっっ!! ぁあっ!」
幼い叫び声が部屋中に響きわたった。
「遥君?!」
すぐに隣のカーテンの向こうに消えた秋本。
驚いて直ぐさま起き上がったハルはすぐに傷みを抑えて再びベッドに倒れ込んだ。ズキズキ痛む怪我をこらえながらカーテンの隙間に目をやると、泣き叫んで秋本にしがみついている遥の姿。声を聞いてあわててやってきた、先程とは別の看護師がそこに加わった。
昨日の元気だった遥からは想像もつかない、姿。
無力な少女はただ呆然と見ているしかなかった。
しばらくして、なんとか落ち着いたらしい遥が涙に濡れた瞳を落として眠りについた。
状況が飲み込めず、ただベッドの中で困っていたハルは中から顔を出し、此方に戻ってきた秋本に視線を合わした。
「そばに、いてやらなくていいの?」
「寝てるときに人影あると警戒して目が冴えちゃうんだって。だから琉貴君も、カーテンの外で寝てたりするよ。カーテンから出てさえいれば大丈夫らしいから」
彼の言葉には、深く重いモノが含まれていた。
「……あの子、なんなの」
眉間のシワを更によせて呟くハル。
「実は、」
それに反応して言葉を出そうとするが、少し躊躇う。それからちらりとカーテンを見て、静かに語りだした。
「実は、霧谷家は昔強盗に入られてね。琉貴君は当時一人暮らしをしてて助かったけど……遥君は……目の前で両親が刺し殺されてしまったその現場を見てしまったんだ」
怒りか悲しみか、震える唇が紡ぎだす真実に、彼女の眼は見開かれる。
彼は目線を下げて言葉を続ける。
「そして、遥君も刺されてしまったけど、奇跡的に助かったんだ。そのときの事件を僕が担当して、それで2人と出会ったんだよ」
静まりかえる空間。
日光は確かに差し込んでいるのに、先程とは違い、何かが重く、暗かった。
「……で、それが原因であの子は怯えているの?」
唐突に、ハルがその沈黙を破る。
「ん、そう。フラッシュバックとかにも苦しんでいるんだ。元はあんなに病弱な子じゃなかったらしいよ」
秋本は先程とは違う、強い意志を持った真剣な光を目に宿す。
「僕はもう遥君みたいな子を増やしたくないんだ。だからどんな小さな情報でも欲しい。今回の連続殺人事件は、なんとしてでも終止符を打ちたい」
そして彼は、
「だから、語るのは辛いだろうけど……お願いだよハルちゃん。どんなことでも良いから情報をください」
目の前の彼女に頭を下げた。
「……」
ハルは黙り込んで目を泳がせていたが、やがて、ごめんなさい、と小さく呟いた。
その言葉に秋本が顔をあげる。
ベッドの中でうなだれていた少女は前に垂れ下がった前髪のせいで表情が見えなかった。
「暗くて、冷たくて、殴られて、弄ばれて、痛かった」
機械的な返答が発せられる。
「それしか、覚えていない」
「そっか……そこの記憶も、曖昧なんだね」
覚えてないのも辛いよね、と秋本は少女の小さな頭を撫でようとした。
とたんにビクッと警戒するハル。
「あ、ごめん……」
彼は苦笑して手を下ろした。その手をじっと見つめる。遥とも琉貴とも違うそれを、ハルは手を伸ばして軽く触れた。
予想外の行動に軽く動いた意外に大きな手。
しかし反応される前に素早く手を引っ込める。
瞬間、痛む傷を無視してハルは再び睨んでいた。
「それじゃ、僕は行くけど……また来るよ」
戸惑いを隠すように立ち上がる彼。
少女は拒絶も肯定もせずに、静かにその後ろ姿を瞳を細くしていて見ていた。
消えることはない
その過去は
人を縛る
はたして彼らは
振り切る勇気を
手に入れられるだろうか
どうも、お久しぶりです。
すみません、この頃多忙でして……
非常にゆっくりの更新ですが、お付き合いいただけたら幸いです。