3 いい“人間”
……
――――……あ……
微かに……
…………温かい……?
ここは
天国、なの?
ぅうん、私が死んだとしたら地獄だろうな
わたしは
生きてちゃいけないような存在だから……
……ぁれ?
なんで
生きちゃいけないんだっけ……?
少女は弱りきった自分の体が抱きしめられたのを微かに感じた。
誰、と思い目を開けようとしたが、意識が混沌とし、暗闇の底に引きずりこまれてしまう。
(待って、私知りたいのに)
そう抗っても闇は濃くなる一方。
仕方なくそのまま漂っていると、少しずつ氷のように冷たかった体に感覚が戻ってきた。
(何故?)
うまく働かない頭でぼんやり考える。
と、あれほど開くのが億劫だった瞼が自然に開いた。
そこには白い壁、蛍光灯に仕切りのカーテン。
薄暗いのは今が夜だからだろう。
起き上がろうと体を動かそうとし、点滴に繋がれていることに気づいた。
「っまさか!」
とっさに体に電流が走ったように跳ね起きる。
が、そこには少女の恐怖の対象となりうるモノはいなかった。
少女はホッとため息をつき辺りを見渡す。
どうやら自分が寝かされている場所は病院のベッドらしい。
「……?」
わたしは確か雨の中、暗い路地裏で命果てようとしていたはずなのに。
自分をいたぶって遊んだ奴らは……
どうなったんだっけ?
あのわたしを抱きしめた手は誰のものだろう……天使?
とにかく、どうしてこんな見知らぬ場所にいるのだろう。
少女はその答えを探すが、見つからない。
疑問が次々出てきたところで、仕切りのカーテンが遠慮がちにゆっくりと、その者に開けられた。
そこに立っているのは幼いパジャマ姿の銀髪の少年。
彼は自分を見るなり嬉しそうな表情をし、
「良かった、目が覚めたんだ」
無邪気な声色でそう言葉を紡いだ。
どうやらこの様子からして彼は自分がここにいる理由を知っているらしい。
何か聞こうと思い口を開こうとすると、
「にぃちゃん起きて起きてっ」
彼は急に後ろを振り返って誰かに話しかけた。
彼以外に“人間”がいるのか、そう思い奥に目線を移すと、
「ばか。遥、お前まだ熱あんだからあんま騒ぐな」
どことなく少年に似ているツリ目の青年が欠伸を噛み殺しながら立っていた。
だってぇ、とムスッとする遥に、青年はぶっきらぼうに彼に頭を撫でた。
そして少女の方を向くと、
「怪我は大丈夫か?」
そう言って視線を少女に合わせた。
流されるままにコクリと頷くと頭に激痛が走り顔が歪む。
だが慌てて彼らが近寄ったから平気そうにしてみせた。
すると大丈夫と判断したらしく、2人は一安心していた。
無理しないでね、と肩までの銀色の髪を揺らす遥。
だけど、ワカラナイ。
状況が全く理解できない。
「…………どうして、わたしはここにいるの? あなたたちは誰?」
渇いた喉から自然に発せられた声。
迷いと疑いの光を宿した眼差しが、青年達を映していた。
だがそれに対して青年は動揺することもなく、率直な偽りのない言葉を返す。
「3日前に、お前襲われて倒れていたんだよ。俺は警察だから立場上保護した」
続いて遥はにっこりと純粋な笑みを浮かべて言う。
「にぃちゃんは口悪いけど、ずっと心配していたんだよ? 僕が熱無かったらどう言い訳してここに泊まっていたんだろーね」
少女は愕然とした。
この世界にこんな“人間”が居たのか、と。
今までに何度も見てきた偽善かとも思った。
だが、自分を偽る“人間”にこんな笑みを浮かべられるだろうか。
そう自らに問い、出た答えは否で。
“人間”にもいい人がいたんだ、と思った。
一方、「違う、余計なことを言うな」と不機嫌になった青年は、
「それからお前、頭を強く打ちつけたらしいから、しばらく検査したりするんだと。怖くないから大人しくしているんだぞ」
そう付け足すように言った。
「……わたしが何者かも分からないでなんでそんなことしてくれるの?」
少女はそれでも完全には警戒を解けないらしい。
「警察でお前を保護することになったからな。寝てる間に調べさせてもらったが、全然情報が入らない。多分お前、親いないんだろ」
「……たぶん親戚、すらいない……」
すると、ようやく少女が自分のことを話した。
彼らははっとしたように少女を見ると、彼女の瞳は死んでいた。
すると青年は、やはりな、とため息をついて、
「なら、家にくるか?」
包帯が巻かれた少女の頭を不器用に撫でた。
「…………え?」
思わず聞き返す少女に、
「家には俺と遥しかいないから、来ても何も問題はない」
「……なん、で」
「嫌か?」
「違う。なんで、こんな……わたしに……」
「別に、保護ついでにお前から犯人の情報を聞くためだから、気にすることはない」
目を逸らし、ぼそぼそという青年に、
「……ありがとう……」
少女は微かに笑って承諾した。
笑ってもとれない眉間のしわが、彼女の苦労を物語る。
それに気づいた遥は少し悲しげな顔をするが、振り払うように次の言葉を発する。
「自己紹介するよ。僕は霧谷遥」
「……俺はその兄、琉貴だ」
今は琉貴も静かに微笑んでいる。
しかし少女はどう答えて良いか分からない、ただ小さく頷くことしか出来なかった。
そんな自分を怪訝そうに思う様子もなく、遥は笑顔で、
「君の名前は?」
そう言った。
いきなり聞かれ、訪れる沈黙。
ずっと昔
確か
お父さんがいた
お父さんは、わたしに名前をつけてくれた……
でも
それは大分前に失ったものだった
だってお父さんは……
あれ?
お父さんは……
どうしたんだっけ?
黙り込む自分を不審に思ったのか、2人はじっと此方を見つめる。
困り、一生懸命考えると、ふと浮かんだ。
すごく昔に呼ばれたことのあるような、記憶の底で擦れていた、言葉。
それを思い出したとき、
「ハル」
無意識に言葉が出た。
「ハルちゃん?」
遥に呼ばれ、また流されるままに少女はコクリと頷くと、彼は嬉しそうに笑った。
「そっか、よろしくね」
そして右手でハルの手を握る。
驚きと条件反射で引っ込めようとしたが、握手だよ怖くないよ、と言われ止める。
温もりが手の平から伝わってくる。
遥の熱のせいか、少し熱く感じるくらいだ。
「よろしく」
琉貴もそっと手を彼女に向かって差し出した。
遥の手を離し、軽く握り返すと先程の手より大きく、そして冷たい。
だけどハルは気づいた。
(天使の、手だ)
確かに自分を助けた優しい手だと。
2人の優しさに包まれて、ハルは不器用に笑った。
温かい
体がじゃない
心が
でも……なんでだろう
生きててよかったって
思いたいのに
心のどこかがそれを拒絶する
……とにかく頭、痛い
そのせいか何か忘れている気がする
気のせいだといいんだけど……
彼は彼女を受け入れた
彼女も彼を受け入れた
ここで拒絶していたら
もっと違う道があったかもしれない……
この道に進む
覚悟
ありますか?