2 血と雨が降る
来ないで
来ないで!
なんでこんな日に限って“人間”が来るの
なんでこんな日に限ってこんな奴らが来るの
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
来るな来るな来るな来るな!
わたしを好奇な目で見ないで!
私をどこかに連れて行こうとしないで!
そんな……そんな……
お願いだから去ってよ
わたしを生かさないで……
その後。
琉貴は、とある事情により自宅で情報収集をしていた。
雨の暴れる音が響く部屋に、カタカタとキーボードの音が交わる。
しかしどれだけ裏サイトをまわっても、“改造・人造人間”や“薬”、“臓器売買”など別の犯罪ネタの情報にばかりひっかかってしまう。
昼間から始めた筈だが、外はもう街灯に灯が点り始めていた。
さすがに疲れてきて、目を擦り小さく欠伸をする。
と、そのとき。
コンコン。
静寂を打ち破る音がドアの奥からした。
「……遥、か?」
振り向き声をかけると、
「うん」
ドアを開け、“とある事情”の張本人であるパジャマ姿の小さな影が入ってきた。
「どうした? なにかあったのか」
ギィ……と椅子を動かし彼に向き合うと、
「今さっき、おにーちゃんに電話来てた。啓ちゃんの名前が表示されてた」
熱のせいで少し潤んだ、兄と同じ銀の瞳を向けてくる。
「秋本警部が?」
琉貴は、そうかありがとう、と携帯を受け取りリダイヤルする。
すぐに聞こえてきたのは、秋本の震える声だった。
『琉貴君? いきなりごめんね。……でも、さっきから凄く嫌な予感がして止まらないんだ』
とたんに琉貴の心臓が飛び跳ねた。
「どうしました?!」
反射的に立ち上がり、必死に呼びかける。
『分からない。だけど今夜何かがあると思う。ボクらの担当じゃない事件かもしれない。でもさ、だからといって……』
ほっとけないよ、語る涙声に琉貴は、
「分かりました、すぐ外を見回りに行きます……!!」
彼を励ますように叫んだ。
『ありがとう。ボクも外にいるから何かあったら連絡してね……』
それから遥に手短に謝ると、何も羽織らないまま拳銃と携帯をバッグに入れ、外に出て行った。
玄関を境に一気に襲いかかる豪雨。
それを無視してバシャバシャと走り抜けていく。
不安と恐怖。
琉貴の心の中の全てがその色で染まっていた。
こんな雨の中にまで起こる事件なんて正気の定ではない。
一刻も早く見つけないと……。
一般人が恐怖一色に染まる。
それは分かっているのに。
息切れがしてきて、体が言うことを聞かない。
路地は夜と雨のせいで視界を隠す。
雨の音が聴覚をも奪う。
事件の証拠も流す。
雨粒が余計に体力を奪う。
彼の心に絶望の影がさしかかったとき。
「……はっ……!」
信じられない光景が、目の前に広がった。
痛い……
痛いよ……
体中が悲鳴をあげてる
特に
頭、割れるように痛い
血が無くなるのを感じる
ぁあ……
でも
お腹いっぱいだ
だけど
もぅすぐ出血多量かなんかで死ぬんだろうな
ばいばい
この世……
最後に不必要な食事をした
私を許してください……
「……これは…………」
言葉がうまく出てこない。
思考が働かない。
秋本の言葉がよみがえる。
“死体はみんな、どこかえぐられてたように欠落しているんだって……。ほぼ体が無くなってるのもあったらしいよ。まるで……”
そう、あの時猛獣に襲われたようだと言われた。
まさにそうだった。
得体の知れない化け物が獲物をいたぶり殺して、ゆっくりと食事をした後は、このようになるのだろう。
というか本当にそれが真相なのかもしれない。
「……」
しばらく雨に打たれ、やっと冷静さを取り戻した。
恐る恐る1歩ずつ近づいてみると、ぴちゃぴちゃと雨と共に誰かの血も飛ぶ。
死体は、3つだった。
3つとも、体のほとんどが無かったり千切れていたりしていた。
そして地面に、助けを求めようとしたであろう携帯と、それを持った腕のみが転がっていて。
目玉が近くに落ちていた。
いくら血に慣れていても、気持ち悪い……。
こんな状況では犯人はおろか、証拠さえ消えるのは時間の問題だ。
その前に手がかりを見つけねば。
彼は丁寧に死体をかき集め袋に入れ、微かなものでも手がかりを全てカメラにおさめ始めた。
すると。
「……ん?」
残りの1つの肉片の影に、もう1つ死体を見つけた。
それはまだ少女と言えるくらいで。
血だらけだが、体は何処も欠落していなかった。
「……なんでだ……?」
明らかに死体の状態が違う。
陰になっていたから化け物の瞳から逃れられたのか……。
「……馬鹿だな……もうちょっと、生きていればよかったのにな」
哀れみの言葉をかけ、傷の深さや死因を見るために、そっと触れた。
と、ピクリ、と少女の手が動く。
「生きてる!?」
抱き上げると、異常な軽さに更に目を見開いた。
華奢、というどころではない。
明らかな栄養失調だった。
「……っくそ!」
考えるより先に、体が動いてしまった。
胸元にその子が冷えぬようにとしっかり抱きしめ、琉貴は雨の中を走り去っていった。
歯車が噛み合った
2人は出会った
もぅ後戻りは出来ない
彼は彼女の世界に
彼女は彼の世界に
巻き込まれていく……