幼馴染が厨二病になったけど、俺は今でも世界一可愛いと思ってる
「私を、遼くんのお嫁さんにしてね」
小学四年生の頃、土屋遼は、物心ついた時から遊んでいる、幼馴染の赤羽美羽と近所の公園でそんな約束をした。
よくある子供同士の、何も知らない純粋無垢な婚約である。
美羽が、遼の手を取り年相応の可愛らしい笑顔を浮かべてそう言う。
「あぁ、もちろん!」
遼は、美羽のその言葉に、二つ返事で了承した。
時刻は午後四時半。門限の五時までもう少し時間があった。だが、冬は暗くなるのが早い。
あたりは夕焼けから少しずつ、若干だが暗くなりはじめていた。
「可愛いな。美羽は」
「もう! また可愛いばっかり! それしか言えないの? ……でも、ありがとう」
その後、二人は中学、高校、大学と一緒に進んでいった。
だが美羽は、結婚の約束をした時とは、とてつもなく変わってしまった。
* * *
大学の学食、遼は美羽と一緒に学食へと向かっていた。学食へと続く廊下は生徒でとても賑わっていた。
その後、二人はなんだかんだずっと一緒にいた。
けれど、小学校四年生の結婚を約束した時からかなりの年数が経ち、二人はもう大学二年生になっていた。
そんな年数も過ぎれば変わるものもある。
最も、美羽はとてつもない変化を遂げていた。
「この衝動は……魂が深淵に囚われ、絶え間ない渇望を訴えかけているのだ。A定食、その名は我が力を満たす運命の編纂書。さあ、運命の皿をもて、我が前に送り出せ! 我が僕よ!」
学食へと到着し、二人が席へと座ると早々にそんな叫び声が聞こえた……声の主は、赤羽美羽である。
そう、この長い年月を経て、美羽は立派な厨二病へと成長してしまったのだ。
美羽は、気がつけば中学三年になる頃には私服のほとんどが黒系統のドレスになり、お土産屋で売ってるような銀や金のドラゴンキーホルダーを彷彿とさせるようなアクセサリーをするようになってしまっていた。
元はと言えば、この厨二病の始まりは遼からなのであった。
二人が中学二年生の頃、美羽は遼の部屋で一冊のノートを発見してしまった。
「魔界探索日記」ただの厨二病ノートだ。痛々しくて目も当てられず、読んでる自分までが恥ずかしくなってしまうような代物だ。
けれど、美羽はそれを読んでかっこいいと思ってしまった。
気がつけば、美羽も厨二病となり、遼が高校生となって「魔界探索日記」や「極秘資料集」なども書かなくなっても、美羽の厨二病は変わらなかった。
そこに遼も負い目を持ってしまい、美羽の厨二病の相手を今もしている。
「承知した! 我が主人よ! A定食であるな!」
「うむ!」
遼は学食の券売機の方へと向かっていった。
「またやってるな。ほんっと仲良いなお前ら」
遼が券売機で券を購入していると、一人の男に呼びかけられた。
振り返ると、そこには高校からの友人の、北村秀吾がいた。
かなりのイケメンで、高校の頃から女子に人気がある。
「まぁな。十六か十七年くらいの付き合いだし? なんか物心ついた時から一緒に遊んでたからな」
「そんな長い付き合いなのか⁉︎ じゃあさじゃあさ。赤羽が厨二病になる前ってどんななのか知ってるのか?」
「そりゃもちろん。それはそれは可愛い子だったよ」
遼は券売機でA定食の食券を買う片手間に秀吾へと返答を返す。
すると、秀吾は「へぇ〜気になるな……可愛かったって、なんか今は可愛くないみたいな言い方じゃね?」と、遼に返す。
すると、遼は秀吾の方をバッと振り向く。
あまりの遼の勢いに、秀吾は一瞬たじろいでしまった。
「馬鹿か。可愛くないわけないだろ? 今の美羽も可愛いよ。なんか昔と今は……可愛さのベクトルが違うんだよ。別種類の可愛さ?」
遼が声を張り上げてそう言うと、この言葉だけが美羽に届いてしまったらしい。
次の瞬間、美羽がバッと立ち上がってこちらへと早歩きで歩いて来た。
「可愛くないもん! 私……我はかっこいいんだもん! 我はお前の主人であり闇の使者のヘルヴァニティ・ダークメッセンジャーなの!」
美羽が涙目でそう訴えかけてくる。
「ヘルヴァニティー・ダークメッセンジャー」とは、美羽が考えたもう一人の自分の名前らしい。俗に言う厨二病ネームである。
美羽の言動は、動揺からか少し厨二病が抜け、普通の美羽へと戻っていた。
美羽は遼に「可愛い」と言われると、あからさまに動揺し、カッコいい自分を押し付けようとしてくる。
そんなところが、遼からすればとても可愛かったのだ。
「ごめんごめん! 美羽はかっこいいよ! かっこいい!」
「だから! 美羽なんて言う名前は封印したの! ヘルヴァニティー・ダークメッセンジャーなの!」
美羽からは、すっかり厨二病が抜けてしまい、素の気が強いけど泣き虫な、可愛らしい美羽へと戻ってしまっていた。
「我が主! 先ほどの言動、お詫び申し上げる!」
遼はいつものように、美羽に頭を下げる。
学食内の生徒たちは、美羽と遼を見て、「またやってるよ」「ほんとなかいいいね」などと抜かしていた。
けれど、遼と美羽の耳にはそんな言葉は入ってこなかった。
美羽は遼が自分の厨二病に乗って来てくれた喜びで、遼は厨二病になっても可愛らしい美羽に見惚れてしまっていた。
「でも、ヘルヴァニティー・ダークメッセンジャー。お父さんとお母さんからもらった大事な名前をぞんざいに扱っちゃダメだぞ?」
「うっ…………」
遼が指摘をすると、反論する術がないのか、美羽は黙り込んでしまった。それもそうだ。美羽はこう見えて両親のことが大好きで、逆らえないのだ。
大学生になって、一人暮らしを始めたが、結局一ヶ月もせずに実家へと帰ってしまったという経験を持つほど、親離れができていないのだ。
「……ごめんなさい」
少し俯き気味に、漆黒のドレスのスカートを握りながら謝る美羽には厨二病の面影はなかった。
ただただ、可愛らしい女の子が、そこにはいた。
「よろしい」
遼は、美羽の頭を撫でる。
それを見た秀吾が、遼の後ろで徐に溜め息を吐く。
「はぁ……お前ら付き合ってんのか?」
「……確かに……俺たちってどんな関係なんだ?美羽」
遼に話を振られた美羽は、顔を真っ赤にし、俯いてしまう。
「わ、我とお前の関係って……血の盟約に結ばれた……」
その後も、美羽は何やらゴニョゴニョと呟いていた。
だが、突然。美羽はドレスの袖で涙を拭って、遼の方を向き直る。
その姿はヘルヴァニティー・ダークメッセンジャーではなく、覚悟を決めた、一人の少女であった。けれど、目の縁は天井の蛍光灯に照らされて、光っていた。
「……わかんない……わかんないよ……」
美羽は、強調するように、二回もそういった。
遼も、そんな美羽に返す言葉が見当たらず、二人で黙り込んでしまう。
長い沈黙が落ちる。
二人は、お互いの顔を見ることができず、俯いてしまっていた。
そんなんとき、沈黙が破られた。それは遼でも美羽でもなく……赤羽秀吾であった……
「あのさ、空気読めてないってのは分かってる、でも言わせてくれ」
二人は、突然話し始めた秀吾に驚き、秀吾の方を向いて目を見張る。
そんな俺たちのこともお構いなしに、秀吾は話を続けてた。
「別に、関係とかそんなのどうでもいいんじゃないか? 正直、高校の時からお前らを見てたけど、お前らの関係って俺にもわかんないんだよ。さっぱり」
秀吾は続ける。
「別にどうせさ、行き着く先は決まってんだろ? 最終的に行き着く関係も……お前らの中じゃ決まってんだろ?」
その言葉に、二人は反応した。
美羽と、遼の最終的に行き着く関係。そんなもの、二人ともそれぞれの心の中でずっと決まっていた。
小学四年生の時に交わしたあの約束、二人の心の中では鮮明に根付いて、今でも有効であった。
「……だったらよ、別に今はなんでもいいだろ? 恋人とか、幼馴染とか、主従関係とか、その他諸々色んなのが重なってお前ら二人だろ? 無理に一言で表す必要なんて……あるか?」
またもや沈黙が落ちる。
次に口を開いたのは、美羽であった。
「ねぇ……遼……あの約束、まだ有効だよね……?」
美羽の声には、もうヘルヴァニティー・ダークメッセンジャーの面影は一切なく、一人の、赤羽美羽という少女の声であった。
「あの約束」遼もしっかりと覚えている。小学校四年生の頃、二人で交わした約束。二人はあれを、子供同士のお遊びなんかじゃないと、思っている。
それだけで、遼の返答は確実であった。
遼は顔をあげ、美羽をまっすぐ見つめる。
「あぁ、もちろん……」
遼の返答を聞いた美羽の目から、一滴、また一滴と涙がリノリウムの床に落ちていった。




