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引きこもり令嬢は最強でした~無口なお嬢様のお世話係になった俺が彼女を外に出すまでのお話~

作者: 北条S
掲載日:2026/02/17

 伯爵家の次女――ティナ様は、数年間、部屋から出ていない。

 そして使用人たちは、誰一人として彼女の声を聞いたことがなかった。


◆ ◆


 マクラス伯爵家で使用人として働かせてもらうことになって早二ヶ月、仕事にも慣れてきて、先輩方にも迷惑をかけなくなってきたと安堵していた頃だった。


"新人さん、あなたに特別な仕事を与えるわ"


 セシルお嬢様に呼び出されて部屋に伺うと、開口一番そんなことを言われた。

 詳細を聞くと、セシル様の妹――ティナ様のお世話係に任命するという話だった。


 お嬢様のお世話だなんて、そんな責任重大な仕事を何で俺なんかに……と思ったら、先輩方のほとんどが過去に任命されているらしい。


「ティナ様は本当に気難しくて……会話すら交わせなかったよ」

「私も何度誘っても、ことごとくスルーされたわ……」


 そんな先輩たちの言葉を受け、不安を感じつつ迎えた初対面の日。

 ネームプレートが掲げられた部屋の扉をノックすると、反応はなかった。

 しかしこれは事前に聞いていた通り。セシル様曰く、いつものことなので、返事がなくとも入室して問題ないそうだ。


「失礼致します」


 一声かけて中に入ると、室内はオレンジ色の弱い光で照らされている。

 豪奢な家具が並ぶ中、可愛らしいぬいぐるみが並べられたベッドの上に、その方はいた。


 ティナ・マクラス様。燃えるような赤色の髪が特徴的な、整った顔立ちの女の子だ。

 15歳だと聞いていたが、やや幼い印象を受けるのは、ぬいぐるみを抱きしめている影響だろうか。


「はじめまして、ルカ・フィラルドと申します。本日よりティナ様の身の回りのお世話を任されることになりました。誠心誠意務めさせて頂きますので、よろしくお願い致します」

「……」


 返事はなかった。

 ただ黄金色の瞳がこちらをジッと見ているので、無視されているわけではなさそうだ。


 俺の仕事は、ティナ様のお世話。

 そして、篭りきりの彼女を外に連れ出すことだ。


◆ ◆


 ティナ様って引きこもりなのよ――とは、先輩方の談。もちろん、そんな失礼な呼び方は使用人の間だけのものだ。

 事情は分からないが、七年前からずっと一日の大半を自室で過ごされているらしい。


「お食事をお持ち致しました」


 ノックをしてから中に入ると、いつも通りベッドの上にいるティナ様。

 暇つぶしの方法だけは毎回変わるのだが、今日は手に色筆を握っている。


「ティナ様は絵を描くのがお好きなんですか? 自分も好きでたまに描いたりするんですよ」

「……」


 相変わらず返事はないし、俺がいる間は運んできた食事に手をつける気もなさそうだ。

 長居したら邪魔になると思い、いつも通り「失礼します」と言って部屋を後にした。




 廊下を歩きながら、深い溜息をつく。

 ティナ様のお世話係に任命されてから一ヶ月が過ぎた。季節は移り変わり、寒い日が増えてきたというのに、俺は未だに彼女の声を聞いたことがない。

 嫌われている――という以前の問題で、興味すら持たれていなさそうだ。


「せめて会話くらいは……!」


 お世話をするだけなら、意思疎通さえ出来れば問題ない。

 ただ俺の真の役目は、彼女を外に連れ出すこと。それを果たすためには今のままじゃダメなのは明らかだ。


「なんとしてもティナ様と話をしたい!」

「あ、それについて教えておきたいことがあるの」

「わっ!? せ、セシル様……教えておきたい事というのは?」

「あの子の好きなものとか色々。ほら、共通の話題がないと話しかけ辛いでしょ?」


 確かに、ティナ様が暇つぶしで行っていることに触れてみたり、天候の話をしてみたりしていたが、そろそろバリエーションが限界を迎えそうだった。

 セシル様の情報なら信用出来るし、好きな話題ならティナ様も口を開いてくれるかもしれない。けど。


「いえ、大丈夫です」


 頭を下げて断ると、セシル様はポカンとした顔をした。

 あ、よく考えると失礼だっただろうか……セシル様だってご厚意で教えてくれようとしていたのに、それを使用人の立場で断るなんて……!


「いいの? ティナって付け入る隙がないから、少しでもヒントになればと思ったんだけど」

「お気持ちは有難いのですが、そういう事はティナ様から直接お聞きしたくて……」


 ここで情報を得るよりも、時間がかかっても本人から聞いた方が良いと思った。

 それを機に会話も弾むかもしれないし……まあ、現状会話は一切行えていないんだけど。


「……ふーん? 真面目なのね」


 変なことを言った覚えはないけど、クスクスと笑われてしまった。


「確かに、今までの使用人たちにも教えてたんだけど、誰一人会話すら出来なかったらしいのよね」

「好きなことでも食いつかないとなると……難しそうですね」

「そうね……あの子、繊細だから」

「繊細……」


 ふと、ティナ様を「気難しい」と評していた先輩たちを思い出した。

 どちらも似たような意味なのかもしれないけど、なんとなく彼女には「繊細」という言葉の方が似合うと思った。


◆ ◆


「ルカ、お前知ってるか? 旦那様たちがティナ様を外に出したい理由」


 休憩中に話しかけてきたのは、十歳年上の使用人の先輩。

 何年か前に、今の俺と同じようにティナ様のお世話係を任されていたらしい。


「知りません」

「魔王討伐の為の人員を、王様が集めているらしいんだよ。それでティナ様に声が掛かってるんだってさ」

「ティナ様が魔王討伐……?」


 あまりにイメージが沸かなかった。


 ただ、マクラス家は優れた魔法使いを何人も輩出している家系だ。今は亡きティナ様のお爺様は大賢者と呼ばれるほどの方だったし、旦那様たちも特級魔導士。セシル様も若くして二級魔導士の称号を得て、その活躍はギルドでも有名らしい。


「ご家族の中でティナ様が選ばれるって……もしかしてティナ様ってかなりすごい人なんですか?」

「らしいな。まあ、魔力が低くて冒険者にもなれない俺たちには違いはよく分かんねえけど」

「ですね……」


 それにしても、魔王だ討伐だなんて物騒な話だ。

 昨今魔王軍は更に勢力を増し、南の大陸を侵略し始めたとの噂もあるので、王様が急ぐ理由はよく分かるけど。


 ぬいぐるみを抱えるティナ様を見ていると、魔王どころか魔物とすら戦うのは危なそうだけど……。


◆ ◆


「御夕飯をお持ちいたしました、ティナ様。今日は少し冷えますね」

「……」

「体調を崩さないよう、暖かくしてお過ごし下さい。それでは失礼致します」


 いつも通り一礼して立ち去ろうとした――のだが、それは小さな力によって阻まれた。


「……え?」


 振り返ると、ティナ様が俺の服の裾を掴んでいた。


 な、何だろう、何か用なのかな? お食事が足りないとか? ティナ様は話したくないだろうから、何とか意思を汲み取らないと……!


 初めての出来事に動揺していた時、


「……ルカは、魔法、使える?」


 たどたどしくだが、確かにティナ様がそう言った。

 初めて聞いた声は、想像していたよりも高く、可愛らしいものだった。


「つっ使えます!」


 驚きすぎて、思わずつっかえてしまった返事。

 仕切り直すように、咳払いを一つ。


「実は冒険者になりたかったくらいなんですよ」

「……それなのに、どうしてここに?」

「自分のスキルが冒険には不向きでして……ここには知人の紹介でお世話になることになりました」

「……そう」


 関心があるのかないのか、表情がほぼ無なのでよく分からない。

 ――いや、今は俺のことよりティナ様のことだ! せっかく話しかけて頂いたチャンスを活かさねば!


「あの、ティナ様……、?」


 彼女の顔をジッと見ると、何か違和感があった。

 どこかいつもと違うような気がして、言葉を止めて観察していたら、ティナ様は顔を俯かせた。

 その顔は妙に赤い。それは見つめすぎて照れたというよりは……


「少し失礼致します」

「あ……」


 拒絶しようとしたんだろうか、小さな声が漏らされたが、気にせず彼女の額に触れた。


「……め、めちゃくちゃ熱いじゃないですか……!」


 明らかな熱に驚いて、慌てて安静にしているよう指示し、部屋を飛び出した。




「ゆっくり眠れば、きっと明日にはよくなっていますよ」


 ベッドに寝転がるティナ様の頭の下には、氷の入った麻袋。その中には、氷魔法を使える使用人に協力して作ってもらった氷が、細かく砕かれた状態で入っている。

 額にも冷えた水で濡らした布を置いたし、これらが熱を冷ましてくれるのを願うしかない。


「……ルカ」

「はい、何か欲しいものとかありますか? あ、お水も用意してあります!」

「……いい」


 フルフルと首を振られた。

 ……話しかけられたことは滅茶苦茶嬉しかったんだけど、もしかしたらこれは熱で意識が朦朧としていたからなのかもしれない。


「……ごめんなさい。迷惑かけて」

「こんなの全く迷惑の内に入りませんよ! むしろこれが役目といいますか……だから気にしないで、今は自分のことだけ考えていてください」

「……ルカは……外に出ろって言わないのは、どうして?」

「え……?」


 一瞬意味が分からなかったけど、よく思い返してみると、確かに本人に言ったことはなかった。


「お姉様に頼まれてるんでしょ? ……だから私のお世話をしてくれてる……今までの人たちもみんなそうだったから」

「確かに頼まれましたし、自分もティナ様と外に行きたいと思います……ただ、そこにティナ様の意思がないと意味がないと思ったので」


 そもそも信頼もされてない内から外にお誘いしたところで、了承してくれるわけもないし。

 ……にしても、もしかして先輩方は、ティナ様に「外に出ろ」なんて言ったんだろうか。


「私、誰に何を言われても外には出ないと思う……だからルカは、早く他のお仕事に回してもらった方がいいよ」

「それは……自分がここに来るのがティナ様のお邪魔になっているという意味ですか?」

「……そうではないけど、無駄なことに時間をかけてても仕方ないから」

「分かりました。……これ以上話すとお体に障るかもしれません。今日はこれで失礼致します」


 言いたいことはあったが、今はそれよりティナ様の体調最優先だ。

 最後に布団をきちんと掛け直して、部屋を後にした。


◆ ◆


「おはようございます、ティナ様! 今日は良いお天気ですよ!」

「…………あの、私、この間言わなかった? 無駄なことに時間をかけない方がいいって」


 あれから三日経って、すっかり熱の引いたティナ様がそんなことを言ってくる。


「はい。しかし、ティナ様のお世話は無駄なことではないので」

「……私、お世話されなくても一人で出来る」


 確かにそれはそうだ。そもそも俺は男だし、身の回りのお世話と言っても出来ることは限られている。

 ……あれ? よく考えると俺っていらないのか? い、いや、よく考えろ、俺の存在価値、一人では出来ないこと……


「あ! お話が、出来ます!」

「……」


 ぽかんとした顔をされてしまった。

 いつも無表情なティナ様の珍しい表情を見れた喜びが半分、馬鹿みたいなことを言ってしまったという後悔が半分。


「お話……確かにそれは、一人より二人の方が楽しいのかもね」

「そ、そうですよね! 何か話したいことがあったら、いつでも自分を呼んでください!」

「……ルカには、他のお仕事はないの?」

「もちろんありますよ。ここにお伺いしている時以外は、他の使用人たちと同じ仕事をしています」


 ティナ様は「そう」と短く頷いた後、こちらを見上げて言った。


「なら……五分だけ、話に付き合ってもらおうかな」

「! も、もちろんです!!」


 思わぬ提案につい大声をあげてしまった俺を見て、ティナ様は顔を俯かせた。


◆ ◆


 それから毎日五分間ティナ様と会話を交わすようになり、彼女のことが少しずつ分かってきた。


 やっぱり絵を描くのが好きなこと、読書も好きなこと。実は野菜があまり好きじゃなくて、いつも必死に食べていること等々。


 当初は俺が一方的に質問してる形だったけど、最近少しずつティナ様からの質問も増えきた。



「……私ね、部屋から出られないの」


 そんなある日、唐突にそんなことを言われた。


「え? ……どうしてですか?」

「……家族には内緒だから、言わないでね」


 もちろんです、という意を込めて強く頷くと、ティナ様は小さな声で続けた。


「私……自分の魔力を上手く制御出来ないの。このことを知ってるのは、亡くなったお爺様だけで……結界のおかげでここでは普通にしていられる」

「結界……?」


 ティナ様の話をまとめると、小さい頃は膨大な魔力を制御出来ずに暴発してしまうことが何度かあった。その被害は時に甚大なものだったという。

 それを知ったお爺様が、お屋敷の中にティナ様の魔力を押さえ込む魔力結界を作り出し、その中にいる限りは暴発を起こすことはなくなったらしい。


「あの、どうしてこのことをご家族に内緒にされているんですか?」

「初めて暴発した時……そばにいたのがお爺様で……その時、内緒にした方がいいって言われたの」

「それは……知ると危険なことがあるから、とかですか?」


 黙って首を振るティナ様。


「……その時、私が妹を殺してしまったから」

「え……」


 殺した――それはきっと言葉通りの意味なんだろう。

 魔力暴発なんて目にしたことがないし、どんな威力なのかすら分からなかったけど。人を殺められるほどなんて……しかもよりによって自分の家族を。


「……最低だよね。他の家族はみんな、妹は魔物に襲われたって思ってるの……嫌われるのが怖くて、本当のことすら言えない」

「そ、そんなことはありませんよ。……あまり抱え込まないでください」


 俯けた顔からは、今までで一番分かりやすい感情が出ていた。

 自らの魔力で妹を失くしてしまったティナ様の気持ちは、想像を絶するものなんだろう。


「……ティナ様が外に出ないのは、魔力が理由ですか?」


 無言で頷かれる。


 俺にこんな話をしてくれたのは、ティナ様は心のどこかで変化を望んでいるからじゃないだろうか。

 部屋から出たくないんじゃなくて、出られないんだ。

 だったら俺は、彼女を外に出してあげたいと思った。



 とはいえ、俺に出来ることなんてそう多くはないわけで。


「魔力の暴発か……」


 一瞬、自分のスキルのことが脳裏を過ったけど、流石に甘く見過ぎだろうと結論付けた。


◆ ◆


 ご主人様と奥様が、揃って王様に呼び出された。

 俺たち使用人はその用件を聞かされなかったけど、恐らくティナ様に関することなんじゃないだろうか。


 そしてセシル様も今日はギルドに用事があるらしく、泊まりで外出。

 ご主人様たちが揃って留守にするなんて、俺がここに来てからは初めてのことだ。


「ティナ様は、好きな食べ物とかありますか?」

「ハンバーグ」

「あ、自分も好きです! そうだ、今日の夕飯はハンバーグにしてもらいましょうか」

「……そんなこと出来るの?」

「自分、料理人の方とも仲良くさせて頂いてるので。それにティナ様がお望みなら大丈夫だと思いますよ」


 使用人のほとんどが「どうにかしてティナ様の心を開きたい」と考えているし、今日はご主人様たちも留守だし、希望も通りやすいだろう。


「なら……お願いしようかな」


 静かな口調だったけど、その目は若干キラキラしてるように見えて、何だか微笑ましかった。




 その日の夜、誰もが寝静まったような時間帯。何故か妙に寝苦しさを感じ、何度目かの寝返りを打った時、


≪グルアアァァッ≫


 不気味な声が聞こえて飛び起きた。

 今のは、昔聞いたことがある魔物の鳴き声によく似ている。


 嫌な予感がして部屋を飛び出し、走って廊下を進む。

 お屋敷には魔物避けの魔法が施されているはずなのに、声は室内から聞こえてきた。

 あの魔法を潜り抜けて侵入してくる魔物がいるとしたら、相当な強さのはずだ。


「ティナ様! 失礼しま――」


 ノックもなしに扉を開けると、見えた光景に思わず言葉が止まった。

 全身が灰色の毛で覆われた、狼のような顔をした二足歩行の魔物がそこにいた。

 前脚――いや、腕と呼ぶのかもしれないそれが、今まさにティナ様に向かって振り下ろされようとしていた。


「危ない!」


 声と同時に飛び出して、彼女を突き飛ばした。

 驚いた顔のまま、彼女の体が後ろへと倒れ込む。そのすぐ横を、空を切るように鋭い爪が通り過ぎていく。


「ティナ様! 大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってみたが、どこかに怪我を負っている様子はない。


「どうして魔物がこんな所に……」

「……多分、私の魔力が魔王軍を引き寄せてるんだと思う」

「ティナ様の? なんでまた……」

「お爺様が言ってた……私の魔力は、人よりも魔物の性質に近くて……魔物に勘づかれやすいんだって」


 そんな話をしていると、後ろからけたたましい咆哮が聞こえてきた。

 振り向くと、魔物が唸りながらこちらを睨みつけている。


「とにかくここにいては危険です! 外へ!」

「……でも、もしも暴発が起こったら……」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」


 躊躇っているティナ様の手を引き、無理やり引っ張った。

 他の使用人たちは魔物の気配に気が付いていないのか、誰も起きて来る様子がない。


 くそ、なんでよりによってご主人様たちがいない時に……いや、あえてなのか?

 この魔族が本当に魔王軍の手先なんだとしたら、ご主人様たちが不在の時を狙ってティナ様の命を奪いに来た可能性も高い。今だってお屋敷にいる他の使用人たちには一切興味を示さず、一心不乱に俺たちを追いかけてきているし。

 とにかく今は一刻も早くどこか安全なところに逃げないと。


「ま、待って!」


 お屋敷を出たのと同時、ティナ様が俺の手を振り払った。そしてそこで立ち止まってしまう。


「ティナ様、中は危険です! 町まで出てギルドで助けを求めましょう!」

「……ダメ。その前にきっと、暴発を起こして……ルカに怪我をさせちゃう」

「そんなこと気にしてる暇は……」


 ザッザッと迫って来る足音が聞こえて、ティナ様の後ろに大きな影が現れた。

 暗闇の中、鈍く光る爪が見える。鋭利なそれが彼女に向かって振り下ろされるのが見えて、気が付いたら体が動いていた。


 ザクリと皮膚が引き裂かれる音がした。

 腕に一瞬熱さを感じたと思ったら、次第に激しい痛みに変化していく。


「ルカ! 大丈夫!?」

「へ、平気です。……ティナ様、暴発が怖いなら、自分があいつを引き付けるので、その隙にギルドまで走って下さい」

「でも……そんなことしたらルカが……」


 俺のスキルは魔物の戦闘には不向きだし、結果がどうなるかなんて目に見えている。でも、命を懸ければ彼女が逃げるくらいの時間稼ぎは出来るはずだ。


「大丈夫です。ティナ様を守ることが俺の仕事ですから」

「……」


 ティナ様の目から涙があふれたのを見て、思わず拭おうとした。けど、腕を押さえつけていた自分の手が血に塗れていることに気が付き、出来なかった。

 目の前で泣いている人がいるのに、何も出来ないのはもどかしい。


≪グアアアァアアッ!!≫


 魔物が叫びながら俺たちの方に襲い掛かって来る。

 まずい、早くティナ様を守らないと――そう思って動きかけた俺の体は、彼女の手によって制された。


「ルカは下がってて」

「え」


 魔物に向かって右手を伸ばしたティナ様が、小さな声で呟く。


「炎よ、嵐となれ『ファイア・ストーム』」


 瞬間、轟音と共に渦状の炎が吹き上がり、魔物の全身を包み込む。

 低い断末魔が周囲に響き渡り、しばらくして消えた。炎の勢いが弱まって完全に消えた時、そこにいたはずの魔物の姿は塵一つ残っていなかった。


 一瞬で片が付いたことに頭の理解が追いつかず、ぽかんと口を開けて呆けていた俺の目の前に、ティナ様の手が差し出された。


「もう大丈夫だか――、っ」

「てぃ、ティナ様?」


 焦ったように自分の口元に手をやり、その場に膝をつくティナ様。

 思わず駆け寄ると、彼女は焦ったように叫んだ。


「来ないで!! ダメ……魔力が……」

「魔力? ……あ、え、暴発しそうなんですか?」

「に、逃げて、早く……このままじゃルカまで……」


 そう言われても、一体どこまで逃げればいいのか、見当もつかない。

 先ほどの魔法から考えると、今から走ったところで間に合う規模とも思えない。


 冒険者になる夢を絶たれ、生きる意味をなくしていた俺を救ってくれたマクラス家の方々には感謝しているし、彼らのためなら命を捧げる覚悟がある。

 けど、ここで俺が死んだらティナ様はどうなる。

 家族を喪って、その上使用人の命まで奪ったとなれば、彼女はもう二度と立ち直れないかもしれない。そんなのはダメだ。


「ティナ様、すみません」

「る、ルカ? 何を……」


 うずくまる小さな体を抱きしめた時、不思議な感覚がして、強い光が周囲を包んだ。

 同時に、自分の中に何かが流れ込んでくる。それはあまりに大量で、体の内側全てが膨れ上がるようで、収まりきらずに喉元まで逆流してきて吐き気を催したが、何とかそれに耐え抜いた。


「……なに、今の……」


 小さく呟いた後、ティナ様は意識を失ってしまった。


◆ ◆


 翌朝まで眠りについていたティナ様は、起きるなり俺に説明を求めてきた。

 内容はもちろん、どうして魔力の暴発が起きなかったのかについてだ。


 だから、俺のスキル『魔力摂食』について説明することにした。とはいえ、俺自身も全てを把握しているわけではないけど。

 ただハッキリしているのは「相手の魔力を吸収し、使用することが出来る」ことと「自分を信頼している相手にのみしか発動しないスキル」であること。

 だから信頼関係を築けない魔物には一切効果が発揮出来ず、冒険者に不向きなスキルだと言われ続けてきたのだ。


「でも上手くいってよかったです! ティナ様が自分のことを信頼してくれてるかどうかは、確信がなかったので……いたっ! え、なんで叩いたんですか?」

「……なんか、腹が立ったから」


 そんな、理不尽過ぎる……。


 ティナ様は何故か俺を軽く睨みつけた後、ぬいぐるみを強く抱きしめた。


「つまり……今のルカは、私から吸い取った魔力を使えるってこと?」

「はい、恐らく。……このスキル、試したことがないのでよく分からないんですよね」


 友達には高い魔力を持っている人なんていなかったし、見ず知らずの人の魔力を吸収できるわけじゃないし。

 改めて考えても、本当に使いどころが難しいスキルだ。


「……ありがとう。ルカが無事でよかった……あ、でも腕の怪我はごめんなさい……」

「全然気にしないでください。これはティナ様を守れた勲章ですから。むしろ俺の誇りですよ! ……あ、すみません……自分の誇り、です」

「……俺、でいいよ。その方が自然体なんでしょ」

「いや、そんな……失礼ですから」

「じゃあ、命令にする。……私には、もっと普通な感じで話して欲しい」

「えええ……」


 命令という言葉と、失礼という言葉が頭の中で天秤にかけられている。

 どうするべきか迷っていると、こちらを見上げるティナ様と目が合った。

 その一瞬、胸がドキリと高鳴った気がしたのは、多分緊張のせいだろう。


「……ぜ、善処します」

「うん。……ねえ、今日は良い天気?」

「え……はい、すごく」


 ぬいぐるみをベッドに置いて立ち上がったティナ様は、ゆっくりとした動きで俺の服の裾を掴んだ。


「……お散歩行きたい。付き合ってくれる?」



終わり

最後までお読み頂きありがとうございました!

まだ至らぬ点も多々あると思いますが、読んで頂けたこと感謝いたします。


只今いくつかの短編を投稿中です。今後もあと数本続きます。

その中で特に反応の良かったものを連載として書いていけたらと考えています。

もし気に入った作品がありましたら、感想や評価などで教えていただけると嬉しいです!

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