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第7話 近隣住民への「ご挨拶」

さて、観客は揃いました。 彼が生まれ育ったこの町で、彼が何をしたのか。 包み隠さず、丁寧に、ご近所の皆様へ説明して差し上げましょう。


 私が玄関のドアを開けて外に出ると、そこはすでにちょっとした劇場になっていた。


「あらやだ、何かしらあの騒ぎ」


「喧嘩? 警察呼んだほうがいいのかしら」


「あれ、健太ちゃんじゃない? 隣の派手な人は誰?」


 向かいの田中さん、斜め向かいの佐藤さん、そして通りがかりの鈴木さん。  この地域の情報網を牛耳る、噂好きの奥様たちが勢揃いだ。彼女たちの情報伝達速度は光ファイバーよりも速いと言われている。


 健太と里奈は、周囲の視線に気づき、ハッとして掴み合いをやめた。


「み、見んなよ! なんだよお前ら!」


 健太が野次馬に向かって吠えるが、逆効果だ。奥様たちは「あら怖い」とひそひそ声を強めるだけだ。


 私は努めて冷静に、そして申し訳なさそうな表情を作り、門のところまで歩み寄った。


「皆様、お騒がせして本当に申し訳ありません」


 私が深々と頭を下げると、奥様たちの視線が一斉に私に集まった。  この地域の顔役である田中さんが、心配そうに声をかけてくる。


「美咲さん、大丈夫? これ、一体どういうことなの?」


「おい美咲! 余計なこと言うんじゃねえぞ!」


 健太が慌てて私を止めようとするが、私はそれを無視して、わざとらしく大きなため息をついた。周囲にしっかり聞こえるボリュームで。


「実は……昨日、夫と離婚いたしまして」


「ええっ!?」


 奥様たちから驚きの声が上がる。


「それで、こちらの女性が、夫の新しいパートナーの方なんですが……」


 私はチラリと里奈を見る。派手なメイクに、乱れた髪。どう見ても「堅実な主婦」には見えない風貌に、奥様たちの目が厳しくなる。


「昨日、再婚のご報告にいらしたんです。でも、夫が少し……いえ、かなり大きな勘違いをしておりまして」


「勘違い?」


「はい。夫は、亡くなった義父の借金を返したくないからと、私に内緒で『相続放棄』の手続きをしたんです。でも、相続放棄をすると『遺言書』で息子に残された家の権利も失ってしまうということを知らなかったみたいで……」


 私がそこまで説明すると、聡明な奥様たちは一瞬で状況を理解したようだ。  ざわめきが、嘲笑の色を含んだものに変わっていく。


「えっ、自分から捨てたくせに住もうとしたの?」


「やだ、常識知らずにも程があるわね」


「借金逃れしようとして家なき子になっちゃったってこと? 傑作ね」


 クスクスという笑い声がさざ波のように広がる。


 健太の顔が、怒りの赤色から恥辱の蒼白へと変わっていく。彼はこの町で生まれ育った。知っている顔ばかりの中で、これ以上ないほどの恥をさらしているのだ。


「ち、違う! 俺は……俺はただ……!」


 健太が何か言い訳しようとするが、田中さんが冷ややかな視線を送った。


「健太ちゃん、見損なったわよ。美咲さんにあんなに苦労して介護させておいて、お父さんが亡くなったらポイ捨て? その上、浮気相手連れ込んで借金踏み倒そうとして失敗? ……男のクズね」


 トドメの一撃だった。  田中さんの「クズ」認定は、この町内会での社会的死を意味する。


「そ、そうよ! 私は騙されただけなのよ!」


 里奈が必死に取り繕おうとするが、佐藤さんがピシャリと言い放つ。


「人の旦那さんを寝取っておいて、被害者ぶるのも大概になさいな。似たもの同士でお似合いよ」


 周囲からの「最低」「恥知らず」「よく顔が出せるわね」という冷たい罵声の雨。  健太はガタガタと震え出し、里奈はあまりの居心地の悪さに顔を覆った。


「く、くそぉぉぉっ!!」


 耐えきれなくなった健太が、悲鳴のような声を上げて駆け出した。   「ちょ、ちょっと待ってよ! 置いてかないでよ!」


 里奈もハイヒールを鳴らしてその後を追う。  逃げ去っていく二人の背中は、あまりにも惨めで、滑稽だった。


 二人の姿が見えなくなると、私は改めて近所の方々に向き直った。


「お見苦しいところをお見せして、すみませんでした。私は息子と二人で、もう少し落ち着いたらここを出て新しく出直すつもりです」


「あら、出て行っちゃうの? 寂しくなるわねえ」


「何か手伝えることがあったら言ってね、美咲さん」


「本当に、あんな男と別れて正解よ。頑張ってね」


 皆様からの温かいエールに、私は今度は演技ではなく、心から頭を下げた。


 こうして、健太の「地元での評判」は完全に地に落ちた。  もし彼が将来、どこかでやり直そうとしても、この噂はどこまでもついて回るだろう。    さて、邪魔者は消えた。  これからは、私と春斗の新しい生活の準備だ。

奥様方の連携プレー、お見事でした。 これで彼は、二度とこの町を歩けないでしょう。


さて、恥をかいて逃げ出した二人ですが、行くあてもお金もありません。 薄情な彼らのことですから、そろそろ限界が来る頃でしょう。


次話、浮気相手からの「最後通告」です。


(全話投稿済みです。続けてお読みください!)

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