第2話 最速の再婚と、勘違いの相続放棄
離婚届を出したその足で、家に浮気相手を連れ込む元夫。 その行動の早さだけは評価できますが、中身は空っぽでした。
彼が得意げに語る「借金を踏み倒すための完璧な作戦」とは……?
翌日。 健太は朝一番に「役所に離婚届を出してくる」と言って家を出て行った。
私はその背中を見送り、すぐに荷物をまとめ始めることにした。実家にも連絡を入れ、とりあえず春斗と二人で身を寄せる手筈も整えた。
段ボールに服や生活用品を詰め込んでいると、お昼前にはもう玄関のドアが開く音がした。 健太が戻ってきたのだ。しかも、一人ではない。
「うわぁ、広ーい! ここが今日からアタシたちの家?」
「だろ? 建て直してまだ5年だからな。新築みたいなもんだよ」
甘ったるい猫なで声と、鼻の下を伸ばした健太の声。 リビングに入ってきたのは、派手なメイクをした若い女――浮気相手の里奈だった。
なるほど、こいつが新しい女か。 離婚届を出したその足で女を連れ込むとは、これから住む家の品定めにでも来たのだろうか。呆れて物も言えない。
「おい、まだやってるのかよ? こっちにも予定があるんだから、早くしてくれよな」
健太が私を見るなり、鬱陶しそうに手を振った。 お前の予定なんか知るか。
里奈は私の方をチラリと見ると、値踏みするように鼻を鳴らした。
「ふーん、この人が奥さん? へえ、結構きれいにしてるじゃん。おばさんの割には掃除も行き届いてるし、これならハウスクリーニング入れなくてもすぐ住めそう」
「だろ、里奈も今日から俺の妻なんだし、こいつが出ていけばすぐに俺たちの城だ」
え? 今、「今日から妻」って言った?
「……もしかして、婚姻届も出してきたの?」
私が思わず尋ねると、健太はニヤリと笑った。
「当たり前だろ。独り身でいる時間なんて、1秒でも短い方がいいからな。俺のこういう決断の早さ、お前も昔は『男らしい』って言ってただろう?」
ああ、そういえばそうだったかもしれない。 昔はこの無鉄砲さを決断力だと勘違いしていた。今となっては、ただの後先考えない馬鹿だとわかるけれど。
二人がイチャイチャしながら家の中を見て回っているのを無視し、私は淡々と荷物を詰め続けた。 これ以上、同じ空気を吸っていたくない。早く出よう。
そう思って作業を急いでいると、気づけばまた健太がニヤニヤしながら私の前に立っていた。なんだ、暇なのか?
「おい、美咲。お前、これから実家に帰るんだよな?」
「ええ、そうよ。とりあえず行く場所がないしね」
「そうか。じゃあ、お前の両親に『あること』を伝えておいてくれないか」
「伝える? 何を?」
不思議に思い顔を上げると、健太は下卑た笑みを浮かべていた。まるで、とっておきの意地悪なサプライズを用意した子供のような顔だ。
「ああ……この家、建て直す時にお前の実家に金を借りたよな。頭金代わりの1000万」
「ええ、そうね。お義父さんが頭を下げて、うちの両親が老後資金を崩して貸してくれたお金よ」
「それな――もう返さないから。そう伝えといてくれ」
……は? こいつ、何を言い出したんだ?
「はあ……何言ってるのよ。借りた金は返しなさいよ。たとえ私たちが離婚したって、借金がチャラになんかならないんだからね」
「いやいや。だって借りたの俺じゃねえし。借用書の名義、死んだ俺の親父だろう?」
確かにそうだ。 名義上は義父が借りたことになっている。だが、実質的に頼み込んだのは健太だし、返済も健太の口座から毎月行われていたはずだ。
「確かに名義はお義父さんだったけど、同居してローンを払うのはあなただって約束だったじゃない。そんな理屈通らないわよ」
「だからさ、名義上借りていたのは親父なわけ。息子だからって、親の借金を返さなきゃいけない義理はないの。わかんないかな?」
「ちょっと、義理とかじゃないでしょう。お義父さんは亡くなったんだから、息子のあなたが負債も相続して払う義務があるのよ」
私が正論をぶつけると、健太は待ってましたとばかりに勝ち誇った顔をした。
「いーや、ねえって! だって俺、親父の遺産の『相続放棄』の手続きをしてきたからな!」
「……え?」
「だから、法律上も俺に払う義務なんかないんだよ。残念だったな!」
隣で聞いていた里奈が「キャハハ! 健太すごーい! 頭いい!」と手を叩いてはしゃいでいる。
えーと……どういう事? ちょっと、情報を整理しよう。
「あの……健太、あなた、相続放棄したの? 本当に?」
「そうだ。裁判所行って書類出してきた。これで俺には、お前の実家に借金を返す義務は1円もないんだからな!」
ドヤ顔で胸を張る健太。 私はあまりの衝撃に、言葉を失った。 こいつ……もしかして、とんでもない勘違いをしているんじゃないだろうか?
「あの、健太……そうなると、この家の相続も放棄してるんだよね?」
私が恐る恐る聞くと、健太はポカンとして首を傾げた。
「は? 何言ってんだお前。この家は俺の物だぞ」
「……はい?」
「だから、親父の『借金だけ』放棄したんだよ。家には俺たちが住んでるし、俺は長男なんだから、家をもらうのは当たり前だろ?」
……。 …………。 ああ、神様。 まさかとは思いますが、私の元夫はここまで馬鹿だったのでしょうか。
私は震える手でスマホを取り出し、「相続放棄」という単語を検索した。 そして、画面に表示された一番上の解説ページを、哀れな元夫に見せてやることにした。
「借金は放棄するけど、家はもらう」 そんな都合のいい話が通用すると思っているようです。
次話、スマホの画面を見せられた元夫の反応をお楽しみください。 検索結果、「相続放棄」の本当の意味とは――。
(全話投稿済みです。続けてお読みください!)




