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なるようになった日

作者: 舛田 久
掲載日:2025/11/01

ふうん。

出世をとるか女をとるかねえ。


正解を出そうとしても無駄じゃない?

どっちを選んだにしても「もしあの時もう片方を選んでいたら」って考えてしまうでしょ。


そういえばそんな人がいたなあ。どうしてるかなあ……。



ごめんごめん。一人で物思いに耽っちゃったよ。

え?聞きたい?

いいよ、俺の友人の話なんだけどね。


彼はね、中堅企業に勤めていて、地方の拠点に転勤が決まったの。栄転。

もちろん本人も喜んでたんだけど、ひとつだけ心残りがあった。

それは、彼女のこと。

正確に言うと彼女でもなんでもなくて、「彼女にしたいな」と勝手に思ってる、近所のコンビニの店員のこと。

ちょっと地味なんだけど、よく見るとなかなか美人で、名前は朱子あかねさんと言ったんだけどね。

うん、俺も会ったことがある。


彼はね、善良な男だし付き合ってみればなかなか面白いところもあるんだけど、絶望的に女と縁が無いんだなあ。

その点については、女の人も見る目が無いと思うよ。


ところが、何がきっかけなのかは知らないけど、彼と朱子さん、結構親しくなったんだよ。

いや、付き合い始めたというところまでは行ってなくて、食事をしたり、週末に一緒に出掛けたりする程度で、何で俺が知ってるかというと、「二人で気まずくなると困るから」という理由で、時々無理やり誘われて一緒に行動してたりしたからなの。

まあ、俺は彼を全面的に応援してたからね。

二人が仲良くなればいいなと思ってたんだけど、そんな折に出たのが転勤話だったわけ。


もちろん彼も人並みの出世欲はあるから、幹部社員としての栄転は喜んでるんだけど、ちょっと遠い地方の支社だったからね。

休みのたびに彼女に会いに来るって訳にもいかない。

でも、まだ付き合ってもいないのに、そんな地方都市に一緒に行ってくれないか、なんてとても言えないじゃない。

いや、言ってみても良いとは思ったけどね。

全く脈が無ければ、それはそれで未練も無くなるしさ。

脈があるかどうかも分からないのに、今の状況を続けるために転勤話を断るのも馬鹿な話でしょ。

まあ、断ってもクビになるような感じじゃ無かったみたいだけど。


会うたびに、「今日こそ転勤の話をしよう」って決心するんだけど、頭の中でシミュレーションすると、「そうなの。寂しくなるけど元気でね」と別れの挨拶がクリアに想像できちゃうんだって。

何とか「自分も連れていって」って言わせるにはどうしたらいいかって、無理難題を俺に言われてもね。

冗談で「催眠術でも習えば?」って言ったら、ほんとに催眠術入門の本を買ってたもんなあ。

藁にもすがる思いの相手に悪いこと言ったなあ、と。

どうせ離ればなれになってしまうなら、強引に押し倒してしまおうかとも考えるんだよ。

それは男としてはそういう妄想もね。

でも、実際に彼女の笑顔を見ているとそんなこと出来るわけがない。


そのうち教育の研修があったりした関係で、ちょっと忙しくなって二人はしばらく会わなくなったんだな。

うん、電話もしない。

え?携帯?

ああ、当時はスマホはおろか携帯電話もないからね。

信じられない?

信じられなくてもそんな時代があったんだよ。

それに、なんか彼女は過去に電話で怖い体験をしたとかで、アパートの部屋に電話を引いてなかったんだよ。

いや、別に彼女は変人じゃないよ。

というかさ、なんでみんなこんなに「スマホが無いと生きられない」とか思ってるのか、そっちの方が不思議だよ俺は。

え?買い物?

俺は現金払いだもん。

そうそう、最近はスマホでしか払えないレジも多くてさ。

うん、そんな話はいいね。


しばらくぶりに出張やら研修から戻って驚いたのは、コンビニが閉店してたんだよ。

潰れたというか、道路の拡張工事のためにどっかに移転したのかな。

慌てて彼女のアパートを訪ねたんだけど、部屋は空き家になってたの。

引越してたんだね。

後から、彼の部屋のポストに彼女からの手紙が入ってるのに気付いた。

実家のある田舎に帰ることと今まで親しくしてくれてありがとう、というお礼は書かれてたんだけど、実家の住所とかは全く書かれてなかったんだって。

多分、住所を書くと連絡を催促するみたいだから、気をつかって書かなかったんだろうね。


そこからの彼の落ち込みようはかわいそうなくらいだったよ。

げっそりと……まあ痩せてはいなかったけど、表情はまちがいなく痩せてやつれた男の表情だったよ。


まあ、俺も滅多に会う事も無くなるだろうということで、ささやかな送別会みたいな飲み会をしてさ、ちょっと引越しの荷物整理も手伝ったっけな。

それっきり、二人には会ってないんだけど、音信はあるんだよ。


彼は東北の地方都市勤務となって、その支社の人事も兼任で担当することになった。

最初の仕事は地元から社員を新規採用することだったらしい。

100人規模で採用する募集に何倍もの応募があったらしくて、人選も大変だったんだろうね。

人事担当者として応募のリストに目を通していて驚いたね。

朱子さんの名前があったらしいんだよ。

最初は同姓同名かとも思ったらしいけど、履歴書の写真を見ると間違いなく本人な訳。

嬉しかっただろうね。

少なくとも現住所が分かったんだから。

本人曰く、勝手にメモを取ったりはしてないらしいよ。

馬鹿正直なところがあるからね。多分ホントだと思う。

人事にも変な手を回すでもなく、あくまで公平に条件を見て試験をして、人選した。

面接は手分けしたせいで彼女には会わなかったらしい。


会社の方針で、新卒も中途採用もみんな一緒に入社式をやったそうで、その会場で彼は幹部の一人としてステージの上から、新入社員たちと対面した。

そのときはじめて朱子さんと目が合ったんだって。

目を丸くしながら喜んでいる彼女の顔を見て、思わず嬉しくてポロポロと涙を流した彼は、ちょっと情緒不安定を疑われたらしいけど、そんなの何でもないよね。

その姿を見て彼女も笑いながらちょっと泣いてたっていうから、やっぱり未練があったんだね。



たまに、便りが来るけど、二人は仲良くしてるらしい。

結局、運命じゃないけどさ、なるようになった結果が正解ということだからさ、いろいろと考えても仕方がないんじゃないかなあ。


終わり

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