染めた着物
ヨダカは短刀をよだかに握らせた。
「じゃあ、こいつを始末して見せろ」
ヨダカはそう言ってにたりと笑って見せた。
よだかは手にした短刀とはいつくばっている国司を見比べた。
ヨダカは一歩一歩と国司に向かって歩いていく。近づいていくヨダカを見て国司は死に物狂いで逃げようとしたが仲間の男が素早く押さえつけた。
国司はもがく、しかし、その国司を抑え込んでいる男はその手を一向に緩めない。
「ふざけるな、お前は恩を仇で返す気か」
そう呼びかけられてよだかは戸惑う。恩という言葉が全く実感できない。
「何のことだ?」
「お前を牢から出してやっただろう」
「もともと入れられる由などなかったはずだが」
ヨダカは本気で不思議そうに聞いた。
「うるさい、村から追い出されたお前は野垂れ死ぬしかなかったのだぞ、それを牢とはいえ行き場を与えてやったのだろう、その上奴婢として使ってやったではないか」
それは事実だ。村という場がなければ人は生きていけない。だからどれほど周りから忌み嫌われていてもよだかは村から出ることができなかった。その村から追い出されるようなことになった理由は。
「そもそも、ヨダカを捕らえろというお触れを出したせいだろう」
「それは仕方ないだろう、盗賊を野放しにできない」
よだかはしばらく考えた。
「ならば、こうすればよかったのではないか?ヨダカという男を捕らえろと、ならば女の私は無関係でいられた」
そしてよだかはその首筋に短刀を突き付けた。
そのままずっと突き付けたまま、振りかぶらずにいる。
そしてずっと振りかぶらずにいた。その様子をヨダカはつまらなそうに見ている。
そのままよだかはずぶずぶと刃先を首に押し込んだ。
そして引き抜けば赤い血が噴き出しよだかを染めた。血が噴き出す音が小雨のようだとよだかは思いながら血に染まった短刀をヨダカに返した。
「振りかぶらないのか?」
濡れた短刀を一振りして血を振り落とす。
「薪に比べれば人の首なんて柔いだろうわざわざ勢いをつける意味があるか?」
そう言ってよだかは赤く染まった着物を見下した。
「染めた着物を着たのは初めてかもしれない」
そう言って血染めの着物を広げて見せた。
ヨダカはたまらぬといった顔で笑いだした。




