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一章 火の精霊術師


 日が傾き、昼と夜が曖昧になる黄昏時。夜の星を求めていくように影が伸び、朱色の世界が広がっている。

 そんな抒情的な雰囲気は関係なく、私は燃やさなければならない物を抱えて、梨畑を駆け抜ける。

 この時間帯には爺ちゃんが剪定した枝を燃やしている筈。

 梨畑を越えた先の物置小屋の近くに、大きめの穴が掘ってあって、そこへ雑草やら枝やらが燃やされていた。

 火の番をしている爺ちゃんに対して色々と言い訳を考えていたが、爺ちゃんは物置小屋に居るようだった。

――チャンスだ。

 私は抱えてたノートやら書類やらをその炎にぶち込んだ。

「ふは……。ははは。ハーッハッハッー 燃えろ燃えろ」

 如何にも悪役が言いそうな三段笑いをキメた後、背後から怒鳴られた。

「炯奈! 焚火に変な物入れんじゃねぇ」

「変な物じゃない」

「役所も厳しいんだ。農家やってるからってんで、野焼きが認められてるだけなんだかんな。……で? 何入れたんだ?」

 高揚した気持ちも萎えて答える。

「大丈夫だって。只の紙屑だし」

 爺ちゃんは燃えている物を見て、大したものじゃなさそうだとほっとしたみたいだ。

「なーにが『燃えろ燃えろ』だ。縁起でもねぇ」

 燃やしたのは創作ノートとかイラスト帳だ。何時から恥ずかしくなったのか分からない。

 来年受験が始まるからいっそこの黒歴史を処分することにしたのだ。

 家のゴミ箱じゃお母さんに見られてしまうし、外で捨てるにしても野っ原に捨てたら誰に見られるか分かったもんじゃない。コンビニのゴミ箱だって家庭のゴミは捨てられない。捨ててる人は多いけど。そもそもそもコンビニは三キロ先だ。そういう田舎でプライバシー的なゴミを捨てるのは難しい。燃やすのが一番。

「まだ。寒いからさ。ちょっと火の番しとくよ」

「お前に番させるのも危なっかしいけどな」

「爺ちゃんだって目放して物置で作業してたじゃん」

「うるせーな。ちょっとシャベル取りに行ってただけだ」

 しばらく二人でめらめらと燃える火を見ている。

炎を見つめながら、さっきじいちゃんに言われた「変な物」と言う言葉に心を傷めた。

――私にとっては変な物じゃないんだな。

 咄嗟に否定した自分の未練がタラタラな所が嫌になった。

「あっつ」

「どうした」

 右手の甲を見ると少し赤くなっている。爺ちゃんが私の右手を取って確認する。

「火傷だな。火の粉がひっついたんだろ。後で軟膏つけとけ」

「……うん」

 創作ノートを黒歴史と呼んだ事に対して、最期に仕返しされた様な気持ちになった。


 火の後始末を爺ちゃんとしてから二人一緒に家に帰り、火傷の事を母に報告する。

 母は慌てて大衆薬の軟膏を持って来る。緑っぽい線が入ったプラスチック製の小瓶。蓋に青い色で小さな看護婦さんが描かれた軟膏である。

 私は蓋を取って中の軟膏を控えめに取って火傷に塗った。

「パッと出て行ったと思ったらお爺ちゃんの所へ行ってたの?」

「そう。ちょっと落ち葉焚きの匂いを嗅ぎに」

 私が誤魔化した報告をしても爺ちゃんは何も言わない。私の気持ちを察しているのか、大して興味も無いのか。

「焔蔵さん。炯奈を焚火に近づかせたら危ないじゃないですか」

「火傷ぐらいしねーと火の怖さも知れんよ。まぁ大した事ねぇって」

 母は巷で話題になっていた毒親と言うほどではないけれど、過保護な所がある。過去に流産を経験したからだろうか。詳しく聞いた事もないし、聞こうとも思わない。私が生まれる前の事など知った事ではない。心配してくれているのは分かるけど、少し煩わしい。

「炯奈。夕飯の支度手伝って」

「はいはい」

 爺ちゃんは母への報告は終わったという目で私を見てから一番風呂へ入りに行った。


 夕飯を食べ終えてから私もお風呂に入り、サッパリした後にどっかりとベッドの上で胡坐を掻いた。そしてまだ痛む火傷痕を見る。

「う~ん……何だろう」

 右手の甲の小さな火傷から薄っすらとした細い線が指先に伸びている。

 私はなんとなく左手の人差し指でその傷をなぞってみた。

 すると、指先に小さな火花が出た。それがチリチリと漂い、ポッと小さな火の玉になった。+それが少し大きくなってゆらゆらと揺らめき、両手で包めるくらいの火の玉になったらそれが人型っぽくなって目の前に降り立った。

「ぷはぁ。これが顕現か」

 私はその火の小人が喋った事よりも、布団に火が燃え移ると思い、咄嗟にそれを掴んで布団から放した。

「危ない! 燃える!」

手で掴んだそれが藻掻いている。苦しんでいるようだ。

「落ち着け! 契約者。燃えたりしない。だから放せ」

 その声で冷静になり、そっとベットの上で手を放した。

「燃えない……。熱くもない。てか温度を感じない」

「そうだ。俺には実体が無い。無いけれどお前の意志によって姿を現す事が出来た訳だ。わかったか?」

「わからん。一体何。お前何なの?」

 その火の小人が腕を組んで私を睨み上げてくる。

「お前ふざけてんのか?」

「ふざけてなんかないって」

そいつが火の粉交じりのクソでか溜め息を付くと、私がしてる胡坐を真似て対面に胡坐を掻いて座った。話が長くなるという事だろうか。

「さっき精霊との契約紋が発動された。火の精霊。即ち俺を呼び寄せたのはお前だ」

「さっきって……私の黒歴史ノートを燃やしただけだけど……」

 ――アッと思った。

 何かよく分からない魔法陣は幾つもノートに書いてある。魔術書か何かの本の魔法陣を写して書いてみただけだったのだが、恐らくそれのどれかが本物だったのかも知れない。

「そう言えば契約紋に名前が無かったな。無くても契約に関係無いが、在った方がこっちの世界との結びつきが強くなる」

「ふーん。名前が重要って思うけど、契約と関係ないんだ」

「双方の意志があれば契約は為される。媒体があれば人間界と精霊界が繋がる。今回はその媒体がお前側から差し出されていたからスムーズだった」

「媒体って?」

「心臓だ」

「ちょっと。それ知らないんだけど!」

「知らないも何も契約紋に書かれていた。さっき言った俺の姿に実態が無いという事は、その実態はお前の心臓に間借りしているという事だ。まぁ心臓を担保にしているだけで、契約が果たされれば燃える事は無いから安心しろ」

「安心しろって言ったって……」

「いいから名乗れ」

 契約に心臓を差し出してるなんてありえない。まるで悪魔じゃないか。そう思いながらもしぶしぶ名を名乗った。

「炯奈。燧炯奈」

「では燧炯奈よ。契約紋に導かれ我はここに顕現した。我に名を与えよ」

 精霊には名前が無いのか。

「じゃあ……ヒート」

「ヒートぉ?」

 不服そうだ。

「もっと他に無いのかよ。イフリートとかサラマンダーとか。人間はそういう名前を付けたがるんだろ?」

「別に良いでしょ。かわいいし」

 爺ちゃんが所蔵しているレトロゲームの中のボスにそんな名前の奴が居たのを思い出したからだ。少しそいつに似ている感じもした。

「さて炯奈。事は重大だ。この地に起こる天変地異を回避する為に協力してもらうぞ」

「……はぁ? 天変地異?」

「そうだ。お前が住んでる村の――」

「村じゃない町!」

 村じゃないから。念を押す為に二度言う。ヒートは驚いているというより引いている感じだ。

「わかったわかった。お前の町が消失しようとしている」

「何でよ」

 いくら地元が嫌いな私でも消失して欲しいなんて思いは無い。

「マナのバランスが崩れているからだ。精霊界にも多大な影響が出る。俺達が契約者を求めていたのはその為だ」

ヒートはよく分かって無いであろう私を察して、続けて説明してくれた。

「マナって言うのは主に火・土・水・風の四元素の事だ。バランスが崩れると崩壊する。精霊が人間と契約を果たすのは、この地の災いを封じる為に人間の力を借りなければならないからだ。」

ファンタジー小説やゲーム等をすればそのような設定はよく出て来る。作品によってまちまちだが、概ね私が知っている事と同じだ。

「俺達って事は他の精霊も居るって事?」

「むろんだ。俺だけでは対処できない。水と風と土の奴等とも協力しないとな」

「火の精霊と契約した人が沢山居たとしても?」

「精霊と契約が出来るのはその地の災いに応じて一人ずつ。火の精霊だけが多くてもバランスが崩れるだろ。そんで火の精霊の代表が俺ってわけさ」

 ヒートが小さく胸を張っている。

「偉そうにしてるけど、天変地異なんて世界中で起こってるし、止めれてないじゃん」

ヒートが罰の悪そうな顔をする。

「それは、契約が上手くいかなかった場合とか必然の場合がある。天災は起こらなければならない時もあるんだ。そういう……謂わば万物の流れに沿ったものだと、精霊界にあまり影響が無い。精霊界に影響が出なければ精霊は何もしない。元々人間界と精霊界は干渉しない決まりだからな」

そんな決まり事いつからあるのか。

「分かったな。俺達がその綻びを修復していけば良いだけだ。残り三人の契約した精霊術師を探しだすぞ」

 ヒートはやる気に満ち溢れてるが、夜もそれなりの時間だし、私は眠い。

「明日からね」

と言って、今日は眠りにつく事にした。






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