表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第4話|──それで、王太子殿下のご婚約者は、いつお決まりに?

芽月の午後、王都西館に集う貴婦人たち。

おしゃべりの中で、ふいに投げかけられた問いが、空気を少しだけ凍らせる。

誰もが気づいている。

“選ばれなかった名”と、“今、見つめられている存在”を──。


まるで天気でも問うかのような口ぶりで、白髪の伯爵夫人が問いを投げる。



── 今日の茶会も、よいお天気ですこと。



王都・西館の定例茶会。

芽月の風が香る午後、

白藤の垂れたアーチのもとには、

王家とも面識の深い社交界の重鎮たちが集っていた。


それでも、一瞬、空気が静かになる。

問いの意味が、あまりにも重いからだ。



「まあまあ、フランセーズ夫人。

そんなことを気にしても詮無いでしょうに。

どうせまた、“慎重に選定中”というお答えが返ってくるのですから」



繊細な飾り彫りの扇子をひらりと仰いだのは、海軍提督の未亡人。

涼やかに笑う唇の奥に、微かに含んだ棘が見え隠れする。


視線を交わす令夫人たちの間に、微妙な笑いが生まれる。



「でも ── あれほどのご年齢で、まだ未婚とは」

「他国からの縁談も、あらかた済んでしまっているとか?」

「ええ。なんでも、

北のリュクリューヌ王国には“氷の王妃”が、

南の海商同盟には“梔子の姫君”が、

そして東の聖都には、“祈りの蛇”がおられるとか」


「…… いずれも、王太子殿下の伯母様方。

まさに、政略の申し子ね」

「さすがに、これ以上

“血のつながった姫君”との婚姻は、

難しいのでしょう。

残るは ── そう、国内ですものねえ」



そこで、一人の夫人が微笑んだ。

ヴァルモン侯爵夫人。

年若い美貌の娘を持つが、その名は誰も口にしない。



「国内といえば ……

まあ、五大家の令嬢あたりが最適任ではございませんか?」

「まさか、ロズベルグ家? 

あそこは ……」


「いいえ、きっと、皆様のご想像通りのあの家門でしょう。

ご令嬢も、それはそれはお美しいと伺いましたもの」

「王都での社交を引き締めておられた“侯爵夫人様”の娘ですもの。

誰が見ても相応しいお立場で ──

ふさわしい振る舞いでしたわ」


「確か ── 数年前から、王太子妃教育が始まっていたと」

「── 始まって、“いた”。ですわね」



ふわりと微笑が広がり、扇子が揺れる。

香木で作られた扇子。

そこから漂う香りが、風もないのに空気を一段冷たくしていた。



「でも最近では、あまり目立たなくなったように思いますわ。

…… 以前は、もっと前に出ておられたのに」

「── 逃げられたのでしょうね。

あの“視線”に」



誰かが低く呟いたが、それ以上、言葉は続かない。

全員が知っている。


王太子の視線が、いま誰に向いているのかを。


けれど、誰も口に出さない。


それが、社交界の“美しき沈黙”というもの。



「…… あら、紅茶が冷めてしまいますわ」



ヴァルモン侯爵夫人が、そっと言った。


それを合図に、話題はふんわりと次へ流れていく。



── 社交界の“紅茶”は、いつもこうして冷めないうちに終わるのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ