第2話|朝の紅茶と、“永久欠番”──王女付き侍女は見ていた
王女付きの侍女たちが過ごす、いつもの控室。
けれど、ひとつの話題だけは、どこか空気が重たくなる。
王太子の“ご婚約欄”にまつわる、紅茶と沈黙と、少しだけ鋭い観察。
「──で? 王太子殿下の“ご婚約話”って、どうなってるんですか?」
控室に響いたその一言に、数秒の沈黙。
紅茶を注いでいたセリナの手が、わずかに止まった。
「……ねぇ、イレーヌ。それ、命が惜しいなら“慎重に”言うべき話題だと思うけど?」
ため息まじりに返したのは、年長侍女のマティルダ。
カップの縁に軽く口をつけながら、ちらりと扉のほうに視線を送る。
「べっ、別に変な意味じゃありませんよ!?
ただ、ほら……王太子殿下、もうご年齢的にも──」
「“ご年齢的にも”とか、“適齢期”とか、そういうのが危ないって言ってんのよ」
「ほんとそれ。記録室の文官さんたち、みんな青い顔して差し戻されてるって聞きましたし」
「婚約候補の記録、ことごとく“斜線”だっていう噂、知ってる?」
「うっそ……本当なんですか、それ……」
紅茶の香りが、どこか重く感じられる。
「でもさ」
控えめに声を上げたのは、末席にいた若手の侍女・ナターリエ。
「じゃあ、なんで“ご縁談”が出ないんでしょう?
殿下が断っていらっしゃるわけでもないのに」
「理由? あるに決まってるじゃない」
「え……?」
マティルダは、淡々と続けた。
「北の“氷の王妃”は、殿下の伯母上。軍事大国の女王陛下よ。
聖都オルレアで“祈りの蛇”とまで言われる方も殿下の伯母上。
たしか、三番目の方だったかしら?
「“氷の王妃”に“祈りの蛇”……」
「そうそう、ヴェリシア海商同盟の第一評議員の奥様も殿下の伯母上よ」
「それって……」
「ええ。王太子殿下は、すでに“周辺三国と血縁を結んでいる”。
これ以上、政略結婚する意味がないのよ」
「……なるほど」
一同が静かにうなずく。
けれど、話はそれで終わらなかった。
「でも、確か……一人だけいましたよね。
条件を満たした、国内の……その、すごく格式の高いお家の令嬢」
「あら……いたかしら?」
「ほら、“あの家”の──」
「……」
セリナがそっと新しい紅茶のカップを配り始めた。
その仕草で、全員の口が止まる。
「……その話は、終わりにしましょう」
ひと呼吸。誰もが、それ以上は踏み込まない。
「我々は、王女様にお仕えする侍女です」
「ええ、そしてあのお方は、この国の絶対者」
「たとえご結婚されることがあっても、相手は“国外”の御方だけ。
そうでなければ……“王女のまま”在り続けるお方です」
「──ですわね」
紅茶の香りが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
どこからか聞こえる控えめな鐘の音に、皆が立ち上がる。
「そろそろお支度の時間ね。王女様をお迎えしましょう」
「はい。……気をつけて、言葉選んで話します」
「当然でしょ。ここは王宮、しかも“あの方”のそばよ」
扉の外へと向かう足音。
背筋を伸ばすその様は、まるで戦場に向かう騎士のようだった。