5-3
ベッドに横たわるレイに、ロリエンが薬を持ってきた。
粉薬を薄目のポーションに入れて混ぜられた薬は、睡眠薬も入っていたようで、いつの間にか眠ってしまった。
目が覚めると、日は高く上り、窓の外は穏やかな陽射しを浴びる森が見える。
レイがベッドからゆっくり立ち上がると、不思議な事に身体が軽かった。
(ロリエンさんの薬が効いたのかな)
レイは不思議に思いながら身なりを整え、1階へと向かうと、リビングやダイニングは静まり返っていた。
(お昼を過ぎた頃なら、ポーション作りをしているのかな……)
そう思ったレイは、調合部屋へ足を進める。
少し緊張しながら扉を開けると、ロリエンはおらず、真剣に机に向かうギルミアの姿があった。
一つの物語の絵のような光景に、レイは思わずギルミアの横顔を見つめる。
(……エルフさん達は、絵になるよなぁ……)
そんな事を思っていると、一息付いたギルミアがレイに気が付いた。
「お前、もう大丈夫なのか?」
ギルミアは落ち着いた態度でレイの方を見た。
その姿にレイは少しホッとする。
「うん。ロリエンさんの薬のおかげで、身体が軽くなったよ」
「流石、師匠だな」
ギルミアは口元を綻ばせ、にやりと笑った。
それを見てギルミアがロリエンを本当に尊敬してるのだと感じた。それに親近感を覚えるレイ。
すると、ギルミアは急に表情を変えて、考え込むように眉間に皺を寄せる。
「師匠は何かに気付いているみたいだが、俺にはそれがわからない……」
「何か……?」
レイはギルミアの言葉に、今朝、ロリエンが見せた視線を思い出す。
(確か、僕の腕を見てた……。あれ?)
自分の腕を見て、レイの目に飛び込んできた腕輪だった。
それは、昨日よりもくすみ、部分的に欠けている。
血の気が引く思いがした。
ロリエンさんの顔色が変わったのは、これを見たからか?、と胸騒ぎを覚えるレイ。
「どうした?」
「!」
レイはギルミアに声を掛けられ、ハッと顔を上げる。
「な、なんでもない」
レイが慌てて首を振ると、ギルミアは「そうか」と怪しげにレイを一瞥し、思い出したように声をかけてきた。
「そういえば、お前の身に付けてる……」
「え…!?」
レイはギルミアの言葉に、腕輪の事かと慌てる。
しかし、腕輪の事ではなくーー
「ペンダント……それは、どうしたんだ?」
「ぺ、ペンダント……」
レイはホッと胸を撫で下ろした。
が、すぐに身体を強張らせた。
「な、なんで、知ってるの……!?」
「……お前が連れてこられた時に、服を着替えさせてて、気付いたんだ」
「!」
ペンダントもあまり人に見せたくないものだった。
レイが焦っていると、ギルミアが怪訝な表情を見せる。
「なんだ? 盗んだ物なのか?」
「な……! ち、違うよ!!」
レイが言葉を強めて否定すると、ギルミアは眉をひそめてくる。レイは怪しまれたくないという一心で、打ち明けた。
「……これは、母さんの、唯一の形見なんだ」
無意識に、服の上からグッとペンダントを握りしめる。
「形見……ッ」
ギルミアは目を見開き、ピクッと身体を反応させると、自身の耳につけている幅広のリングピアスを一瞬触った。
すると、すぐに表情を元に戻し、頭を下げる。
「それは、失礼な事を言ったな。すまない」
ギルミアが声を暗くして謝罪してくる。
「え……いや、気に、してないから、大丈夫だよ」
レイがしどろもどろに言うと、ギルミアはゆっくりと頭を上げ、レイに視線を向ける。
レイは、ギルミアの青い瞳に引き込まれそうになった。
「そのペンダントの紋様が、珍しかったから、少し気になったんだ」
「え……! この模様の意味、わかるの……!?」
レイはギルミアの言葉に素早く反応し、前のめりに聞く。ギルミアは慌てたように仰け反った。
「あ、あぁ。っというか、お前は知らずに身に付けてたのか?」
「うん、知らない。これ、どういう意味があるの?」
レイが身を乗り出すと、ギルミアは顔を歪め、レイの顔に手の平を押し付ける。
「近い!」
「ぶっ」
グイッと後ろへ押しやられ、レイはそのまま後ろへと後退る。
すると、悪態をつきながらギルミアがレイに視線を合わした。
「その紋様は、精霊王の紋様だ」
「せ、精霊王……?」
レイが復唱すると、ギルミアは「あぁ」と頷き続ける。
「精霊の紋様の上に、王冠のような模様が描かれている。それが精霊王の紋様だ」
レイはギルミアに言われて、急いでペンダントを取り出す。刻まれている金色の文字の様な線は、ギルミアの言う通り、王冠の様な模様だった。
(という事は、この下の模様が、精霊の紋様って奴か)
レイがまじまじとペンダントを眺める。
それを見ていたギルミアは、何かを考え込でいるように目を伏せていた。
レイはその様子に気付き、「どうしたの?」と、声をかける。
すると、ギルミアは意を決したようにゆっくりと顔を上げた。
「すまない。前に、師匠と話しているのを聞いてて……」
「え?」
レイが首を傾げると、ギルミアは目を泳がせた。
「お前の母上は、その、病死したと……」
「あ……」
あの時の話か、とレイはロリエンとのやり取りを思い出した。
気にしなくても良いと伝えようとギルミアを見ると、その瞳は揺らいでいるように見えた。
レイは思わず開いた口を閉じる。
少しの沈黙ーー。
その時のギルミアの手は、震えていた。
そして、沈黙を破るようにギルミアが静かに口を開く。
「俺の、父と母も、もういない」
「…!」
その言葉に、レイは驚愕する。
ギルミアはギュッと目を瞑り、組んでいた手に力を入れていた。
「お前の気持ちは、少しわかっている、つもりだ」
レイはギルミアの心情を察する。
まさか、同じように親を亡くしているとは、思ってもおらず……レイは掛ける言葉が見つからなかった。
するとギルミアが気まずそうにレイをチラチラと見てくる。
「だから……その……」
「?」
レイが目を瞬かせ、挙動不審なギルミアを不思議に思っていると、ギルミアはそっぽを向きながら、
「無理、するな」
と、ボソリと呟いた。
その顔は耳まで真っ赤になっている。
ギルミアの精一杯の言葉だと、伝わった。
(僕の事……励ましてくれてる……)
それがレイには嬉しかった。
ギルミアと目が合うなり、レイは思わず顔を綻ばせた。
「ありがとう、ギルミア」
ギルミアの目がみるみる開かれる。
「別に…ッ、礼を言われる事は、してない…!」
フンッと顔を背けると、ギルミアは机に向かい、薬研を準備し始める。
その姿にレイは内心笑った。
(ギルミアは、ロリエンさんの言う通り、優しいエルフなんだ……)
そう思っていると、
「お前も、手を動かせよ!」
キッと睨むように見てくるギルミア。
レイは慌てて席に着き、目の前のカゴいっぱいに入った薬草を手に取った。
(ちょっと素直になれないみたいだけど……)
ギルミアの強い口調に内心涙しながら、作業を開始するレイ。
するとーー
「ギルミア、戻ったよ……おや、ウィア。もう大丈夫なのですか?」
ロリエンが戻ってきた。
ここからは三人で作業を進め、夕方頃には、100本程のポーション作りに励むのだった。
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