3-2
「お、おはようございます、ロリエンさん、ギルミア」
「おはようございます、ウィア」
「5分前行動を知らないのか?」
翌朝。
レイは昨晩の食事の席で"朝5時にリビングに来るように"と言われたが、時間ギリギリの到着となってしまった。
(朝からお二人とも、麗しすぎて直視できない……)
寝起きのレイは、美しすぎる二人のエルフを見た瞬間、思わず目を瞑った。
「おい、そこで寝るな」
ギルミアがレイに一喝する。
(いやいや、あなた達が眩しすぎるんです)
一度目を瞑ったレイがゆっくりと瞼を上げると、既に支度を済ませた二人のエルフが目の前にあった。
ロリエンはレイの格好をまじまじと見て、うんうんと頷く。
「ギルミアのお下がりですが、よく似合いますね」
「俺のセンスに感謝しろよ」
ギルミアが胸を張ってレイを見やる。
レイは、ベージュの生地の上着に、ギルミア曰く、赤銅色のゆとりのあるパンツを履いていた。
作業がしやすい軽装の服だが、銀の細かな刺繍が裾やボタンの周りに施されており、平民では買えない服だなとレイは思った。
ロリエンとギルミアは、やはり貴族級のエルフかも……そんなことを考えていると、ロリエンが玄関の方へと足を進める。
「では、始めましょうか」
「はい」
「は、はい…!」
ギルミアに続き、レイも急いで返事をし、家の外へと足を踏み入れた。
家から出た瞬間、レイは優しい空気にそっと包まれる。
辺りは森の爽やかな香りが立ち込めていた。
朝日が登り始めているようで、空は薄らと赤みを帯びたオレンジ色に輝いている。優しい風に揺られた木々の葉が擦れ合う音や、森をこだまする鳥のさえずりが、レイの耳に入ってくる。
(ここにも精霊がいるのかな)
シェルマン家と同じ視線をここでも感じるレイ。
家の精霊達は温かく見守るような空気だったが、ここの精霊達は積極的なのか、体の至る所でひんやりとした空気がつんつんと突いてくる。
(優しい空気ーー歓迎してくれてる?)
レイが空を見上げていると、
「ウィア、こちらですよ」
とロリエンから声を掛けられた。
レイはハッとし、庭の方へ足を急がせる。
「ウィアは、森の声が聞こえたり、しますか?」
ロリエンの元へ辿り着くや否やレイは突然質問される。
戸惑いながらブンブンと横に首を振ると、「そうですか」と首を傾げるロリエン。
レイとギルミアが見つめる中、ロリエンは切り替えるように微笑んだ。
「さて、ウィア。ここに居る間は、私達の朝の習慣に付き合って頂きます」
「……習慣、ですか」
「えぇ。出来る所までで良いので、貴方もやってみて下さいね」
そういうと、ロリエンの前にギルミアが向き合うように立つ。
レイはギルミアの横へ促され、起立すると、ロリエンから肩幅まで足を開くように言われた。
そして両手を胸の前で合わせ、目を閉じる。
「ギルミアは、いつも通り瞑想を」
「はい」
「ウィアは、まず、己の存在を知りましょう」
「……?」
己を、知る?
レイが思わず目を開けると、ロリエンと目が合った。慌てて目を閉じるレイ。すると「ふふ」とロリエンの笑う声が聞こえた。
「難しく考えず、感じれば良いです。今の貴方の考えや、目を瞑って見えるもの、肌に触れる感触……なんでも構いません」
「わ、わかりました」
レイは目を閉じたまま返事をすると、言われた通りに"感じる"事に意識を向けた。
目の奥の暗闇をひたすら眺める。
何も見えない。
ただ静寂だけがそこにあった。
すると、だんだん周りの気配が身体の中に入ってくる感覚を覚える。
森の囁きと優しい風の音が耳を通り抜ける。
朝日が登りつつあるが、森特有のひんやりした空気が肌に触れている。
なんだか懐かしい――と、レイは懐かしさを覚え始めた。
前は毎日こうやって、温度を肌で感じて、草木や虫、鳥の声を聞いていた。その場の香りや、うつろう色彩をぼんやりと眺めていた気がする。
そして、自分はこの大きな世界の中の、ちっぽけな一つなんだと実感する。
変わらない毎日。
平和だ、と心から思えていた。
あの頃の、何も知らなかった自分に戻れたら……。
そんな叶わぬ願いが、胸を締め付けた。
その時、横から燃えるような魔力を感じた。
思わず目を開けそうになるレイは、ギュッと目に力を入れる。
(これは、ギルミアの魔力?)
レイは驚いた。
嫌な気配はなく、安心する強さを感じる。
そして、異様に熱い。
レイがギルミアの力に戸惑う中、ロリエンの声により瞑想を終える。
ゆっくりと目を開けると、辺りは少し明るくなっていた。
「ギルミア、いつも通りの安定した瞑想だったね」
「ありがとうございます」
ロリエンが声をかけると、ギルミアが軽く頭を下げる。ニコリと笑うロリエンは、次にレイへと視線を移した。
「さて、ウィア」
「は、はい……っ」
レイはロリエンの視線に緊張する。
「貴方は、瞑想を常にしていましたか?」
「え、いえ……初めて、です」
レイが当惑すると、ロリエンは「ふむ」と眼鏡を押し上げる。
「とても質の良い瞑想をしていると見えたので……。ちなみに、何か思ったり、感じたりしていましたか?」
ロリエンの質問にレイは宙を見ながら口を開く。
「えぇと……風や森の音を聞いたり、森の冷気を感じていました」
「それだけですか?」
「あと、平和だなぁと思ってました。あ、ギルミアの気配も感じたり……」
ギルミアは自分の名前が出て、ピクリと反応する。
ロリエンは感心した様子を見せ、
「ウィアには、瞑想の素質があるのかもしれません」
と伝えてくる。
「め、瞑想の……素質?」
レイが復唱すると、ロリエンは笑顔で頷いた。
「これを続けていれば、己を知り、自分の存在意義――自分がこの世に存在する理由に気付き、心の安定が身につきます。ウィアも毎朝同じ時間に続けましょう。きっと役に立ちますよ」
ロリエンの言葉にレイは目を見開く。
『存在する理由』
レイの胸の中で、その言葉が重くのしかかった。
自分は、この力のせいで、大切な人たちを傷付けてしまった。存在意義なんて、ドラゴンの自分には、ある筈が無い。
そう思ったレイは思わず俯く。
しかし、ロリエンとギルミアに不審に思われてはいけないと、急いで顔を上げ、首を縦に振った。
ロリエンは微笑み、ギルミアとレイに声をかけてくる。
「では次に、畑の手入れをしましょう」
ギルミアとレイは同時に返事をし、畑の方へと足を進める。
その瞬間――。
前触れもなく、レイは目眩に襲われた。
「っ……うわ!」
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