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3-1



ロリエンも居なくなり、レイは一人部屋に残っていた。




この空間にやっと慣れてきたレイは、窓の外を覗いてみる。


家の周りは少し開けており、一部は広い畑となっている。畑には見たことのない植物が生えており、レイはまじまじと眺めた。


その向こう側は深い森がずっと続いているようで、全く見通せる雰囲気がなかった。




(ロリエン、さん……の言う通り、僕はこの森から、抜け出せなさそう……)




レイが森の奥を見つめる。


アグリ村に戻りたい。


けれど、今の自分が戻っても迷惑を掛けるだけ……。そんな事をぐるぐると巡らせるレイは、気持ちが落ち着かなかった。




もう一度、畑の方へと視線を向けると、シェルマン家の生き生きとした畑を思い出した。マリーが作業着で汗を流しながら手入れをしている姿が目に浮かぶ。




レイは目頭が熱くなるのを感じた。




(一度、アグリ村の事は、忘れた方が良いのかも……っ)




レイは拳を握りしめる。ギュッと眉間に皺を寄せ、気持ちを抑えようとした時、




「そういえば……」




と、思わず口に出す。




(魔力が、全く溢れてこない……)




そう思ったレイは、思い当たる節ーー腕輪(リング)を見た。




輝いていたシルバーの腕輪は、くすんでいるようだった。連れ去られている間に汚れてしまったのか、指で擦ってみるもののくすみは取れない。




まぁいいかとレイは気にしない事にした。


この腕輪をつけていれば魔力が溢れる事はない……レイはそう思い、少し安堵する。




その時、ガチャリと扉の開く音がした。


レイが振り向くと、ギルミアが嫌そうな顔で部屋に入ってくる。




(き、気まずい……)




レイは無表情ながらも内心怖気付いていると、良い匂いが部屋に立ち込めてきた。


レイはギルミアの手に、スープの入った木の深皿の乗ったトレイがある事に気付く。




「お前の分だ」




ぶっきらぼうに言いながら、ギルミアが机にトレイを置く。




「あ、あの……僕、食欲はなくて……」




レイが食事を断ろうとすると、「早く食べろ」と、ギルミアが目で訴えてくる。


ギルミアの気迫に、レイは渋々と机の席に座る。




スープを見ると、ゴロゴロと細かく切られた具材が入っていた。白いスープを(すく)ってみるとトロリとしている。




チラリとギルミアを見ると、レイを凝視しており、レイはびくっと身体を震わせた。


すると、ギルミアが口を開く。




「勘違いするな。師匠から、お前が完食するところを見届けろと言われたから、見てるだけだ」




(ま、真面目くん……! そんなに見られると食べにくいんだけどなぁ……)




レイはそんな事を思いながらスープを口にした。




「!」




口に入れた途端、レイは目を見開いた。




そのスープは、とても美味しかった。


レイの体に温かなスープが染み渡るように流れ込んでいく。そして、どこかマリーの作ってくれる特製スープに似ていて、レイの胸がグッと締め付けられるような気持ちになった。




(……なんて、優しい味、なんだろう)




そう思った瞬間、いつの間にか涙が頬を伝っていた。




不安と絶望、そして大切な人たちの事、様々な想いが涙となって流れていく。




ーー僕はただ、皆んなと平和に暮らしていたいだけなのに。




昔のように、育てのおばさんと野菜を育てながらのんびり暮らして、親友と笑い合いながら村を守ろうってヒーローごっこをして、村の人達ともお茶を飲みながら話したり……そうやって大人になっていく、はずだったのに……。




「おい。手が止まってるぞ」




ギルミアから声を掛けられ、思いに耽っていたレイは顔を上げずに二口目、三口目とスープを口に運ぶ。




その度に、レイの瞳から大量の涙が流れた。




ポタポタと溢れる雫に気付いたギルミアが、驚いた様子で声を掛けてくる。




「お前……泣いてるのか……?」




レイは鼻水をすすり、ゴシゴシと袖で涙を拭うと、




「こ、このスープが、美味しすぎて……!」




と微笑み、出来るだけ明るい声で伝えた。




そんなレイを見たギルミアは目を瞬かせ、動きを止めた。


暫くして、腰に付けているカバンからハンカチを取り出すと、レイの目にハンカチをぐいっと押し当てた。




「いてて!」


「食べるか泣くか、どっちかにしろ!」




そう言ってレイの目をハンカチで擦り、涙が出ていないかと、顔を近付け確認してくる。




「面倒を掛けるな! ただでさえ、面倒なのに!」




強めに放たれた言葉に、レイはびくりと身体を震わせ、そろっとギルミアを見た。


すると、強めの言葉とは裏腹に、レイを見るギルミアの瞳には、心配の色が伺えた。


レイはそれに驚いた。


揺らぐ瞳には、どこか共感の念を感じる。




(本当は、気にしてくれてるのか……)




レイはそんなギルミアをジッと見つめる。




「なんだよ」




ギルミアが怪訝な表情で聞いてくる。


レイはギルミアから視線を外す事なく、口を開いた。




「ロリエンさんの言う事、なんとなくわかったなぁ、と思って」




レイが言い終えた瞬間、ギルミアが声を荒げた。




「お前! 師匠の名前を軽々しく呼ぶな!」


「え……じゃあ、イリシオンさん?」


「"イシリオン"だ! 間違えるな!!」


「ご、ごめんなさい……イシリオンさん、だね」


「うーん……それはそれで、しっくりこない気がする!」


「な、なんて呼べば良いの……っ」




思わずツッコミを入れてしまうレイ。


「それは……」と呟き、思考を巡らせるギルミアに、レイは内心微笑んだ。




ギルミアとのやり取りで、レイは少し気持ちが落ち着いたような気がした。


先程までの物憂げな気分も無くなっていた。


レイは心の中でギルミアに感謝する。




その後、レイはギルミアに見張られながら、スープを完食したのだった。




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