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扉の方へ視線を向けると、柔らかな表情で微笑むエルフが立っていた。
銀髪のエルフとは違い、年は重ねているようだが、年齢をあまり感じさせない外見のエルフ。
整った顔と、草の生い茂るような蒼色の瞳から織りなされる表情からは、優雅で落ち着いていて、おおらかそうなエルフだと感じさせた。
髪は長く、白っぽい金色だが、少し白髪が混じっている。
すると大人エルフが、丸メガネをクイっと押し、レイを見た。
「目が覚めて良かったです。ギルミアの特性ポーションのおかげで、傷も癒えたようですね」
ニコリと笑いレイの元へ近付くエルフは、部屋にもう一つある椅子を引き寄せ、座った。
「それで、ギルミア。さっき大声が聞こえたけれど、何かあったのかい?」
「あ、いえ……」
ギルミアと呼ばれた銀髪のエルフは、落ち着いた様子ではあるが、目線を泳がせ言葉を濁す。
それを見た大人エルフは、レイへ視線を向けて首を傾げる。
レイはおずおずと口を開いた。
「えっ……と、僕が、"すごい"と言ったら、急に怒られて……」
「お前…ッ!」
レイの言葉にキッと睨みの効いた視線を送るギルミア。
それを見た大人エルフは、
「なるほど。それで、ギルミアが怒ってしまったんですね」
と、苦笑しながら納得したような表情を見せた。
レイは、何が悪かったのかと心の中で悶々としていると、それに気付いたのか、大人エルフが「気にしないで良いですよ」とレイに告げ、続けた。
「ギルミアは、私以外に褒められると、嬉しいのに怒ってしまうんです。ねぇ、ギルミア」
「師匠! 変な事言わないで下さい!」
楽しそうに笑う大人エルフに、ギルミアが声を荒げる。
(う、美しい顔が般若のように……ど、何処かで同じような場面、見たな……)
レイがふとエリオットの事を思い出す。
すると、大人エルフがレイに向き直り、少し真面目な表情を浮かべた。
「さて、まずは自己紹介ですね。私は、ロリエン・イシリオンです。そしてこちらが……」
「……ギルミア・アノーリオンだ」
ロリエンと言うエルフに続き、視線を逸らし素っ気なく告げるギルミア。その様子を優しく見ながら、ロリエンはレイの方へと視線を移した。
「2日前の夜、貴方を連れて帰ったのは、私です」
ロリエンが穏やかな口調のまま続ける。
「貴方は黒い服装の四人組に連れ去られていました。……あの四人組とは、お知り合いですか?」
「し、知りません…ッ!」
レイはロリエンの質問に急いで答えた。
「突然家に来て、襲われました…! それで意識を無くして……気が付いたら、ここに……」
そう言いながらマリーの安否が気になるレイ。
その表情が寂しげに見えたのか、ロリエンは眉を下げる。
「そうでしたか……。それは、大変でしたね」
心配してくれるロリエンの言葉に、レイはグッと拳を握る。
(僕が、もっとちゃんとしていれば、マリーさんも、あんな酷い目に合わなかったのに……)
自分の無力さに胸が締め付けられる。そんな中、ロリエンが口を開く。
「……私が貴方を見つけ助けたのは、森に呼ばれたからです」
「?」
レイは顔を上げ、ロリエンを見つめた。
『森に呼ばれた』と言う意味が分からず、首を傾げると、ロリエンは続けた。
「私の専属魔力は、"自然"ーー植物と心を通わせる事が出来ます」
「!」
「あの日、森に呼ばれ歩いていると、貴方のもとに導かれました。こんな事は初めてで、驚きましたよ。木々達から『あの子供を助けてやってくれ』と言われたので、四人組から貴方を保護させてもらったのです」
「……」
レイは助けてくれたお礼を言うべきなのか悩み、顔を伏せる。
自分はあのまま連れ去られて殺された方が良かったのではないか…そんな事を思っていると、柔らかい声が耳に入る。
「もしかすると、貴方を助けるように言ったのは、"森"ではなく、"精霊"かもしれませんけどね」
「え……?」
"精霊"と言うワードにレイは思わず顔を上げた。
ロリエンはふわりと笑う。
「森達の『助けてやってくれ』という言い方は、本人達の意思ではないように思えました。精霊と森は密接な関係にあります。ですので、精霊の願いを、私に伝えたのかもしれません」
レイは驚き目を丸くする。
ロリエンは変わらず続けた。
「それに、あの四人組は目指す場所があったようなので、魔法木がわざわざ彼等を迷わすとは、考えにくい……」
ロリエンが説明をするも、レイは置いてけぼりを食らう。
(目指す、場所……? 魔法木?)
レイは知らない知識や言葉に眉間に皺を寄せ、ロリエンを見つめる。
その様子にギルミアが目を見張った。
「まさかお前……この森の事、何も知らないのか?」
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