3-3
記憶の少ない母親の話を聞き、レイは少し嬉しくなった。
そんなレイに気付き、マリーも笑みを浮かべる。
「レイはね、顔立ちがルナそっくりなのよ」
マリーの楽しそうな声色に、レイは視線を上げた。
「レイの深緑の森のような、澄んだ瞳……ルナとまるで同じで綺麗なのよ~!」
マリーがうっとりしながら言うので、レイは興味津々で話に耳を傾ける。
「髪の色は違ったわね。本人は”夜空の色”って言ってたわ。濃い藍色で艶もあって…それは綺麗な色をしていたんだよ!」
「へぇ……」
レイは、母から譲り受けたものがあった事に、内心驚いていた。
「きっとレイの髪の色は、父親譲りなんだろうね。黒髪は、エルフにはいないらしいから、人間かしら? もしくは獣人かもしれないわね。目元も父親に似たのかもしれないね」
マリーの言葉にピクリと反応するレイ。
「……父、親……」
レイは、今まで口にした事のないワードを呟き少し苦しさを覚える。
自分にいるとは思えない父親の存在を聞き、胸がギュッと締め付けられた気がした。どこの誰なのかもわからない父の事を想像するが、レイには全く現実味が感じられなかった。
感傷的な気持ちを覚え始めたレイに、マリーは変わらず明るい声で続けた。
「そう思うと……レイの父親は、ハンサムに間違いないよ! レイは間違いなくカッコいいからね!」
「ハ、ハン…ッ?」
マリーの口から聞く事のない言葉に、レイは一気に動揺した。それを照れていると思ったマリーは「照れちゃって!」と今朝サムに叩かれた背中をバシッ--と叩く。レイは、(またか…っ)と痛みに耐えた。
だが気がつくと、感傷的な気持ちはいつの間にか吹き飛んでいた。
「そういえばルナは、私が相手の男の事を悪く言うと、『彼を悪く言わないで』と言っていたわねぇ」
「!」
レイは、母の反応に少し驚く。
「『彼の事は、これからもずっと愛している』と言っていたから、本当にその人の事を大切に想っていたんだろうね……」
レイは背中の痛みをジンジンと感じながら、物思いに耽るマリーを見る。
(母さんは、…父さんを恨んでると思ってた)
レイは、母の想いが自分の予想とまるで違うことを知り、胸が熱くなると共に様々な思いが湧いた。
どうして母と父は離れ離れになったのか。
父はどんな人だったのか。
母は、どんな想いでこの地にたどり着いたのか。
沸々と疑問が湧く中、レイは今まで聞けなかった事を口にする。
「……母さんは、僕が2歳の頃に亡くなったんだよね?」
レイが問うと、マリーは少し悲しげに頷く。
「そうね。病気を患ってから3ヶ月でね……」
「母さんは……僕が生まれる前からここに?」
ふとした疑問をマリーに投げかけるレイ。マリーは大きく頷いて見せた。
「えぇ。森の中で偶然出会ったのよ。お腹にはもうレイがいて、まだ妊娠2ヶ月って頃だったかしらね」
レイは、またも知らない話を聞き、目を見開く。それに気付きながらマリーは続ける。
「遠い所からやってきたのか、身体も傷だらけで、服もボロボロだったのよ。だけど、ルナを見た時はビックリ!! それはもう、美人でね! 私、驚いちゃったわぁ! 森の妖精でも現れたのかと思ったわよ!」
マリーが楽しそうに言うと、レイも釣られてほのかに微笑む。
それを見てマリーは優しく笑った。
「ふふ、レイのその微笑み、実はルナにそっくりなのよ?」
「え、そうなの……?」
レイは、不意にマリーに言われ、顔に手を当てる。
その姿にマリーはクスッと笑うと、胸に手を当て目を伏せた。
「ルナにもレイにもね、私は感謝しているの」
「……?」
レイはマリーの言葉の意図がわからず、キョトンとした表情で続きを待った。
暫くして、マリーは静かに口を開く。
「……私は、ルナと出会う前に、夫を亡くしてね」
「!」
思いがけない言葉に、レイは息を飲んだ。
「ルナと出会って、私は生きる希望を貰ったの。レイを産んで病気で亡くなってしまったけどね」
「……」
「だけど今度は、レイが私の人生に光をくれたのよ」
「……そう、だったんだ」
マリーの過去を初めて聞いたレイは、胸に重く静かな感情が広がっていく。
明るくいつも元気をくれるマリーにこんな過去を抱えていたとは思いもしなかった。
掛ける言葉が思い付かないままマリーを見つめていると、マリーは続ける。
「"レイ"という名前には、『自分の道を歩み、道を示す人になってほしい』という想いを込めたって、ルナが言っていたの」
「!」
「だから、私にとっての道しるべとなってくれたレイは、既に名前の役目を担ってくれているわね」
そう言ってマリーは、レイに穏やかな笑顔を向ける。
その笑顔を見て、レイは心から思った。
この人は、なんて強くて、優しい人なんだろう–––。
「マリーさん……いつも、ありがとう」
自然と出たレイの言葉に、マリーは瞳に涙を浮かべる。
「あらあら、先にお礼を言われちゃったわね!」
そう言って涙を拭うマリーは、レイに向き直る。
「こちらこそ、ありがとうね、レイ」
マリーは、少し震える声で頭を下げる。顔を上げた表情は、レイにはいつもの明るさを取り戻したように見えた。
レイは、じんわりと心に広がる優しい気持ちを感じながらマリーを見て微笑む。
自分の両親の話をしてくれた有り難みを感じると同時に、マリーが本当に心から自分の事を大事にしてくれているのだとわかり、心が温まった。
「さぁ! 食事の続き、頂きましょう!」
マリーが空気を変えるように明るく元気に声を上げる。
レイはコクリと頷いた。
「レイは、パン3切れは食べないとダメよ! 育ち盛りなんだから!」
「え……そんなに?」
「そうよ! レイもエリックぐらい逞しくならないと!」
「え、エリックさん……ムキムキ…」
レイは、先程見たエリックのがっしりとした体格の良さを思い出し、困惑気味に呟く。
「僕は、今のままで…」
「はい! スープもおかわりね!」
「っ!」
全く取り合ってくれないマリーに諦めを感じ、レイは黙々とパンと大盛りに盛られたスープを平らげるのだった。
––『鑑定の儀式』まで、あと2日。
.