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エリオットは後ろを付いてくる隊員達、そしてコリーへ神殿に戻り、休息を取るように伝えた。
酷く驚いた様子を見せる五人。
コリーとアウロはサムの様子を見に行くと、二人で村の商店街へ向かう。残り三人は移動魔道具を使って、何故か名残惜しそうに神殿へと戻っていった。
それを見届け、歩み出すエリオット。
森の入り口に差し掛かった時、
「エリオットさん」
背中から弱々しく名前を呼ばれた。
エリオットは、レイの声色を不思議に思いながら、「なんだ」と変わらない態度で問い掛ける。すると、震える声が聞こえてきた。
「僕……親友を、傷、付けたんです……っ」
途切れとぎれに言うレイは、恐らく泣いている。相当辛い思いをしたのだろう……背中越しに、レイの震えがハッキリと感じられる。エリオットが何も言わず口を閉ざしていると、再びレイが口を開く。
「僕、サムに…酷い事、言っちゃった……ッ」
レイは啜り泣きながら、背中の祭服をギュッと握り、首筋に顔を埋めてきた。
まだ16年しか生きていない少年が、友のために"別れ"を選択し、自ら突き離した。苦渋の選択だったに違いない。
エリオットにも、レイの悲痛な思いが伝わってくるようだった。
「うッ……うぅ…っ」
背後から聞こえる泣き声に、エリオットは胸が締め付けられる。
(……泣くな)
そう思ったと同時に、エリオットは口を開いていた。
「お前を助けられたのは…」
「?」
話し出すと、レイは耳を澄ませるように泣き声を押さえる。エリオットは、他人事でここまで深入りする自分自身に驚きながらも続ける。
「サム・ブラットのおかげだ」
エリオットが言い終えると、レイは暫く無言を貫く。
すると、首筋に掛かっていた圧がなくなり、「え……?」と声が聞こえた。
「アグリ村に着いた時、アイツから、お前を助けてくれと頼まれた」
「っ!」
予想外の事でかなり驚いたようだった。レイの表情はわからなかったが、背中に僅かな動きを感じた。
「アイツが居なかったら、怪我だけではすまなかったかもしれない」
エリオットが神妙な面持ちで言うと、レイからの反応はなかった。ぴくりとも動かないレイに違和感を覚えるエリオット。
(もしや……コイツ、死を覚悟で戦っていたのか…?)
『馬鹿な事を!』と言葉が出そうになるが、エリオットは飲み込む。レイの姿を見てわかったが、がむしゃらに攻撃をしていたのだろう。
戦闘も知らない16歳の子供。
『戦うのは止めろ』とも言いたかったが、これからレイを待ち受ける境遇を考えると、いつか戦わなくてはいけない時が来る……。そう考えると、その言葉は相応しくないと思った。
静かな背中に向けて、エリオットは優しい口調で声を掛ける。
「お前を助けたいと思う奴がいる」
「……っ」
レイが息を呑む。
「お前の帰りを待つ者も、無事を案じている者もいるんだ。その事を忘れるな」
エリオットが言い終えると、ギュッと握られていた背中の祭服が緩んだのに気が付いた。
少し落ち着いたか、とエリオットは思い、「それと…」と話を続ける。
「サム・ブラットの事だが、本音で話し合った方が良い」
「あ……」
「その時は、笑ってやれ」
「!」
レイの表情はわからなかった。
レイがどう思ったかもわからなかったが、エリオットはその言葉は伝えたかった。
レイの励みになる、そう思ったから。
歩みを進め、森を抜ける。
薄暗かった景色が、一気に晴れやかになる。
そして、視界に入ったのは、青空に映える赤い屋根のシェルマン家とその庭だった。
庭に植えられた緑と色とりどりの草花が、そよ風に吹かれ、手を振っているかのように揺れている。
エリオットがのどかな風景に安心していると、背中に重みを感じた。レイが身体を預けてくる。
エリオットはそれに気付き、レイに声を掛けた。
「眠いのなら、寝ていろ」
するとエリオットの耳元から囁くようなレイの声が聞こえた。
「すいません……エリオット、さん……」
肩に頭を埋めて、もたれかかるレイは、静かに寝息を立て始めた。
(……眠ったか)
エリオットがそう思いながら、シェルマン家へと向かう。
その間エリオットは、レイの行先の事を考えていた。
今日のような奇襲は、これからさらに増えてくる。レイはその戦いから逃れられない。
自分の身を守る術を身に付けなくては、ゲニウスにしろ、中枢機関にしろ、良いように使われるだけだ。
エリオットは様々な思案を巡らせた。
そしてーー。
(……俺が、その術を教える)
エリオットは神殿に連れて行き、自分のもとで勉強させようと決意する。
前々から少しずつ考えていた事だった。
レイを守りながら、魔法について教えられ、また暴走しても、力のあるエリオットなら暴走を食い止められる。
マリーにも、相談をしていた。その時マリーは『レイの為なら…』と、寂しそうに承諾をした。
(マリー・シェルマンが帰ってきたら、神殿へ戻り大司教達に話をしよう。許可が出たらレイ・シェルマンを連れて行く……サム・ブラットとの話が済んでからな)
そう思った時、エリオットは、ふと他人の為にここまで動いている自分に気付き、そして、フッと笑みをこぼした。
(皆が変わったと言うのも、わかるな)
エリオットは、そう思いながら空を仰いだ。
青い空をゆっくりと流れる雲が目に入る。
エリオットは、決意を胸に、シェルマン家の庭を通り抜けた。
春の気が充満している。
心地よい日差しと風が、エリオットとレイを迎えてくれた。
しかし、エリオットもレイも知らなかった……。
よからぬ陰謀の闇が、すぐそこまで、近付いている事にーー。
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