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5-4



なんと、目の前に居たのはグッタリと倒れる小さなリスだった。リスの体は所々黒いアザのようなものが見える。




まだ体を震わせるレイは目を見張っていた。そんなレイに、エリオットは口を開く。




「通常の魔物は、個体自体が瘴気の塊だ。体を斬り落とすと個体としてその場に残る」


「え……?」




レイがエリオットを見上げ、驚いた表情を見せる。先程、魔物の片腕の消滅を見たからだろうと、エリオットは思う。




「だが最近は、ああやって生き物を繋ぎに使い、瘴気をまとわせ、魔物を創り上げる奴等がいる」




エリオットは顔を険しくした。




「その魔物が現れ始めたのは、ゲニウスの教祖が変わってすぐだった。恐らく、奴等の仕業だろう」




そう言うエリオットの視線の先で、コリーが倒れるリスを掬い上げる。レイも釣られてそちらに視線を移した。


哀れみの表情を見せるコリーは、ゆっくりと目を閉じた。そして深呼吸すると、




回復(ヒール)




呟くように唱える。


すると、コリーの手の平から翡翠色の光がフワリと現れ、リスを包み込んだ。




エリオットは、その姿に息を呑むレイを見た。




暫くして魔法を掛けたコリーが目を開けると、光が収まり、手の平にはフワフワの毛並みに戻ったリスが横たわっていた。


光が完全に収まると、リスが目を開き、コリーの手の上で立ち上がる。その体の黒いアザは依然として残ったままだった。




「元気になって良かった。君は一度身体を診させてもらうね」




そう言うとコリーはリスの足元に転送魔法の魔法陣を展開した。




転送(トランス)




コリーが言い放つとリスは、翡翠色の魔法陣に包まれ姿を消した。それと同時にアウロがエリオットの元に駆け寄る。




「副隊長! すいません、追い掛けている内にテレポートされました…ッ!」




悔しそうに報告するアウロ。




「いや、良い。姿は見たか?」


「アイボリーのマントを被ってました。恐らくゲニウスですよ!」




アウロが「アイツら〜ッ!」と歯を食いしばりながら拳を握る。そこにコリーと他の先鋭部隊達が集まり出す。




「それだけわかれば良い。アウロ、良くやった」




そう告げるとエリオットは考え込む。




(アイボリーのマントと言う事はアウロの言う通り、やはりゲニウス。逃げている最中で集中力のいる移動魔法(テレポート)を使うとなると、相手はかなりの実力者だ……ゲニウスにそれ程までの人物がいるとは……)




その時、ふとエリオットは視線を感じ、考えるのを止める。


気付くと全員集結しており、その顔が皆意表を突かれたような表情だった。


エリオットが怪訝な顔を見せると、全員慌て出す。




「あ、いや、まさか……副隊長が、アウロを褒めるなんて……」


「ちょっと、意外で……なっ」


「あ、あぁ」




しどろもどろに言う隊員達に、コリーとアウロも大きく頷いて見せた。


エリオットは顔をしかめ全員を鋭い視線で見つめる。それにびくりと反応し、隊員達とコリーは「すいませんでした!」と声を揃え、姿勢を正した。エリオットは暫く視線を送っていたが、「まぁ良い」と顔を伏せる。




そしてレイを軽々抱き上げ、立ち上がると、コリーを呼ぶ。




「コイツも治してやれ」




そう言ってエリオットがレイを見ると、レイは顔を真っ赤にして黄金の瞳でエリオットを凝視していた。




「どうした?」




エリオットが不思議に思い問い掛けると、レイは顔を歪め口をパクパクと動かし、耳まで赤くする。隊員達はエリオットの行動に驚きつつ、レイの姿に微笑んでいた。




「エ、エリオット、さん……わざとですか……?」


「何がだ」


「て、天然……!?」




レイが目を見開き、真っ赤な顔を両手で覆う。エリオットはその見たことある光景に、「あぁ」と気が付いた。




「恥ずかしいのか」


「……い、言わないで…下さいッ……!!」




レイが振り絞るようにエリオットに言うと、隊員達から笑い声が上がった。




「副隊長! レイ・シェルマンくんの気持ちも考えてあげて下さい!」




アウロが悪戯な表情でエリオットを見る。何故かその顔に腹が立つエリオット。


するとコリーが近付き、レイに向かって微笑んだ。




「ふふ、レイくん、ごめんね! エリオット先輩は、こう言うところ天然……いや、真面目だから」


「え……」




レイが覆う手の隙間から黄金の瞳を覗かせ、コリーを見る。エリオットはコリーを睨んだ。




「おい、コリー……」


「はいはい、エリオット先輩は動かないで下さい」




コリーはそう言って、レイに向かって手をかざす。エリオットは「ちっ」と舌打ちすると、コリーとレイの様子を見守る。




回復(ヒール)




コリーが呟くと、レイの身体が翡翠色に輝き、みるみる内に傷やアザが消えていった。レイの体も震えが止まり、呼吸も安定する。




輝きが消えると、レイの瞳が、深い緑色の瞳に戻っていた。それを見てエリオットは安堵する。アウロや他の隊員達は、レイの目の色が変わったのを見て瞠目した。




「気分はどう?」




コリーがレイに問うと、レイは「落ち着き、ました」と緊張気味に答える。


それを見てコリーは「良かった」と安心したように笑った。




レイがお礼をコリーに伝えると、自分の手を見つめ、




「これが、ヒール…」




と目を輝かせた。


そんなレイをエリオットはゆっくり地に立たせる。だが、回復はしたものの満身創痍の身体はふらついており、まだ疲れを見せていた。


エリオットの手を借りるレイを横目に、エリオットが口を開いた。




「最後だ」




それを聞いて、コリーが頷く。




そしてスペースの中心に移動すると、コリーはゆっくりと息を吸い込んだ。




「聖なる光よ、穢れを祓い、命の息吹をこの地に満たせーー『聖域(サンクチュアリ)』」




コリーが詠唱すると、コリーを中心に翡翠色の光と風が優しく吹いた。




すると枯れていた大地が、たちまち生き生きとした緑へと姿を変えていく。倒れた樹木からは新しい新芽が生え始めていた。




先鋭部隊の隊員やエリオットは見慣れた眺めに動揺する事なく見ていたが、レイは一人、目を見開き言葉を失っていた。




「任務完了だ」




エリオットが全員に声を掛けると、皆が左胸に右手を当て「はっ!」と声を揃えた。




突然の事でレイがびくりと反応する。それを見て隊員達とコリーは思わず笑った。


エリオットが隊員達を見ると、レイの魔力に怯える様子は無かった。




駆け付けた当初は、エリオット以外全員がレイの魔力にいていたが、今は、笑い合える程落ち着いている。




(コイツらの共通点と言えば、専属魔力を持つ所か……。もしかして、専属魔力がある者は、落ち着いたレイ・シェルマンを見ても怯える事はないのか)




エリオットはその様子を見て、レイに対する不安が一つ降りた気がした。無表情だが、隊員達の対応に戸惑いを見せるレイとその隊員達のやり取りを暫く眺める。




その間もレイは身体を何度もふらつかせていた。




(コイツの身体も限界だろう)




そう思いエリオットはレイに背中を向け、しゃがみ込むと声を掛ける。




「家に戻るぞ。乗れ」


「!」


「「「「「!?」」」」」




エリオットの言葉に、隊員達は稲妻が走る程の衝撃を受けていた。レイは、自分が動けないことを自覚している為、戸惑いながらもエリオットの背中に身体を預ける。


それを見てコリーが苦笑した。




「エリオット先輩を、ここまで変えるなんて……」




コリーの言葉に隊員達が頷いた。




「ふ、副隊長自ら……おんぶしてる」


「こんな姿、見たことないな」




レイをおぶり、立ち上がるエリオットを笑いながら凝視する。




(好き放題言いやがる)




エリオットは気にしないフリをしながら、耳に入る会話に呆れる。


すると、アウロが驚きながらも目を輝かせる。




「仔猫ちゃんの影響すごいなぁ…!」




エリオットは溜め息を吐きながら、隊員達の方へと視線を向けた。




「仔猫じゃない」




そう一言告げると、慌てる隊員達を置いて森の入り口の方へと足を進め始める。




「あの、エリオットさん」




少し歩いた所でレイが声を掛けてきた。




「なんだ?」




エリオットが前を見ながら聞くと、




「"こねこ"って、何ですか?」




レイが何気なく質問してきた。


思わず、足を止めそうになるエリオット。




何と答えて良いものか……。




エリオットは回答が思い付かず、




「……気にするな」




と、言うしかなかった。




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