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丸太を組み合わせて建てられた木造の家は、室内からもその木肌が見え、木の温もりに包まれた内装だった。
マリーの趣味である刺繍の施されたレースや布が、家具やソファ、床にも敷かれている。机には庭で採れた花が飾られ、天井や梁にはドライフラワーやレースが吊り下げられており、華やかでありながら落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
壁付けキッチン横には大きな煉瓦造りの暖炉がある。そこに吊り下げられた釜のスープはコトコトと煮込まれており、食欲のそそる香りが家中に満ちていた。
レイは、中央に佇む木製の大きなダイニングテーブルにカゴを置くと、食器が並べられているのに気付いた。レイの様子を見てマリーは、声を掛ける。
「レイ、その器に葉物の野菜をちぎって並べてちょうだい。それから赤い実はそのまま、果実は一口サイズに切って乗せてね」
いつものようにテキパキと指示をするマリーに、レイは頷き、慣れた手つきで野菜や果物を並べていく。
マリーはスープを食器へ注ぎ入れ机に置くと、布を被せていたパンを手に取り、4枚に切り分け皿に並べた。
最後に、レイが盛り付けたサラダに、マリー特製のドレッシングをかけて--昼食の完成。
二人は指定席に座り、手を組むと祈りを捧げる。
「さぁ、食べましょう」
「いただきます」
マリーの穏やかな合図を聞き、レイはスプーンを手に取りスープをすくった。
マリーの作るスープは色んな野菜が細かく切られており、そこに同じ大きさにカットされたベーコンも入っている。一口に含むと、煮込まれ柔らかくなった野菜が舌の上でとけていく。
レイは、このスープが大好物。
またもレイの心は満たされていった。
「レイは、このスープが好きねぇ」
マリーがレイの至福そうな表情を見ながら笑う。
「うん。……幸せの味がするから」
レイは再びスープをすくい、口に運んでいく。
「あらあら、こんな田舎スープをそう言ってくれるのは、レイだけだよ」
嬉しそうに笑うマリーはレイにパンを渡す。レイはパンを受け取りながら、今日の司教との会話をふと思い出した。
「そういえば、司教様から『鑑定の儀式』に遅れないようにって言われた」
「おや! 儀式は、いつだったかしら?」
「明後日だったかな」
「そう……もうレイも16歳なのね」
しみじみとレイを見つめるマリーは、何かを悩み始めた。
「うーん、少し早いけど……もう渡しちゃおうかしら!」
「?」
マリーは何か決意したように頷くと立ち上がり、2階の部屋へと向かう。
レイは、パンを頬張りながらその姿を見送ると、マリーが戻って来るのを待った。
レイは野菜をフォークに刺し、口に入れる。シャキシャキとした葉物の食感と、採れたて果実の甘味、そしてオリーブの効いたドレッシングが最高に合う。
(流石マリーさん、このドレッシングも最高なんだよな)
「堪能してるって顔ねぇ」
「!」
レイが野菜を頬張っていると、マリーが降りてきた。驚いたレイは、ゴクリと喉を鳴らし野菜を呑み込む。
「あらあら、焦らせちゃった?」
「だ、大丈夫…」
レイが胸を押さえながら顔をあげると、マリーの手には白いレースの小袋が握られている。
レイの視線に気付いたマリーは、「はい、これ」とレイに差し出した。
「これは…?」
レイがカトラリーを置き、小袋を受け取ると、マリーは微笑む。
「それは、あなたのお母さん--ルナから預かっていた物よ」
「……母さんから?」
レイは、久しぶりに聞く母親の名に、一拍心臓の跳ねる音がした。
マリーは、驚きの表情を見せるレイを見ながら、静かに頷き続ける。
「レイが、16歳の『鑑定の儀式』を受ける時、これを渡してほしいと頼まれていたの。そのレースの小袋も、私が教えて、ルナが一生懸命作っていたわ」
マリーは懐かしそうに小袋を見つめる。
「その中身を肌身離さず、身につけていてほしいと言っていたわよ」
「中身…?」
レイは、レースの紐を解き、小袋の中身を取り出す。
すると出てきたのは、透き通った透明の石だった。
石には、見た事のない金色の模様が細かい線まで丁寧に刻まれており、細い皮の紐が通されシンプルなペンダントになっている。
その石を手にした瞬間、レイは小鳥を乗せているようなほのかな温もりを感じた。
「綺麗な石……」
「それは、生前ルナが身につけていた物だね」
「……そうなんだ」
レイは石を見つめながら、少し浮き立った声で答えた。
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